第5話
翌日、起きると昨日の料理の残りを朝食として食べた。
そして昨日聞いたギルドへと向かった。
もちろん、まおうは置いていく。
「ちゃんとお留守番してるんだぞ」
「うん。分かった」
まおうは、そう返事しながらもネズミが入った水槽を眺めている。
「……これ以上ネズミを捕まえるんじゃないぞ」
「えーー!」
釘を刺しておいて良かった……。
言ってなかったら、水槽がネズミでいっぱいになってたかもしれない。
一匹ではまだ可愛いが、水槽いっぱいのネズミなんて……考えるもの嫌だから考えるのは止めよう。
「じゃあ、行って来るな。ネズミは捕まえるなよ!」
俺はもう一度念を押してギルドへと向かった。
ちょっと時間が早いかな? とも思ったがギルドに着くとちゃんと営業してて安心した。
中に入ると早速斡旋人に声をかけた。
「なにか依頼はありますか?」
「はい。一つ御座います」
お。やけに丁寧な斡旋人だな。
さすがに以前は賑やかな村だったらしいので、それなりの人材を置いているという事か?
「どんな依頼なんですか?」
すると斡旋人は資料を見ることも無く答えた。
依頼内容を暗記しているのか? やっぱり有能なんだろうか。
「魔物の駆除ですね。この村からさらに南西に行ったところにある、チェルク城という城の周辺に魔物が発生するというので、その駆除の依頼が来ています」
「この付近って、魔物発生地域外ですよね? それなのにその城の周辺だけ魔物が発生するんですか?」
「ええ。そうなんです。去年の秋ごろに突然魔物が発生したという報告があったんです」
何らかの理由で、魔物が唐突に沸くという事も無いではないが、滅多に有るもんじゃない。
魔物発生地域は大抵徐々に広がっていくものだ。
そして、広がってくると人間達の反撃でまた押し返す。
これを繰り返しているのだ。
では、チェルク城周辺の魔物とは、その滅多にない唐突発生型の魔物なのだろうか?
「するとその魔物は、何らかの秘術で召喚された精霊系や悪魔系の魔物という事ですか?」
「いえ、それが妖精系のゴブリンらしいんです」
「ゴブリンが唐突に発生ですか……」
少し違和感は感じるが、ゴブリンなら対して強くは無い。
あまり数が多いと面倒だが、まあ何とかなるだろう。
「わかりました。その依頼僕にやらせて下さい」
俺は自信満々に答え、斡旋人も「分かりました」と即答するかと思ったが意外にも歯切れが悪い。
「そうですか……。ですが実はこの依頼には問題がありまして」
「どんな問題なんです?」
「依頼を受けて頂くに先立って、依頼人との面接があるのです」
まぁ下手な冒険者に依頼して事態が余計に悪化することもある。
その為に、依頼人が面接をする事も多々あるので、重要な依頼では特に珍しいこととも思えないが。
だが、依頼人も冒険者に関しては素人な事は多いので、面接をしてもその冒険者の真価を見抜けるとは限らない。
「冒険者選定依頼は受けていないんですか?」
冒険者選定依頼とは、ちゃんと依頼がこなせそうな冒険者か斡旋人に判断してもらう制度だ。
依頼者はその分多くの手数料をギルドに支払うことになるが、下手な冒険者に頼んでしまうというリスクを負わなくてすむのだ。
このオプションをつけないと、冒険者が受ける! と言い張れば、斡旋人が内心どれだけ(こいつじゃ無理だろうな……)と思おうが、依頼を受けさせなければならない。
俺が言うのもなんだが、俺がアベル村でまおう討伐の依頼を受けられた時の様なものだ。
それを回避するなら依頼者自身が面接するしかない。
しかし、繰り返すが大抵の依頼者は冒険者のよしあしなんて分からないはずだ。
それでも依頼者が面接をするというなら、今回の依頼者はその「大抵」以外の冒険者のよしあしが分かる人物なんだろうか?
「その依頼者って、昔は自分が冒険者だったり、名のある軍人だったりするんですか?」
「いえ。それが依頼主はチェルク城の御城主様ご本人で、生まれも育ちもまったくの貴族でして……。しかも国王が出兵するので軍勢を率いて参陣するように命令しても、病気を理由に出陣しなかたという人ですから、冒険者のよしあしなんて分かるはずもないと思うのですが……」
斡旋人は俺の質問の意図を察したらしく、話を先回りして答えてくれた。
「にも拘らず面接ですか……」
「はい。しかも、この依頼を受けようとして面接を受ける人は以前にも何人も居て、一人を除いてすべて面接に落ちてしまったのです」
「そんなに何人もですか?」
「ええ。ゴブリン討伐なんてむずかしい依頼ではありません。この村に立ち寄った冒険者の全員が、依頼を受けようとしたと言っても過言ではないのです」
「にも関わらず、すべて面接に落ちたと? そんなにダメそうな冒険者ばかりだったんですか?」
だが、斡旋人は目を見開きいかにも心外そうに口を開いた。
「いえいえ。とんでもない! 中にはあの「蒼竜のカーシエス」も居たんですよ!」
「蒼竜のカーシエス!」
蒼竜のカーシエスと言えば、ほとんどの冒険者が目標とすると言っても過言ではないほど腕が立ち、ほとんどの女性がその求愛を受けられるとなれば、他の男と結婚式をあげていて、教会での誓いの直前でも、その男を振り切ってカーシエスの元へと駆けつけるというほどの美貌の持ち主。
それが面接に落ちたというのか……。
まったくどんな基準で選んでるんだ。
「はい。カーシエス様は「まぁ。たまには簡単な依頼も気晴らしに良いだろう」と言って面接に向かったのですが……。まさかの落選で……。カーシエス様は大変な落ち込みようで御座いました……」
蒼竜のカーシエスが落ちる面接など、誰が受かるというんだ? ん? いや一人を除いてと言っていたか?
「その面接に受かった一人というのは、どんな奴なんです? 蒼竜のカーシエスを超えるとなるとそうは居ないはずですけど」
「それが……。私が見るところカーシエス様を超えるどころか、比べるのもおこがましい冒険者でございまして……。図体はでかく、顔もいかつく一見強そうなのですが、私から見ると、ただのこけおどしにしか見えず、ゴブリン討伐を依頼しても達成できるか怪しい人でした」
「それで、実際にゴブリン討伐は失敗したと?」
今もまだ依頼を受け付けているという事は、そう言うことだろうと思ったが、意外にも斡旋人は否定した。
理由は別の事だったのだ。
「いえ。それが依頼どおりにゴブリンが発生したという場所に行く直前、突如腹痛をもよおされたと言い出し、結局ゴブリン討伐は行われませんでした……」
依頼失敗以前の問題だったか……。
蒼竜のカーシエスを落とし、そんなのを合格させるとは、うーん。依頼者の面接の基準がまったく分からないな。
「その依頼者はもしかしてボケているとかじゃないですか?」
「いえいえ。この春に家督を御子息に譲って隠居はしておりますが、まだボケるというお年ではないはずです」
ボケている訳ではないのか……。
じゃあ、単に極端に人を見る目がないのか?
俺がそう考えていると、斡旋人は突然「あ!」と声を上げた。
「失礼しました。家督を御子息に譲った時に、城の名義も御子息に譲っているので、御依頼主は御城主様ではなく、元御城主様ですね。申し訳御座いません」
わざわざ訂正する様な重要な事でもないだろうに律儀な。
だがまあ面接を受けるだけ受けてみるか。
カーシエスまで落ちたというなら、俺が落ちても恥にはならないだろう。
「とりあえず、面接を受けさせてください」
「わかりました。御依頼主様からはいつでも良いとのお言葉を頂戴しておりますので、すぐに紹介状を準備いたしますのでしばらくお待ち下さい」
俺は言われたとおりおとなしく待っていたがある事に気付いた。
いかんいかん。肝心の報酬について聞いていないや。
まぁゴブリン討伐の報酬なんてだいたい相場が決まっているもんだが。
「サイエス様お待たせいたしました。紹介状が出来上がりましたので、これをお持ちになりチェルク城をお尋ね下さい」
俺は紹介状を受けとりながら、肝心な事について尋ねた。
「わかりました。それで、重要な事を聞き忘れてました。報酬は幾らなんですか?」
「これは失礼いたしました。報酬は132Gです。それに対し、所得税の源泉徴収20%が端数切捨てで掛かりますので、依頼成功時にサイエス様が受け取る金額は105Gとなります」
いつもながら、所得税20%は痛いな……。
国民はみな税金を払わなくてはならない。
それは冒険者も一緒だ。しかし定住しない冒険者に毎年税金を納めさせるなんて事は出来ない。
その為、ギルドを通して仕事の依頼を受ければ依頼を達成し報酬を受ける毎に、問答無用で源泉徴収される。
もちろん、ギルドを通さずに仕事を請ければ税金を取られる事もないし、簡単に脱税できそうなものだが、簡単に出来そうなことゆえ、見つかった時には厳罰に処される。
脱税は、金額によっては終身刑になるほどの重罪だ。
そして、ギルドを通さずに依頼した方も処罰される為、よほど後ろ暗い依頼で無い限り、ギルドを通さずに仕事を依頼する依頼人も居ない。
それはさておき、ゴブリン討伐で132Gの報酬とは破格だ。
気晴らしを兼ねているとは言え、蒼竜のカーシエスほどの冒険者が依頼を受け様としたのも頷ける。
こうして、俺は紹介状を手に早速依頼者がいるというチェルク城へと向かったのだった。
作品によってゴブリンは精霊だったり時には幽霊だったりもするそうですが、ここでは妖精で。
あと、ハリーポッターでは瞬間移動の魔法なども使ってますが、この世界のゴブリンは魔法は使えないという事でお願いします。