表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王使い  作者: 六三
32/33

第31話

 しばらく歩いた俺達は、役場の爺さんに教えてもらったベットーニ氏の屋敷に到着した。

 門の外から眺めると、ベットーニ氏の屋敷は広い事は広いのだが、長い間修繕もされていないのか全体的に廃れた雰囲気がある。


 いかにも昔は金を持っていたが、今は落ちぶれました。っていう感じだな。もしかしたら川の上流の、俺達が今から買おうとしている土地が荒れ果てたのと関係あるのかも。


「さて、じゃあ入るか。あ、そうだ、一応自分の事は「俺」じゃなくて「僕」って呼んでおけよ。そこまで気をつけなくても良いかもしれないけど、まあ、念のためだ」


「僕、ねー。なんかこっぱずかしくなってくるな」


「ちょっとの間だけなんだから、それくらい我慢しろ。じゃあ行くぞ」


 門には呼び鈴らしきものも無いので、勝手に門を開けて敷地内に入った俺とアマデオは、母屋の玄関へと向かう。そこで丸い金属で出来たノックハンドルがあったので、それでドアを叩く。


 しばらくすると中から足音が近づいてくる音が聞こえ、その後しわがれた老婦人の声が聞こえてきた。


「どちら様ですか?」


「実は、この屋敷の主であるベットーニ氏がお持ちの川の上流にある土地を購入させて頂きたいと考え、伺わせて頂きました」


「……少々お待ち下さい」


 俺の返答に老婦人はそう答え、足音が遠ざかっていく。ベットーニ氏に対応を聞きに行ったんだろう。まあ大丈夫だとは思うけど。


 そしてしばらくまっていると案の定、お入り下さい、という声と共に扉は開いた。


「失礼します」

 と扉を潜り、屋敷内に入った瞬間脇にどいて「坊ちゃま」を通す。貴族の子弟のお守り役として正しい動作か俺にも分からないが、なんとなくそれっぽい雰囲気を出す為にやってみた。


 すると老婦人は、とにかくこの子供が何やら偉い身分だとは認識した様子で、俺にではなくアマデオに対して、どうぞこちらへ、と先導して歩き始めた。


 しかし扉を挟んでいて姿が見えなかった時は、歳を取った召使と思ってたけど、服装から見るにどうやらこの屋敷の奥方らしい。この規模の屋敷で召使が居ないとなると、そうとう落ちぶれているな。


「御客人をお連れ致しました」


 老婦人に案内され居間に入った俺達は、白髪頭で痩せぎすの老人と対面した。この人がベットーニ氏に間違いないだろう。ベットーニはソファーにも座らず俺達を待ち構えていた。


 あの誰も買い手が付かなかった土地を買いたいというものが現れ、落ち着かなかったのだろう。俺達にソファーに座るように促し、俺達が座ったのを確認してからベットーニ氏も大きなテーブルを挟んだ対面に腰を下ろした。


「あの土地を買いたいと、仰っているそうですな」


「はい、そうなのです」


「あの土地は、私の先々代の時は肥えた土地で作物も沢山取れたのです……。私も小さい頃の微かな記憶で覚えています……」


 ベットーニ氏は過去を懐かしむように遠い目をしていった。


「それがその後しばらくした後、強い嵐となりその大雨で川が氾濫し鉄砲水が発生しました。そして嵐が通り過ぎたとき、鉄砲水でどこからか流されたのか、それとも崖の側面にでも埋まっていたのを鉄砲水で土が洗い流され下に落ちたのか、ともかく大きな岩で土地を潤わせていた川がせき止められてしまったのです。そして水の無い土地は荒れ果て、あのような何の役に立たない土地に……」


「そうですか……。それは災難でしたね」


 俺が同情する様に言うと、ベットーニ氏ははっとした表情をした後苦笑した。どうやら、つい愚痴をこぼしてしまったのを恥じているようだ。


「それはそうと、その荒れ果てた土地をどうして買いたいなどと。勿論ありがたい話ですが、私が言うのもなんですが、あの土地が何の役に立つというのです?」


 うーん。過去を懐かしんだりそれを恥じたり、殊勝な態度を取ったかと思えば、意外と抜け目無いな。その何の役に立つかを聞き出せば、土地の価値が上がる事もありえる。もし地下に何か資源が埋まっているというなら、俺達の申し出を断り自分で開発する事も考えられるだろう。


 やはりここは「アマデオおぼっちゃま」の出番か。俺はテーブルの下でコツンとアマデオの足を蹴って合図をする。


「僕なんとなくあの場所の風景が気に入ったから欲しくなっちゃったんだ」


 棒読みのアマデオの台詞に、もう少しくらい上手く演技出来ないのか、これじゃばれるじゃないか。と冷や汗をかいたが、どうやらベットーニ氏は演技だと気付かなかったようだ。しかしそれでも、子供が「なんとなく」で土地を欲しいとは、と怪訝そうな顔をしている。


「すみません。こちらはある王国の名のある貴族の若君なのですが、御遊学先から帰国する途中、偶然通りかかったあの土地の風景をとても気に入り……。是が非でも自分の物にしたいと仰るのです」


「それは……風景を気に入って頂けたとは光栄ですが、風景を見るだけなら別に購入して頂かなくとも、ご自由にご覧下され。立ち入るななどと野暮は申しません」


 ベットーニ氏にしてみれば売ってしまった方が良いだろうに、さすがに不思議に思ったのか疑問を口にし首を傾げている。


「いえ、それが、お坊ちゃ……若君はその風景を「自分だけの物」にしたいと仰るのです」


「自分だけの物……えー、その……それは剛毅な事ですな」


 風景を自分だけの物にしたいという言葉に、ベットーニ氏も呆れたみたいだったが、どうにか無難な褒め言葉を口にする。


 どうやら強引ではあるが、売って欲しいと言う理由については誤魔化せたみたいだな。じゃあ、後は値段の交渉か。


「それであの土地の値段は如何程でしょうか? こちらはこの額なら御用意できます」

 と俺の全財産の半分を提示した。だがやはりそれでは少なすぎるらしく、ベットーニ氏の表情は曇った。


「さすがにそれでは……。確かにあの土地は役には立ちませんが、愛着はあります。その為、持っていても税金を払うだけ損と分かっていても今まで手放さなかったのです。さすがにこの額では……」


 やっぱり、無理か。確かにベットーニ氏にとっては思い出の土地で愛着もあるだろう。それを実は役に立つ土地に変えられる事を隠して、安く買い叩こうというのに一瞬後ろめたさを感じた。


 いや、そうじゃないか。ベットーニ氏は過去を見ているだけだ。実際汗水たらしてあの土地を開発しようとしているのは、あの子供達だ。ベットーニ氏だって子供達と同じ様に汗水たらせば開発出来たかもしれない。だが彼はそれをしなかった。


 子供達には、まおうやサフィスの力で大岩が砕けるという幸運があったとしてもだ。子供達はその幸運など関係なしに、ずっと頑張ってきていたのだから。


 ベットーニ氏に払うお金は、開拓して豊かになるあの土地としての値段ではなく、今まで通りの荒れ果てた土地としての値段で十分なはずだ。


 ならばやはり安く買い叩く必要がある。なにせあの土地は開拓しないんだったら、本当に何の役にも立たない土地なのだから。そしてまた足で合図しアマデオが口を開く。


「でも、僕はあの土地をどうしても欲しいんだ!」


「しかし、いくらお坊ちゃまのお父上が大富豪であらせられましても、あの様な土地に大金を出すのはお怒りになられるでしょう」


 そしてまた足で合図。


「いやだ! 欲しいんだ!」


「分かりました……。予算は御遊学費用の余った残金までと考えておりましたが、ほかならぬお坊ちゃまの為、私もいくばかりかなら用意がありますので、立て替えさせて頂きます」


 そう言って、先に提示した金額の2割り増しの金額を改めてベットーニ氏に提示した。


 だがやはりベットーニ氏は首を振る。


 結局また俺はアマデオに合図を送り、そして俺とアマデオとの茶番劇、そしてベットーニ氏の返答という事を数度繰り返し、最終的になんとか予算内、俺の全財産の8割ほどの金額で土地を買い取る事が出来た。


 ベットーニ氏の気が変わらぬ内にと、即金で払いベットーニ氏から土地の権利書を受け取る。さらに所有者移転申請書提出手続きの委任状にサインもして貰う。


 それらの書類を受け取った俺達は、またも役場へと向かう。そして固定資産関係手続きの窓口に向かう。


「土地の権利者の移転手続きを行いたいのですが」

 と窓口のお姉さんに言うと、いかにも事務的な声で事務的な言葉が返ってくる。


「土地権利移転には、その土地の持ち主の方と移転し新たに持ち主となられる方、双方の同意が必要です。双方がそろっていらっしゃらない場合は、いらっしゃらない方については委任状――」


「あ、これが土地所有者の委任状です」

 とベットーニ氏に書いてもらった委任状を差し出した。


 お姉さんはその委任状に目を通すとまた口を開く。


「では、その土地の権利書を拝見させて頂けますか?」


 俺が権利書を差し出すと、お姉さんは、

「しばらくお待ち下さい」

 と権利書を片手に奥に下がった。そして帰ってくると手にした紙切れはもう一枚増えていた。


「これが役場で保管していた、この権利書の土地の所有者のサインの原本です」

 といい、委任状のサインと照らし合わせる。


 勿論共に手書きな以上、寸分違わず同じな訳は無いが、こういう役場や、それに銀行、そしてギルドの受付の者達は、それらのサインの筆跡で本人確認が出来る技能を習得している。


 まあ、委任状は間違いなくベットーニ氏に書いて貰った物なので、問題は無いはずだ。安心して待っていると、お姉さんからも

「ご本人様の物と確認いたしました」

 と承認された。


 そして土地所有者の手続きをするのだが、お姉さんはてっきり俺が新しい所有者と思っていたらしく、まだ子供と言って良い年齢のアマデオが新たな土地の所有者と聞いて驚いていた。


 だが子供が土地を買ってはいけないという法律はなく、なんとも奇妙な顔をしながら手続きをしてくれ、こうして晴れてあの時はアマデオの、つまり子供達の土地になったのだ。

 その後俺はお姉さんに言って、必要な書類を数枚貰い窓口を後にする。


 役場を出ると開口一番アマデオが愚痴を言う。


「土地を買うってなんて面倒くさいんだ。みんなこんな事をやっているのか?」


「ああ、当たり前だろ。権利関係は重要だからな。その分手続きが面倒なんだよ」


「でも、これで終わりなんだろ? やれやれだ!」


 アマデオはそう言って、大きく伸びをする。だが俺は追い討ちをかける。


「なに言ってるんだ。お前達はこれから村を作るんだろ? こんなもん、面倒のうちに入るか。まだまだ序の口だぞ」


「どんな拷問なんだよ」


 そう言うとアマデオは頭を抱えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一言感想など
お気軽にコメント頂ければ嬉しいです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ