第30話
大岩を破壊するのは、まおうとサフィスに任せるとして、俺は残った大問題に取り掛かる為魔王と2人で話す事にした。
一番初めに通された小屋で、魔王と向き合って座った俺は早速切り出した。
「ここで貴女を除いたら、誰がこの村で一番影響力がありますか?」
「私を除いてですか?」
「ええ。貴女意外で、誰だったら他の子供達がいう事を聞きます?」
「それはアマデオと思います。今まで岩を壊すのも下の村を襲うのもすべてアマデオが先頭に立っていましたから、ですがそれがどうかしましたか?」
「これからずっとここに住み続け、農作物を栽培するならもう立派な村です。他の人間とかかわらずに暮らし続けるなんて出来ません。その時に人間の代表が必要です」
どれだけここの子供達から慕われていようが、他の人間からすれば貴女はただの魔物でしかない。言外のこの意味を察しているだろうに、魔王は気を悪くした様子も無く、にちゃりと音を立てて粘液状の首を縦に振って頷いた。
「分かりました。確かに人間の代表が必要ですね」
「そのアマデオっていうのはどの子ですか?」
「私が一番初めに拾った子供。貴方達に最後に立ち塞がった子供です」
そうか……。あの子か。俺は思わずなるほど、と頷いた。
「分かりました。今そのアマデオはどこに居ますか?」
「みんなと一緒に崖の上に岩を運ぶ作業をしているはずですので、そこに居ると思います」
「ありがとう御座います。ではちょっとそのアマデオをお借りしますね」
「はい。よろしくお願いします」
俺は、では。と魔王に頭を下げ小屋を出るとみんなが作業をしている崖へと向かった。今後必要な事を考えながら歩いていると、途中何人もの子供が俺を追い抜き駆けて行く。大岩を砕く目処がついてみんな張り切っているみたいだ。
だが崖下の大岩の元に着いたもののそこには誰も居なかった。そうかやるんなら一気にと、今はみんな崖の上から落とす岩を集める作業に集中しているのか。考え事をしながら歩いていた所為で、こんな簡単な事に気付かないとは。
しょうがねえなー。と改めて崖の上を目指した。するとまた後ろから走ってくる子供達に何度も追い抜かれた。考え事に気を取られず子供達がどっちに向かって走っているかちゃんと見てれば、無駄足を踏まずに済んでいたか……。
無駄に遠回りしながらもやっと崖の上につくと、確かに俺達の前に立ち塞がった子供が居て、みんなに指示を与えながらも率先して働いていた。あれがアマデオか。
アマデオは黒髪を短く切り、顔つきも子供ながら精悍なものを感じさせた。まあ、こんなところでずっと厳しい生活をしていたんだ。普通の村の子供達とは比べ物にならないか。
だけど、それでも普通の子供達に比べ圧倒的に劣っているところがある。今後の為にもそれをちゃんと理解させてやらないとな。
丸太を下に敷いた岩を数人の子供が押し、そしてさらに別の数人が岩が通過した後の丸太を回収し、急いで岩の前に改めて敷きなおす。地道な作業だがまあ他に手は無いか。
アマデオに近づくと、向こうも俺に気付いたらしく、岩を押していた手を止めた。それを合図に岩を押していた他の子供達も手を止める。そしてアマデオは子供らしからぬ、にやっとした男っぽい笑みを返してきた。
「あんた達のおかげで大岩もどうにかなりそうだ。助かったよ」
アマデオなりに精一杯感謝の気持ちを表しているらしいが、子供が大人にいう台詞じゃない。外の世界と係わっていくなら、ここら辺もどうにかしないとな。と思わず苦笑した。
「ちょっといいか? 話があるんだ」
「ああ、いいよ」
アマデオは、そういうと振り返って残る子供達に指示を与え、そして俺の元にやってくる。俺達はそこから少し離れたところにある岩陰に入った。
「お前、あの魔王と仲間達は大切か?」
「魔王じゃねえよ。ママだ!」
アマデオはさっきまでの笑顔が嘘の様に俺を睨んでくる。うーん。沸点の低い奴だな。だがまあ子供達の大将ってのは、こんな感じの乱暴者っぽい奴がなってしまうのは仕方がないのかな。とにかくこいつにしっかりして貰わないと仕方が無い。
「ああ、すまん。そのママと仲間は大事か?」
「当たり前だろ」
と言いながら俺を睨み続けている。根に持つタイプか? まあそれ程あの魔王を慕っているんだろう。なにせあの魔王が居なければ、ここの子供達は全員死んでいたんだからな。
「分かった。そのママと仲間を守る為にお前にやって欲しい、いや、お前がやらなくちゃいけない事がある。やれるか?」
「ママとみんなを守る為だったら、強盗だろうが人殺しだろうがなんだってやってやるさ」
俺の言葉にアマデオは即座に、にやっと笑い答えた。物騒な奴だな……。さすがずっと外界と離れて暮らしていただけあって常識が無い。だが俺が、
「お前字は読めるか?」
と言ったとたん、アマデオの顔が険しくなる。まあ予想通りか。
「お前、俺を馬鹿にしているのか?」
今にも飛び掛りそうな形相で、怒りを込めた低い声を出すアマデオだったが、冒険者で村一番の使い手だった俺にとっては、まあ可愛いもんだ。
「別に馬鹿にしている訳じゃない。だがママと仲間を守る為には必要だ。覚えろ」
「何でそんなもんが必要なんだよ! そんなもん知らなくても仲間は俺が守ってみせる!」
「いや、それじゃ絶対にママと仲間は守れない。お前だって自分が軍隊に勝てるほど強いと思ってる訳じゃないだろ?」
「軍隊……。どっどうして軍隊なんかが来るんだよ!」
一瞬ひるんだアマデオだったが、ただの脅しと思ったのか、またも俺を睨みつける。
「お前達はここを自分達のもんだと思っているみたいだが、荒れ果てているからほって置かれているだけで、実際は誰かの土地なんだよ。誰の土地でもなければ国の土地さ。そこに勝手に村を作ってそれが知られれば、軍隊が攻めてくる。当たり前の事だ」
「嘘だ! だって俺達がずっと住んで居たんだぞ! 今まで何も言って来なかったじゃないか!」
「だからそれはここが荒れ果ててたからだって! お前達が苦労してここに水を引き、農作物が作れる様になれば、土地の所有者はお前達に感謝しながら、お前達を追い出すさ」
「じゃあ、俺達がやっている事は無駄っていうのか!?」
アマデオは歯軋りし、拳を強く握り締めている。今までの努力が水の泡どころか、その成果が他人の物になると聞いてよほど無念なんだろう。だがそうさせない方法がある事を教えてやらなくてはならない。
「いや、無駄じゃない。無駄にしない為にもお前は色々な事を勉強しなければいけない」
「でも……勉強なんてやった事ないし……」
「ママと仲間を守りたくないのか! お前はみんなを守るんだろ!」
「本当に、俺が勉強すればみんなを守れるんだな?」
「ああ、嫌いとか苦手とか言っている場合じゃない。みんなの為にはやらなくちゃいけないんだ」
「分かったよ……。それで何をやればよいんだ? 字を覚えるのか?」
「よし! まずは文字からだが、取りあえずは明日までに自分の名前が書ける様になればいい。出来るか?」
「出来るかって言われても、自分の名前なんて書いたことないし……。出来るかどうかも分からないよ」
「ああ、そうか。すまん。まあ名前くらいなら一晩あれば大丈夫だ。取り合えずここは他の子供達に任せて小屋に戻ろう」
「ああ、分かった」
アマデオは一旦みんなのところに戻ると、後の指示を出しまた俺のところに戻ってきた。そして2人で小屋へと向かう。そして手本にアマデオの名前を紙に書いてやり、明日までに手本を見なくても書ける様にしておけと言い残し、俺は小屋を後にした。
さーてと。これで第一段階は完了だな。問題は明日か。今まで運よくかなり稼げたから、多分金は足りると思うんだが……。まあこんな荒地ただ同然のはずだ。大丈夫だろう。っていうか大丈夫と信じるしかない。
翌朝、俺はアマデオを連れて下の村へと向かう。その道すがら隣を歩くアマデオに向かって話しかけた。
「下の村の人達って、お前の顔を知っているのか?」
「村を襲った時に、多分見られていると思う」
「そうか……それはちょっと不味いな」
「どうしたら良い?」
「うーん。まあ今のお前はボロボロの服を着ているし顔も泥だらけだ。村を襲った時もそうだったんだろ? 綺麗な服に着替えて顔も洗ったら多分気付かれないだろう」
「今さらっと失礼な事を言わなかったか?」
「気のせいだ。気にするな」
取り合えず村に入る時アマデオには下を向いて顔を見せない様にさせ、まず一番初めに、襟にまで刺繍が施されたいかにも金持ちのお坊ちゃん風な服を手に入れて着替えさせた。当然顔も洗わせた。
「なんだこの格好。動き難くてしょうがないな」
「仕方が無いだろ。これからする事には必要なんだよ」
「服なんてなんだって関係ないだろ」
「世間では服装で人を判断するんだ。泥だらけでボロボロの服じゃ誰も相手にしてくれないんだ」
「ちっ! 人は見かけじゃないっていうのに」
アマデオはまだぶつぶつ言っているが、俺は構わず次の目的地である村の役場を目指した。そしてあの子供達の村の土地の所有者を聞き出す。当然そこに村を作る予定なのは隠してだ。
「ああ、その土地だったらベットーニさんの土地じゃな。もっとも持っていても何の役にも立たんのでずっと売りに出しているそうじゃ。もっとも何の役にたたんのじゃから当たり前じゃが、買い手が全然つかん。持っていれば固定資産税もかかるし、だったら村に寄付すればよいのに、さすがにただで手放すのは嫌らしい」
役場の爺さんにそう教えられた俺達は、そのベットーニ氏の家の場所も聞き出し、今度はそのベットーニ氏の元へと向かう。
「ずっと売りに出していたなら都合がいい。安く買い叩けそうだ」
「でも、そんなところを急に買いたいと言ったら、どうしてそんな土地を欲しがるのかって疑われない?」
お? それに気付くか。今まで勉強してこなかったから文字すら書けないだけで、結構頭は良いのかも知れないな。
「なあに、その為にお前にそんな格好をさせているんだ。今からお前は大金持ちの貴族のお坊ちゃんだ」
「俺が貴族のお坊ちゃん?」
「そうだ。正直俺もあんな荒地を疑われずに買う上手い理由が思いつかなかったんだ。だから強引だが貴族のお坊ちゃんの気まぐれで買うって事にする。俺はお前のお守り役になって、横であんな荒地を買うのは金の無駄だって言い続けるから、お前は精々駄々をこねてくれ。理由はもう「とにかく欲しくなった」でいいから」
「難しい注文だな。本当の俺とはまったくの真逆じゃないか」
アマデオはそう言ってうんざりした表情で肩をすくめた。