表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王使い  作者: 六三
29/33

第28話

 子供達が住む村の小屋で、驚く俺達に魔王の話は続いていた。


「私がここに来たのはこの世界の時間で、もう14年前になります」


 14年か……かなり長い時間だよな。やっぱり待っていたらいつか自動的に元の世界に戻れるとかは無さそうだな。そもそもまおうと同じふうにこっちの世界にやって来たのか?


「もしかして、ある日いきなり深い霧に包まれたかと思ったら、こっちの世界に来ていたとかですか?」


「ええ。そうです。ご存知なのですか?」


 魔王は驚いた様に粘液状の身体をブルブルと振るわせた。やっぱりそうか……。共通点があるって事は同じ理由でこっちの世界に連れて来られたって事なんだろうな……。


「はい。実はこのまおうも同じ様にしてこっちの世界に連れて来られたんです」


 まおうに視線を向けながらの俺の言葉に、魔王はまたも身体をブルブルと震わせたが、表情は分からない。驚いているらしい事は分かるのだが。


「そうでしたか……。私以外にも同じ境遇の者が居たのですね」


「はい。あ、でも、今はこの話をする時じゃないですね。話を進めてください。話の腰を折ってすみませんでした」


「分かりました。それでは話を続けさせて頂きます。こっちの世界に来た私は、霧が晴れるとまわりの風景が一変しているのに気付きました。もちろんすぐに異世界に迷い込んだと考えた訳ではありませんが、見た事も無い植物が生い茂り、動物が駆けていました。夢でも見ているのかとも思いましたが、いっこうに夢から覚める事はありませんでした。そしてここが自分の元居た世界ではないと認めざる得なかったのです」


「はい」


「幸い……と言って良いのか分かりませんけど、私は水と日の光さえあれば生きていけます。その時はここよりはるか離れた川辺に居て、水には不自由しませんでした。ですが……異世界で生き延びる手立てを得てみたものの、改めて自分の境遇を思えば絶望だけです。誰も居ない世界で1人残されてどうすれば良いのでしょうか? その時はまだこちらの世界の人間と遭遇していなかった事もありますが……。もっとも、もしあの時遭遇していたら多分私は殺されていたでしょう」


 うーん。確かに突然この姿の魔王に遭遇したら、俺だって反射的に嫌悪感を抱いて敵と判断してしまうかも知れないな……。


「そして私は干からびて死ぬ心算で、水の無いこの場所にやって来たのです。そしてここで赤ん坊に……私の事を「ママ」と呼んだあの男の子と出会ったのです」


 ああ。あの男の子か。結構気が強そうな感じで、俺の事を睨んでいたな。


「私がこの場所に着くと、何かの泣き声が聞こえてきました。そして声がする方に行くと、あの子が布に包まれて地面に捨てられていたのです。もっともその時の私は捨てられているのだとは思いも寄りませんでしたけど。私が赤ん坊に恐る恐る手を伸ばすと、あの子は私の手を掴みそして言ったのです「ママ」と」


 じゃあ、この魔王はこっちの世界に来てからこっちの言葉を覚えたんじゃなくて、初めから言葉が通じたって事か。まおうも以前出会った魔王もこっちの世界じゃ言葉が通じなかったのに、こういうのを奇跡とでも言うのかな。


「私はこの子を死なせる訳にはいかないと思いました。ですが死ぬ心算でここに来た私自身がすでに干からび始め、命が危うくなっていたのです。元居た川辺に戻るまでは持ちそうにありませんでした。私は必死で水を捜し求め、やっとのおもいでこの付近に僅かに水が染み出ている場所を見つけ命を繋いだのです」


「でも、赤ん坊はどうしたんですか? 赤ん坊は水だけじゃ生きられないと思いますけど」


「私の世界では大人は水と日の光だけで生きられますが、赤ん坊にはまだその機能は備わっておりません。ですから大人が赤ん坊を身体の中に取り込み栄養を与えるのです。私には他に方法はありませんでした。そして幸いな事に上手く行き、あの子を死なせずにすんだのです」


 なるほど、という事は俺が見た赤ん坊が食べられると思った光景は、この魔王が赤ん坊に食事をさせている所だったのか。しかし奇跡のオンパレードだな。この人にとってはこっちの世界に連れて来られたのは不幸だったかも知れないけど、あの男の子にとってはまさに天の助けだったんだろうな。


「それで他の子供達は?」


「取り合えず赤ん坊の命を助ける事が出来たと安心していたのですが、しばらくすると、また赤ん坊の泣き声が聞こえてきたのです。そしてまたしばらくするとまた1人……。始めはこの世界では赤ん坊を放置するのが普通なのかとまで考えましたが、やはりどう考えてもそれでは赤ん坊が死んでしまいます」


 そりゃまあ、そうだろうな……。どんなに世界が変わろうと、生まれてきた赤ん坊をワザと殺す生き物は居ないだろう。こっちの世界だって虫や魚じゃあるまいし、生まれてきた赤ん坊を放置する動物なんてほとんど居ないはずだ。


「私は、いつも赤ん坊が置いていかれる場所を見張る事にしました。そしてそこにやって来た、赤ん坊を連れた2人のこちらの人間の会話を聞き、貧しい村で口減らしの為に赤ん坊を捨てに来ているのだと知ったのです」


 口減らしで赤ん坊をか……。普通口減らしと言えば年寄りって聞いたけど、いや、それでも悪いんだが、まさか生まれたばかりの赤ん坊を捨てるとは……。もしかすると、生まれたばかりで愛情が深くなる前に捨ててしまえって事かも知れないけど。


「まったく酷い話ね! そんな奴らとっちめてやれば良かったのよ!」


 今まで大人しく話を聞いていたサフィスが、憤慨の声を上げた。まあ俺もまったくの同感だ。そんな奴らぶん殴ってでも赤ん坊を連れて帰らせれば良いんだ。しかし魔王はサフィスの声に粘液状の身体をねちゃねちゃと鳴らしながら首を振った。


「私もそうは思いました。しかし赤ん坊の母親らしき人間が、一度は地面に置いた赤ん坊をやっぱり捨てられないと駆け寄ろうとし、父親らしき人間が泣き叫ぶ母親を引きずる様にして連れ去っていく光景を見た時、私は何も言えませんでした。それ程の想いをしても捨てなければならないなら、それ程の状況なのでしょう。たとえ今私が出て行って赤ん坊を連れて帰らせても、それでは一家ともども飢え死にするかも知れません。もしかしたら別の場所に捨てるかも知れない。それでは意味がありません。私には黙って赤ん坊を引き取るしか出来なかったのです」


「そうですか……」


 なんて言ったら良いのか分からず、俺にはそう言うしかなかった。しかしこの魔王むちゃくちゃ良い人だよな。俺だったら相手の状況まで考えず、泣き叫ぶくらいなら連れて帰れって怒鳴っていただろう。しかし……。


「今の話だと、赤ん坊を捨てに来ているのはこの下の村って訳じゃなさそうですね。下の村は口減らしが必要なほど貧しくは見えませんでした」


「はい。ここに赤ん坊を捨てに来ている人達は、罪悪感からかかなり遠く離れた村から捨てに来ている様なのです。赤ん坊を捨てた場所が目に付くところに有ると耐えられないのでしょう」


「それじゃ、どうして下の村を襲っているの?」


 まおうが控えめに口を挟んできた。まおうにしてみれば、じゃあ下の村の人が悪い訳じゃないのに、どうして襲ったりするの? って事なんだろう。


「食べる物が足りないからです。下の村の人達にすれば八つ当たり……。いえ、とばっちりを受けているだけと思われるでしょうけど、子供達を飢えさせる訳にはいかないのです」


「やはり、自給自足は難しいですか?」


「はい。もうお察しとは思いますけど、子供達の数も増え、大きくなった子もいます。私からの栄養だけでは全然足りなくなったのです。私には赤ん坊とまだ小さい子供達だけで精一杯です」


「ですが……。この痩せた土地では駄目でも、他の場所に移れば……」


 だがやはり魔王は首を振った。


「ここにはまだ赤ん坊が捨てられ続けています。どうやらここに赤ん坊を捨てるのは一つの村ばかりでは無いらしいのです。年に……数人は捨てられています。その赤ん坊達を助ける事を考えればそう遠くには行けません。ここから通える範囲内で食料を集めるには限度があるのです」


「いっその事、下の村に助けを求めてみるのはどうですか?」


「はい。それも考えました。ですが、2つ問題があります。1つは子供達がそれでは私と離れ離れになると考えて嫌がっている事、そしてもう1つは……」


「もう一つは?」


「下の村の人達も、無限に子供を受け入れる事は無いでしょう。事情を知れば間違いなく、ここに赤ん坊を捨てるのを止めさせるはず……。ですが先ほども言ったとおり、それでは別の場所に赤ん坊を捨てるだけなのです。赤ん坊を助ける為には、ここが赤ん坊を捨てる場所でなければなりません」


「ですけど、いつまでも下の村を襲うなんて事を続けられないでしょう。今はまだあなたの事を恐れているので、近づいては来ないですが……、下の村が耐えられないほど襲い続ければさすがに黙ってはいないでしょう」


「それは分かっています。私も下の村に住む人達をそこまで苦しめたいと思っている訳ではないのです。ただ他に手立てが無い為なのです。どうにかしてここで自給自足が出来る様になれば良いのですが……」


「ここの土地で自給自足するって何か方法があるんですか?」


「はい。私には分かるのですが、ここは水が無いだけで土自体が痩せている訳ではありません。水さえ引く事が出来れば十分畑として機能するでしょう」


「水は無いのに土地は肥えているんですか?」


「はい。普通水の無いところの土地は痩せているものですが、昔はここにも水が来ていたと考えます」


「じゃあ、水さえ引けばまた土地が蘇るという事ですか?」


「そうです。しかもその方法も分かっています」


「方法が分かっている?」


「そうです。ここからさらに登った所に谷間があり、その谷間を大きな岩が塞いでます。どうやら昔はその岩は無く、谷間に川が流れここまで水が引かれていたと考えられます。おそらく地震か大雨か……とにかくなんらかの天災によってその岩が水の流れを堰き止め、長い時間をかけて川の流れも変わってしまったのだと思います」


「じゃあ、その岩をどうにかすれば水がまたここまで来るんですか?」


「昔とは川筋が変わっていますので、こちらに水を呼び込む為には多少土を掘って道筋を作ってあげなくてはならないでしょうけど、大丈夫なはずです」


「それなのに出来ていないという事は、やっぱりその岩をどけるのが困難という事ですか?」


「はい。お察しの通りです。とても大きく動かせそうにありません。子供達も少しずつでも岩を割ろうと、何とか運べる大きさの岩を崖の上まで運んで、上から落としたりもしているのですが、そんな方法では何年かかる事か……。やらぬよりはマシと続けてはいますけど」


「なるほど……。しかし今更ですが、どうして俺達にここまで詳しく話してくれるんです? 俺達はあなたを倒しに来たというのに」


「あなた方は信用できると思ったからです」


「信用ですか? しかし俺達何か信用される様な事をしましたっけ?」


「先ほど戦った時……少し乱暴ではありましたが、あなた達は子供達をなるべく傷つけまいとしていました。ですからお話しても良いと考えたのです」


「なるほど。信用してくれてありがとう御座います。何か力になれるかも知れません。遠慮なく言ってください。もしかしたら、まおうならその岩を何とか出来るかも知れません。やってくれるよな? まおう」


「もちろんだよ!」


「ですが……。確かにその人は身体も大きくて力も強そうですが、それだけでどうにかなりそうな岩ではないのです」


 魔王はねちゃりと首を傾げ、あまり乗り気じゃなさそうだけど、まおうにはさっきは見せなかった手から放つ火炎がある。もしかしたらその岩も焼き砕く事が出来るかもしれない。


「いえ、とにかく一度見せて貰えませんか? もしかしたら何か方法が見つかるかも知れないし」


 こうして俺達は、魔王と子供達に連れられ、その大岩へと向かったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一言感想など
お気軽にコメント頂ければ嬉しいです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ