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魔王使い  作者: 六三
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第26話

 俺とまおうは宿屋の1階に部屋を借りた。いくら大きな宿屋でも2階にまおうをあげては床がぬけそうだったのだ。


 そしてまおうの為に大量の肉料理を注文し宿屋の食堂で食べていると、2人組みの客が離れた席に座ってこっちを盗み見ていた。


 旅をする人間といえば冒険者か商人って相場が決まっているが、まあこいつらは身なりからして俺と同じ冒険者だな。


 なにせまおうが居るから、盗み見られるのなんていつもの事で気にもしていないけど、どうやらこいつらは昼間に騒ぎを知っているらしい。


「さすがあいつ等を倒しただけはある。あの牙を見ろよ」

「ああ、人の頭なんか果物を齧る様なもんだろう」

 とえらく物騒な話をしているのが聞こえてくる。よっぽどまおうを怖いものと思っているらしい。


 だけどまあ仕方が無いと聞き流してたんだけど、奴らのまおうへの話は尽きない。そして遂に、当のまおうが堪忍袋が切れたのか突然立ち上がった。


「僕そんなに怖くないもん! ちょっといって来る!」


「待て! まおう! お前がいったら余計に怖がらせるだろ!」


 だけどまおうは俺の制止を振り切って冒険者達の元へと向かう。まあ、まおうを制止できる人間なんてほとんど居ないんだけど。


 まおうがずんずんと冒険者達に近寄っていくと、やつらもやっと自分達の話が俺達のところまで聞こえていたのに気付いたのか、恐怖でガタガタと震えだした。今まさに自分達が言っていた様に、まおうの牙に頭を齧られると思っているんだろう。


 だがまおうはそれに構わず、さらに奴らに近づきながら腰に巻いたかばんに手をやる。


 まさか!


「止めるんだ! まおう!」


 だが俺の声に構わず、まおう必殺の……お手玉が炸裂した!


「僕は怖くないよーー!」




 それからしばらく後、俺とまおうは、まおうの噂話をしていた冒険者達と一緒に酒を飲んでいた。もっともまおうは果実の絞りジュースだ。


「いやー。まさかこんなに愛嬌のある魔王がいるとは思ってもいなくてねー」


 男達のうちの1人がまおうの左横に座り、不自然な体勢でまおうと無理やり肩を組み酒を飲みながらそう言った。


「確かにまおうは見た目は怖いですからね」


「えーー。僕、そんなに怖いかなー?」


 するとまおうの言葉に、まおうの右横に座る男が口を挟んだ。


「結構なもんだよ。わし食われると思ったもん」


「そんな事ないよーー!」


 まおうが椅子に座りながら足をドタバタと踏締め、ぶんぶんと腕を振り回すと決して小さくは無い宿屋がぐらぐらと揺れた。


「ちょっと待て、まおう! 宿が壊れるぞ!」


 俺が叫ぶとまおうはやっと暴れるのを止めた。危なかった……。もう少しで宿を破壊して犯罪者になるか、多額の修理費を請求されるところだった。


 俺達が、まあこういう風に食事を楽しんでいると、窓の外からこちらを覗いている人影が見えた。その人影は俺が視線を向けると慌てて窓から頭を隠したけど、俺にはその人影に見覚えがある。あれは確か……。


「ちょっと待っててくれ」


 俺はそう言い残すと宿屋を飛び出して外に出た。するとやっぱり思った通りの人が窓から中を窺っている。


「サフィスさん!」


 声をかけると彼女は慌てて逃げ出したが、俺は追いすがって彼女の手を掴んだ。


「逃げる事は無いじゃないですか」


「話してください! ただ最後に一目見たかっただけなんです」


「最後に?」


 すると今まで俺の手から逃げようと暴れていた彼女は、大人しくなって俯いた。


「私が採用されないのなんて、自分でも分かっています。だから……」


 最後の方はほとんど涙声になっていた。そこまで俺の事を思っててくれているのか……。彼女の思いに胸が熱くなり、つい彼女の肩を抱こうと手を伸ばした。


 そしてその手が彼女の肩に触れようとした瞬間……。


 ドムッ! と彼女の肘鉄が俺の鳩尾ミゾオチに突き刺さった。


「止めて下さい! 私そんな心算で来たんじゃありません!」


 俺はあまりの威力に膝をついて喘いだ。くっ! 戦士系冒険者として鍛えている俺に膝を付かせるなんて、手加減なしのマジ肘鉄か……。


 だけど、清楚な感じだけど意外と大胆だったクリスティナさんも良いけど、一目見たかったと言いながら、それでも身持ちが硬いサフィスさんもこれはこれで結構……。


 よし!


「どうです? 窓から見てたんなら知ってると思いますけど、今ちょうどまおうと食事中なんです。一緒にどうですか?」


 もちろんサフィスさんをやっぱり採用しようなんて考えている訳じゃないけど、まあ最後に食事を一緒にするくらい良いだろう。それに2人きりじゃなくてまおうも居るから、身持ちの硬いサフィスさんも断らないと思う。


「まおうさんと?」


「ええ。見た目はああだけど怖い奴じゃありません。まあそれも窓から見てたんなら知ってると思いますけど」


 するとサフィスさんは少し頬を赤くしながら俯いた。


「じゃあ……よろしくお願いします」


 こうして俺とサフィスさんが連れ立って宿に戻ると、まおうはまたお手玉を取り出し披露していた。って言うか、人数が増えてないか?


 10人近くに膨れ上がった観客の前でお手玉を披露していたまおうは、戻った俺に目を向けてサフィスさんも一緒なのに気付いて首を傾げた。


「あれ? サフィスさんどうしたの?」


「ああ、窓から偶然見かけたから、ちょっと食事に誘ってみたんだ」


「よろしくお願いします」


 サフィスさんがペコリと頭を下げると、まおうは「そうなんだ」と頷いて、

「じゃあ、ちょっと見ててね!」とまたお手玉を披露した。


 サフィスさんは「凄い! 凄い!」と手を叩いて喜んでいる。その笑顔はとても嬉しそうで、見ているこっちまで楽しくなりそうだった。


 彼女と一緒に旅をすれば楽しそうだな……。いやいや、そんな動機で旅の仲間を選ぶ訳には行かない。なにせ命にかかわる事なのだ。


 俺がそんな事を考えているうちに、楽しい宴はさらに続き、まおうと彼女、さらに他の宿の客達は輪になって踊り、俺も参加した。サフィスさんは本当に嬉しそうに笑い。まおうも彼女が気に入った様だった。


 だけど楽しい時は過ぎるのが早い。夜も更けると他の客達は1人、また1人とその輪からはずれその数を減らしていった。


「今日は本当に楽しかったです。ありがとう御座いました」


 サフィスさんは宿屋の前で、見送る俺達にそう言って丁寧にお辞儀をした。


「いえ。こちらこそ楽しかったです」


「僕も楽しかったよ!」


 するとサフィスさんは俯いてしまった。


 あれ? と思っているとサフィスさんは顔を上げたけれど、その目には微かに光るものがあった。


「私……。今日の事は忘れません」


 彼女はそう言って背を向けると駆け出して立ち去ってしまったのだった。


 いくらなんでも会ったばかりなのにと俺は唖然としていたけど、まおうが不意に口を開いた。


「そんなに一緒に来たかったのかな……」


「……そうみたいだな」


「サイエス。僕……」


「ああ、分かってる」


 俺が笑みをまおうに向けると、まおうは俺にしか分からないだろう満面の笑みを浮かべた。


 そして翌日、ギルドを介して採用者に連絡して貰った。不採用の人も同じくギルドから連絡をして貰う。過去に、直接断りの返事を伝えて立ち去ろうとした時、逆上した不採用者に襲われたって事件が発生した事があってそれを防ぐ為だ。


 そして俺達がギルドの一室で採用者を待っていると、ギルドから連絡を貰ったその採用者が現れた。


「サフィスさん!」


 まおうが叫ぶ様にその名を呼ぶと、サフィスさんは涙ぐんで頷いた。


「私……駄目だと思ってたのでとても嬉しいです」


 うんうん。こんなに喜んで貰えると俺も嬉しい。


 クリスティナさんは積極的だったけど、俺に好意を持っているかと言えば未知数だったし、それに比べてサフィスさんはわざわざ最後に一目会いたいと来るくらい……。


 いやいや、クリスティナさんも良かったけど、まおうが喋った時にちょっと戸惑っていたし、サフィスさんはまおうと仲良く出来そうだしな。

 うん。俺は私情を挟んでないぞ。


 サフィスさんは感極まったのか両手を広げ俺達の方へ駆けてきた。


 よし! ここは新しい仲間として下心無しに抱合おうじゃないか。と両手を広げ彼女が飛び込んでくるのを待った。


 そしてサフィスさんはそのまま……

「まおう!」とまおうに抱きついた。


 え?


「私、爬虫類が大好きで、まおうさんを一目見た時この人だ! って思ったんです!」

 とサフィスさんは、3メートルを超える二足歩行のトカゲの様な姿のまおうに抱きつきながら嬉しそうに笑った。


 なんだと!


 俺は目眩めまいがしそうになったけど耐えた。


 ふっ……。大丈夫だ。俺は下心があってサフィスさんを選んだ訳じゃない。サフィスさんがまおうと仲良く出来そうならそれで良いじゃないか。耐えろ。耐えるんだ俺!


 俺は平静を保ちながら2人に向かって微笑んだ。


「いやー。まおうと仲良く出来そうな人で良かったよ。中々そういう人が居なくてね」


 俺が声をかけると、サフィスさんはまおうに抱きついたまま俺に顔を向けてきた。


「そうなんですか? よかったー。絶対あの私より先に面接を受けた長い黒髪の人が採用されると思ってたんです。あの人とても落ち着いてたし」


「まあ、あの人も良かったんだけど、まおうと仲良く出来るかと言えば微妙でね」


 大丈夫。俺は冷静だ。偉いぞ俺!


「そうなんですか?」


「ええ」


 するとサフィスさんに抱きつかれたまま、まおうが口を開いた。


「でも、2人とも採用しても良かったのかも知れないね」


 ふっ……まおう。


「それを早く言えーーー!!」


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