第20話
夕方になり起き出すと、部屋に戻っていたまおうとまた食堂で食事した。
そしてまた横になる。
食っちゃ寝ばかりでずうずうしいかな? とは思う俺に出来ることなどないし、結局は「何もしない」のが一番迷惑にならない。
だが寝ていた俺は、ミシリという音で目を覚ました。昼間から寝てばかりいたので眠りが浅かったんだろう。
薄目を開けるとまおうが部屋から出て行こうとするところだった。
トイレか? とも思ったがなにやらこそこそと挙動不審だ。
ほっておいても良かったんだが、寝てばかりの俺は完全に目が覚めてしまっていたので、まおうの後をつける事にした。
まおうのプライバシーの事も考えたが、何せまおうはまだ子供だしここは人様の屋敷だ。何か問題を起してしまっては大変だ。
子供らしく広い屋敷を夜中に探検したくなったのかも知れないが、それで何か壊したりしたら大変だし。
まおうは屋敷内をどんどんと進み、ある場所へと入り込んだ。
厨房か……。食事が質素だったから足りなくて夜中につまみ食いに来たのか?
しかしこれは捨てては置けない。
屋敷に世話になっておきながら、そこから食べ物を盗むなんて大問題だ。
窃盗なんてギルドにばれたりしたら、仕事を回して貰えなくなる可能性すらある。
俺は食料庫からごそごそと食べ物をあさるまおうの背後に立った。
厨房はみんなの寝室とは離れているし、使用人達は離れへと戻っているはずだ。俺は遠慮なく大声で怒鳴った。
「こらまおう! 何をやってるんだ!」
「うわっ!」
俺の声にまおうは驚いて両手に抱えていた食べ物を取り落として振り向いた。
「なんだサイエスか。どうしたの?」
「どうしたの。じゃない! お前こそこんな夜中に何をやってるんだ」
「別に……」
「別にじゃないだろ! 勝手に食べ物を食べるなんて泥棒だぞ!」
「違うんだよサイエス」
「何が違うって言うんだ!」
「実は……」
まおうはそう言って話し始めた。
昼食の後屋敷内を探検していたまおうは、屋敷の2階のさらに上にある屋根裏部屋へと入り込んだ。
よくまおうの巨体でそんな所に入れたなと思うが、屋根裏部屋には大きな家具なんかもしまってある様で、入り口は大きく天井も高かったらしい。
そしてそこでまおうは泣いているエレーナ嬢を見つけた。
「どうしたの?」
まおうはなるべくやさしげに声をかけたが、エレーナ嬢は恐怖のあまり声も出ない。
まぁ入り口にまおうが立っていて、逃げ道の無い場所でまおうに向かい合えば大抵の人間は身の危険を感じだろう。
「大丈夫だよ。僕は怖くないよ!」
とまおうは言い、持ち歩いていたお手玉を取り出して、得意のお手玉を披露した。
だがいくら天井が高くてもお手玉するには低い。
お手玉が天井に当たり上手く出来ずに何度も取り落とした。
だが、取り落としたお手玉を慌てて拾うまおうの姿にエレーナ嬢は笑い出し、そしてエレーナ嬢はまおうが怖い者ではないと安心したらしい。
まおうが改めてどうしたのかと聞くと、エレーナ嬢はまた表情を曇らせ理由を話してくれた。
クレア夫人達は食事が質素だと不満を言い席を立って部屋に戻ったものの、実際食べなければ腹が減る。
それでも夫人は耐えていたが、長男のマティアス氏が我慢できずに不満を漏らした。
「何でも良いから食べれば良かったんだ!」
だが息子の言葉に夫人は
「貴方にはプライドが無いのですか!」
と言い捨てた。
こうして母と兄が言い争い自身も空腹に耐えかねるという状況にエレーナ嬢は部屋から逃げ出し、誰も来ないであろう屋根裏部屋で一人泣いていたのだという。
「じゃあ、僕が何か食べ物を持ってきてあげるね!」
まおうはそう請け負ったがみんなが起きている時は食べ物を持っていく事が出来ない。その為こんな夜中に厨房をあさる事になったのだ。
もっとも、夕食の時に夫人達が折れてみんなと食事をすれば解決したのだが、夕食時にやっぱり夫人達は食堂に現れず、我慢して食べれば良いと主張したマティアス氏にしたところで自分が頭を下げるのは嫌だったらしい。
要するにこの傲慢なお坊ちゃまは、他の人間が頭を下げて貰って来た物を我慢して食べてあげる心算だったのだ。
こうして結局夫人達は夕食も食べる事が出来なかった。
そしてまおうは食べ物を持って屋根裏部屋でエレーナ嬢と落ち合う事になっているという事だった。
そう言う事なら仕方が無いか。
万一ばれたとしても、エレーナ嬢へ食べ物を持って行っていた、という事なら泥棒扱いもされないだろう。
「よし分かった。俺も一緒に行こう」
「本当!」
「ああ」
こうして俺とまおうは屋根裏部屋へと向かった。
屋根裏部屋へと続く階段を上ると、エレーナ嬢はすでに来ている様で小さな明かりが見える。
そしてまおうが顔を出すと
「ぴろろろろ!」
と駆け寄ってきた。
ぴろろろろって名乗ったのかよ……。って言うか、素直にぴろろろろなんて呼ぶこのお嬢さんも素直な性格をしているみたいだ。
「食べ物を持ってきたよ!」
と言うまおうにエレーナ嬢は抱きついた。
10歳を過ぎたばかりの育ち盛りの子供に空腹はきつかった様で、よっぽど嬉しかったのだろう。
そしてまおうと一緒に食べ物を抱えて夫人達が待つ部屋へと戻ろうとしたのだが俺は押しとどめた。
どうして? と首を傾げる2人に俺は説明した。
「もしまた夫人が食べるのを拒否したら、食べられなくなっちゃおうぞ? とりあえずお嬢さんはここで食べてから行った方が良いんじゃないか?」
エレーナ嬢は自分だけ食べるなんてと躊躇していたが、子供が空腹に勝てるわけも無く、遠慮がちに食べ始めた。
そしてエレーナ嬢が食べ終わると改めて夫人達の部屋へと向かう。
はじめはやっぱり夫人は食べ物を受け取るのを断ったが、俺が
「子供に食べ物の心配なんてさせるものじゃありません」
と言うと、俯いて「そうですわね……」と小さく言い、受け取った。
空腹を満たしたマティアス氏とエレーナ嬢が眠りにつくと、夫人は俺に椅子を勧め少し待っている様に言って部屋を出た。
しばらく待っていると飲み物を手に戻ってくる。
差し出された物を俺が一口飲むとベイツ氏が持って来てくれたのと同じ物だ。あの時と同じ様に氷が入っていて冷えていた。
俺に話がある様なので聞いていたが、要するにベイツ氏への愚痴だった。ベイツ氏がすべて悪くその所為でオドレイ氏とも関係が悪くなったと言うのだ。
しかも話が長い。それでも内容があれば良いのだが、話はベイツ氏が悪いという事を表現を変えて繰り返すばかり。
夫人の話が一段落ついた時には俺は疲れきっていた。昼間あんなに眠ったにもかかわらずこの後は良く眠れそうだ。
「では、もう遅いので」
と夫人の話が再開しない内にと、席を立った。
そしてすっかり氷も溶けてしまっている飲み物の残りを口に含む。
氷が溶けてすっかり水っぽくなった飲み物は不味く、飲んだ事を後悔させた。