第1話
魔王討伐の依頼をその村のギルドから受けたのは昨日の事だ。
俺は駆け出しの冒険者だった。と言っても剣の修行は故郷の村でみっちりとやっている。
冒険者になるんだと、ろくに修行もせず故郷を飛び出し初仕事で命を落す。と言う様な事が無い様にと「冒険者のしおり」に、ちゃんと修行してから冒険者になりなさいと書いてあるのだ。
以前はその様な者が何人も居て、始はみなも「自業自得だ」「身の程知らずな」と笑っていたが、初仕事で命を落す者の数が多くなり過ぎ、さすがに不憫と思った各国のギルドが、村々に初心者冒険者の為の「冒険者のしおり」を配布したのだ。
冒険者に成りたかった俺は「冒険者のしおり」の教えに従い、村の道場で剣の修業に励んだ。勿論村には俺と同じ様に考える同年代の男も多く居たが俺に敵う者は居なかった。
そして師匠から、代々師匠の家に受け継がれてきた家宝の剣を託されて村を出たのだった。
「サイエス。お前にこの剣を託そう」
師匠はそう言って俺に剣を渡してくれた。
師匠には子供がおらず、自分の代で家が途絶えるならと、才気溢れる将来有望な俺に剣を託したのだ。
まったくありがたい話である。
この剣は、敵の剣をも斬るほどの名剣と言う事で「ソードキル」という、そのまんまの名が付いている。
こうして名剣ソードキルを腰に故郷を出た俺は、途中立ち寄った町や村で簡単な仕事をこなしながらこの村に辿り着いた。
この村は、アベル村といい、村と言ってもなかなか大きく、聞いたところによると昔は近くにこの付近一帯を治める領主の居城があったという。
もっとも、その領主も何代か前に居城を他の場所に移したらしいが、それでも町と言っても差支えが無いほどに村は賑わっていた。
俺は仕事の依頼を探しに早速この村のギルドへと向かった。
さすがに村のギルドとなるとあまり規模は大きくなく、中年のオヤジが暇そうに一人で番をしているだけだった。
とはいえ、贅沢は言えないと、俺は勇んで扉を潜って中に入った。
だがあまり芳しくない状況だった。
「悪いが今はあんたに紹介できそうな依頼はねぇな」
ギルドの斡旋人のオヤジへの「何か依頼はないですか?」という俺の言葉に、依頼受付のカウンター越しに、オヤジは開口一番そう言ったのだ。
「いやいや、何かあるでしょう」
しかし、食い下がる俺にオヤジは、首を横に振るばかり。
とにかく、今ある依頼の内容だけでも教えてくれという俺に、オヤジはどうせ無駄だろうにと、面倒くさそうに依頼の内容を話してくれた。
「娘を町まで無事に送り届けて欲しい。ただし娘に手を出されてはかなわないから、女冒険者に限る。あんた女か? ちがうだろう?」
はい。ちがいます。
「えーと。で、次には……貴族の護衛。対象は男冒険者……」
あ。それ!
「ただし、その貴族には男色の趣味があるので、夜のお供も出きる者。あんたその趣味あるかい?」
すみません。ごめんなさい。
「最後に……昔領主が住んで居た古城に住み着いた、魔王を倒す」
魔王か……さすがにまだ俺にはちょっと難しいな。はぁ……この村での仕事は諦めて、次の村に向かうか……。
魔王と言ってもピンからキリまであるが、ダンジョンや古城、屋敷といったところに住み着いて、ボス的存在の魔物をすべて魔王と呼んでる。まぁそこの魔物達の王と言う事だ。
「な? あんたには無理そうな依頼ばかりだろ? 諦めて帰えんな」
俺を追い払う様に手を振るオヤジの態度にはむかついたが、確かにみな俺には難しいものばかりだ。とは言え、俺も中々諦め切れず、もたもたとその場に立ち尽くしているとオヤジが苛立った様に口を開いた。
「分かったんならとっとと帰れって。女装して女冒険者に成りすますか? 男と寝るか? 剣すら跳ね返す不死身の魔王と戦うか?」
俺はその最後の言葉に引っかかった。
「その魔王って剣を跳ね返す以外にどんな能力があるんですか?」
「剣を跳ね返す以外? それは聞いてないが、どっちにしろそんな魔王を倒しようが無いだろ。これは他の魔法使いを仲間に持つ冒険者に頼む心算なんだよ。魔法ならどうにかなるかも知れねえからな」
「いえいえ。もっと詳しく教えて下さい」
食い下がる俺にオヤジは嫌な顔をしたが、求められれば斡旋人の業務として説明をしないわけにはいかない。オヤジはしぶしぶ俺に説明を始めた。
オヤジの話は、こう言う事だった。
一年ほど前、身の丈3メートルはあろうかという、硬そうなゴツゴツとした皮膚を持つ魔物が村にやってきた。
魔物は古城を指差し、毎日調理した肉を届ける様に村人に命じた。
とはいえ、村人達もあいてがいくら魔物でもいきなりそう言われえて「はい。わかりました」というわけにも行かない。
だが、相手は強そうな魔物だ。抵抗してみてやっぱり強かったです。では、済まされない。下手すれば命は無いだろう。
どうしたものかと戸惑っている村人達に魔物の方から提案してきた。
「どうやら俺様の力を疑っている様だな。いいだろう。俺様を存分に攻撃してみるがいい。どれほど俺様が強いか見せてやろう」
魔物の言葉に「あ。いいんだ」と思った村人達は、万一の為にと持っていた剣やさらに鍬や鍬といった農具を家から持ってきて、存分に魔物を殴った。
だが魔物の硬い皮膚にはかすり傷一つ付かず、さらに魔物は村人達達の剣や農具を取り上げると、両手でいとも簡単にへし折った。
魔物の恐ろしさに震え上がった村人達は、魔物の言うとおり毎日古城へと食事を届け、そして古城に住み着いた魔物を、魔王と呼ぶ様になった、と言う事だった。
「でも、毎日食事さえ届ければ良いんだったら、意外と無害なんじゃないですか?」
「うむ。まぁはじめは村人達もそう思ってたんだが、その後魔王は食事以外にも生野菜や牧草を要求するようになってな」
「牧草?」
野菜はともかく牧草ってなんだ?
まさか魔王が、牧草を食うってわけじゃないだろ?
「うむ。牧草だ。しかも魔王の住む古城に毎日の食事と共に野菜と牧草を届けた村人が、その古城に親の形見だかを落してきてしまい、恐る恐る古城へと取りに戻ると、魔王が牧草と野菜を抱えある部屋へと入って行くのを見たそうなんだ」
「自分が食べるんじゃ無くて蓄えてたんですか?」
「いやいや。その村人が興味を覚えてその部屋の扉に耳を当てて中の様子を伺うと、魔王の声で「もっと大きくなれ」「かなり増えてきた」と言う言葉が聞こえてきたらしい。どうやら自分の仲間を増やしているらしく、そして村人達も、あんなのが増えられてはかなわない、もしかしたら数が増えてから本格的に村を支配しようとしているのでは。と放置できなくなって、魔王討伐の依頼を出して来たんだ」
「なるほど……」
確かに強そうな魔物だが、今の話を聞いている限りでは魔王は農具や剣では刃が立たないと言うだけで、火を噴いたりの魔法が使えるわけじゃない様だ。
そして俺の腰には、剣すら切り落とす「ソードキル」がある。ソードキルなら魔王にも効くかもしれない。
「その依頼僕がやります!」
「あんたが? まさかそのなりで魔法使いって訳じゃないんだろ?」
オヤジはそう言って、改めて俺の服装をまじまじと見回した。
必ずしもと言う訳ではないが、剣を主体に戦う冒険者も魔法を使う冒険者もそれに見合った服装をするものだ。
そして俺は、剣を主体に戦う冒険者の服装としてありふれた、動きやすい服の上から軽鎧、そして腰には剣という格好だ。
ちなみに魔法を使う者は、服の上からローブ、手には杖という格好が主流だ。
「魔法使いじゃないですけど、やってみたいんです」
「いいのか? 受けるって言うなら俺にとめる権限は無いが「冒険者のしおり」にも書いてあるだろ。簡単な依頼を何度かこなしたくらいで調子に乗って難しい依頼を受けるな。って」
う。確かに……。だが今更後には引けない。
「大丈夫です! やります!」
こうして心配げなオヤジに依頼の手続きをしてもらい、古城へと向かったのだ。
古城は村から少し離れた森の奥にあり、門は錆びて朽ち果て、壁も風化しところどころ崩れ落ちていた。
俺は腐りはて、蝶番だけとなった扉を通り中に入ると、さらに奥に進んだ。
そして、いつも魔王が居るという古城の中の謁見の間の前まで行き中を覗き込むと、果たして魔王がそこに居た。
魔王はちょうど食事中らしく、地面に座りながらむしゃむしゃと大量の肉を口にほうり込んでいる。
俺は食事が終るのを待つ事は無いと、謁見の間へと踊り込んだ。
「貴様がこの城を根城に村人を支配するという魔王か! 俺は村人とはまったく関係のない通りすがりの者だが、お前を成敗しにきた!」
もし失敗した時に、村人が危害を加えられない様にこう言え。と依頼の契約書に書いてあったのだ。
「え? 関係ないのになんで? いや、えーと……。愚か者め! この俺様に敵うと思うてか! 貴様など骨までしゃぶって食ろうてやるわ!」
なんか前半おかしかった様な気がするが、魔王はそう言うと立ち上がった。
聞いた話では魔王の体長は3メートルという事だったが、薄暗い部屋の中の所為か、それよりも大きく見える。
顔も恐ろしげで爬虫類の様な黄色い眼をし、人間の首など一噛みで食いちぎれそうな鋭い歯。手足は意外と長く間合いは広そうだ。
だが、確かに体は大きいがその分鈍いだろう。俺のソードキルが効くなら、勝機は十分にあるはずだ
魔王との距離は8メートルほど。俺は慎重に魔王に近づくべく、静かに第一歩を踏み出した。
「え? うわ!」
俺は間一髪で魔王が振り下ろす巨大な手を横に飛びのいて避けた。その爪は鋭く、当たって入れば俺の頭は潰れるというより、切り裂かれていただろう。
鈍いどころか、むちゃくちゃ速ええ! 魔王は8メートルの距離から一瞬で間合いを詰めて来たのだ。
俺は倒れた体制のまま床を転がり、魔王からまた間合いを取った。
この距離なら魔王の爪も届かないだろう。
だが、巨体ならば鈍いに違いないという俺の思惑は外れた。
やはり斡旋人のオヤジが言うとおり、俺にはまだ早かったのか……。
しかし簡単に諦めるわけにはいかない。
俺は改めてソードキルを構えて、身構えた。
すると魔王が俺に向かって掌をかざした。嫌な予感がする……。
魔王の掌に赤い光が鈍く光り、その光りは段々と強くなっていく、そして、やっぱり! と、その掌から火炎が吹き出し俺を襲ってきた。
「どわ!」
俺が慌てて床に身を投げ出すと、俺が今までいた位置を火炎が通り過ぎる。
魔法使えるじゃねえか……。
なんか色んな事の話が違い過ぎやしないか?
「んーと。どうだ。俺様には敵わんと分かったであろう。今日の俺様はたまたま気分が良い。今なら命を助けてやろうではないか」
魔王は勝ち誇ってそういったが、俺も男だ。引き下がる訳には行かない。
俺は改めて剣を構えて魔王と対峙した。
すると、また魔王の突進、俺はまたもや間一髪で避ける。さらにまた掌をかざして魔法。これも避けた。
次々と繰り出される魔王の攻撃を俺は何とか避け続けた。
だが俺は魔王の攻撃を避け続ける内に有る事に気付いた。
魔王の攻撃って直線的で単調だよな?
爪による攻撃は真っ直ぐ突っ込んできて手を振り抜くだけだし、魔法は打つ前から掌をかざすので魔法が発動するタイミングさえ気を付ければ避けるのは訳ない。
これは、もしかしたら勝てる!
魔王と対峙し、魔王から一瞬も目を離さず突進してくるのを待った。魔王のスピードに追いかけるのは無理でも、迎え撃つ事は出きる。
そして……来た!
魔王の姿が消えたかと思うと、次の瞬間には俺の目の前に居た。
俺は、いままでの様に横にではなく、魔王の脇を通り過ぎる様に飛びのくと、ソードキルで魔王の足を払った。
足を狙えば魔王のスピードは殺されるはずだ!
だが振り返って魔王を見た俺は我が目を疑った。
俺の必勝を込めた一撃は確かに魔王を傷つけたが、それは魔王の足を切り落とすどころか、魔王の緑の血を僅かばかり流させただけだった。
終った……。
この程度の傷をいくら与えても、魔王を倒す事など出来やしないだろう。
そしていくら魔王の攻撃が単調で避けやすいからと言っても、一回でも当たれば命がなさそうな攻撃だ。ずっと避け続けるのも無理だ。
俺は絶望し、いっその事魔王の次の攻撃は避けずに、楽にあの世に行こうかと考えていた。だが……。
「び……」
び? なんだ?
「びえ~ん。痛いよ~~! 痛いよ~~! びえ~ん。びえ~ん」
魔王はそう叫ぶと、俺が僅かばかり傷つけた足を抱えて、床を転がりまわった。
俺はその光景を呆然と見下ろした。