第16話
俺とまおうはある屋敷に居た。
そして豪華な晩餐に招待され、料理に舌鼓を打つ。
「おいしいねー」
特別に用意された大きい椅子に座り、無邪気に肉の塊をほおばるまおうに俺も頷いて目の前に出された料理を次々と口に運ぶ。
「魔王と言えば、ごほっ、恐ろしい者かと思うておったが、なかなか素直ではないか」
と、咳き込みながら話すのはこの屋敷の主人のオドレイ氏。かなりの老齢で頭髪も元々の髪色と思われる黒よりも、白いものが多くなっている。しかも咳き込んでいる事からも体調も良くないらしい。寝てなくて良いのか? と言う感じだ。
「魔王と言えども凶暴な者ばかりではりますまい」
オドレイ氏にそう答えたのは執事のベイツ氏だ。歳は若く俺よりも4、5歳ほど上なだけにみえるがオドレイ氏からの信頼はあついらしく、俺達をこの屋敷に入れてくれたのもこのベイツ氏だ。
なぜ俺達がこの屋敷にいて飯まで食べているかというと、話は数時間前にさかのぼる。
魔王が居るという村へ向かい山道を急いでいた俺達を突然の大雨が襲った。
そして、山中で見つけた洞窟に難を逃れ、やれやれと思っていたのもつかの間、雨脚はますます強くなる。
「すごい雨だねー。大丈夫かな?」
不安がるまおうに、
「この洞窟は頑丈そうだし崩れたりはしないだろ」
となだめる。
しかし俺の考えは甘かったらしく、雨はさらに強くなりまさにバケツをひっくり返したかの様。洞窟は確かに崩れなかったが、足元から浸水して来たのだ。
やむを得ず洞窟を後にし、叩きつける様な雨の中俺達は彷徨った。
そして夜になっても大雨をしのげる場所を見つけられず、俺もまおうもへとへとになったころ、大雨の中かすかな明かりを見つけたのだ。
明かりが見えるという事は、建物が、少なくとも雨に濡れない場所があるという事だ。
「よし! あそこへ向かうぞ!」
「うん!」
こうして明かりを頼りに進む俺達の前にこの屋敷が現れ、屋敷の門を叩いたのだが、中から出てきた使用人はまおうの姿をみて悲鳴を上げた。
まぁ仕方がないが何とかして屋敷に入れて貰わなくてはならない。
「いえ、まおうは全然危険じゃないですから!」
「僕は怖くないよ!」
だが使用人はなかなか信用してくれない。
もっとも魔王を連れている奴なんて、以前なら俺だってとても家に入れなかっただろうしな……。諦めるしかないか。
俺が悲嘆にくれていると、そこの現れたのがベイツ氏だった。
「この方達が屋敷を襲う心算ならば、わざわざ我々に断らずとも力ずくで押し入っているでしょう。信用して大丈夫と思います」
ベイツ氏はそう言って俺達を屋敷に入れてくれたのだ。
「ベイツさんって良い人だねー」
「そうだな」
俺達は案内された部屋で喋りながら雨に濡れた身体をふいているとドアがノックされた。
扉を開けると果たして話題になっていたベイツ氏が立っていた。
「実は本日お招きしていたお客様が、この大雨で来れなくなったのです。代わりと言ってはなんですが、よろしければ我々と一緒に晩餐を如何でしょうか?」
疲労の局地で腹も減っていた俺達は飛びつく様に頷き、こうしてこの屋敷の住人達と晩餐を楽しむ事になったのだった。
「冒険者のサイエスです」と俺が名乗るとまおうも
「僕は……」と口を開きかけたので、
「こっちはまおうです」とまおうを紹介した。
まおうは非難めいた目で俺を見たが、ぴろろろ、なんて名前を名乗ってもしょうがないだろう。
晩餐にはこの屋敷の主人のオドレイ氏、その奥さんのクレア夫人、長男のマティアス氏、長女のエレーナ嬢。そしてベイツ氏が同席した。
オドレイ氏とクレア夫人はかなり歳が離れているみたいだ。もしかして30歳くらい離れているんじゃないか?
夫人は黒髪を綺麗に結い上げ、瞳も黒くなかなかの美人だ。
長男のマティアス氏とエレーナ嬢とは、それぞれ20歳前くらいと10歳過ぎくらいだろうか。
2人は両親とは違い金髪碧眼だったが、顔の作りは夫人に似ていてなかなかの美男美女だ。
エレーナ嬢がもう5つ歳が上だったら良かったのに、とちょっと残念に思った。
しかもさらに残念な事に、まおうを怖がったりしないベイツ氏と比べ、夫人と2人の子供はあからさまにまおうを怖がったのだ。
彼らはまおうの一挙一動にびくびくとし、黙々と料理を口に運んでいる。とても談笑しながら楽しい晩餐といえる状況じゃなかった。
はじめて会った人にまおうが怖がられるのは仕方が無いとは思うけど、怖がらないベイツ氏と比較するとやっぱり悪い印象を持ってしまうのは仕方がない。
もっとも俺とまおうにとってはいつもの事だ。最近ではまおうもなれたもので気にせず食事を続けていた。
だがこの状況になんとオドレイ氏が怒声を発した。
「お前達! お客人に失礼とは思わんのか!」
だが尽かさずベイツ氏がなだめる。
「旦那様。奥様達も悪気がある訳では御座いますまい。もちろんお客人に対して失礼と言えば失礼なのですが……」
「うむ。お前達、お客人に謝罪しなさい」
だがオドレイ氏の言葉を夫人は拒絶した。
「どうしてあなたはベイツのいう事ばかりを鵜呑みにするのですか!」
そして夫人の言葉を皮切りに、オドレイ氏と夫人が言い争いを始めたのだ。
まおうは自分の事で家族が争っている事におろおろとうろたえている。
だが争いの発端はまおうでも、問題は夫人に言わせると、オドレイ氏が家族をないがしろにして、ベイツ氏のいう事ばかり信用するのが問題らしい。
しかしオドレイ氏にしてみれば、ベイツ氏はもっともな事を言っているだけで、それに反発する夫人達がおかしいのだ。という事だった。
だが言い争いは平行線を遂には夫人が、
「もう結構です!」と席を立ち子供達にも
「あなた達も来なさい!」と言って夫人は部屋へと歩き始めた。
長男のマティアス氏は憮然とした表情で、長女のエレーナ嬢はこちらをちらちらと見ながら夫人の後に続く。
事態に唖然とする俺達にオドレイ氏がまたごほごほと咳き込みながら口を開く。
「お客人には申し訳ない事をした。まったくあの者達はわしのいう事をちっとも聞きやせん」
「ですが奥様も悪気があった訳では……」
だが尽かさずフォローに入ったベイツ氏をオドレイ氏が制した。
「いや、お前があやつらを庇ってくれるのは嬉しいが、わしが後を託せるのはお前だけじゃ」
「旦那様。もったいないお言葉ありがとう御座います」
後を託す? ちょっと気になった俺は他人の家庭の事情とは思いながらも口を挟んだ。
「後を託すとはどういう事です?」
「うむ。わしは大規模な農園を持っておっての。その運営をこのベイツに任せようと思っておるんじゃ」
「農園を?」
「お客人も察しておろうが、わしはもう長くは無い」
「うん」
おい、まおう……。いくらなんでも素直過ぎるだろ。だがオドレイ氏は怒るどころか、まおうを気に入った様で、愉快そうに笑った。
「あっはっは! 本当に素直なお方じゃ、魔王はみんなこの様なお方なのか?」
「いえ。そう言う訳では……」
俺はどう言って良いのか分からず口ごもったが、オドレイ氏はまた笑った。
「はっはっは まあ良い。そして先の長くないわしは、ベイツに全財産を残す様に遺言書を残す事にしたんじゃよ」
「全財産をですか? それでは奥さんやお子さん達はどうするんです?」
「かまわん。かまわん。あやつらには良い薬じゃ」
オドレイ氏はそう言うとさらに笑う。
いやいや、良い薬どころじゃないと思うんだが……。俺は立ち入った事とは思いつつも聞いてみた。
「しかしベイツさんを信頼しているのは良いとして、ご家族に財産を残さないって何かあったんですか?」
「ふん! あやつめ財産が目当てでわしと一緒になったんじゃ。最近になってやっとそれが分かったわ!」
おいおい、それは穏やかな話じゃないな……。だがこれ以上はさすがに赤の他人がしつこく聞くことじゃないか。
その後晩餐はしらけた雰囲気で進み、みなは黙々と料理を口に運んだ。