第12話
翌朝、なんと家には御丁寧に食べるものまで蓄えられていたので、俺とまおうはありがたく朝食として頂き、食べ終えたころジェイラス氏からの使いがやってきた。
「サイエス様、まおう様、村長のジェイラスが昼前にこちらへお伺いしたいと申しておるのですがよろしいでしょうか?」
なんだ? 俺達を呼びに来たのかと思ったら、わざわざこっちに着て良いかを聞きに来たっていうのか?
本当に随分丁寧な対応だな。
「ええ。もちろんいいですよ。ジェイラス氏にはよろしくお伝え下さい」
俺がそう返答すると、ジェイラス氏からの使いは、
「かしこまりました。では、その様にお伝えします」
と丁寧にお辞儀をし立ち去った。
「僕達歓迎されてるのかなー?」
ジェイラス氏がかなり俺達に対して気を使っているらしいという事をまおうも察したらしい。
「ああ。そうみたいだな。だが……」
まったくの善意でこれだけ歓迎してくれるはずがない。
歓迎振りに見合った要求があるはずだ。
「だが。なんなの?」
「あ。いや、なんでもない。それよりもこの家は気に入ったか?」
あんまりまおうに心配させても仕方がないだろう。俺は話題を変えた。
「うーん。家が綺麗で扉が広いのは良いけど、ネズミが居ないのが残念かなー」
「そっか」
「うん」
確かに俺が出かけるときはまおうは留守番だったから、ネズミでも居ないと独りでは寂しいんだな……。
とはいえ、ジェイラス氏にネズミを要求するわけにもいかないか。
そしてジェイラス氏からの使いが言うとおり、昼前にジェイラス氏がやってきた。
「お疲れのところ申し訳ありません」
「いえ。ようこそジェイラスさん。お待ちしておりました」
俺はジェイラス氏を促して家の中に誘った。
とはいっても、この家自体ジェイラス氏から提供されたものなので、そのジェイラス氏にお入り下さいと言うのもなにやらへんな感じだ。
そしてリビングにたどり着いた俺達は、違和感を感じながらもさらにジェイラス氏へ座るように薦めた。
「失礼します」
ジェイラス氏が座ったのを確認すると俺も椅子に腰を下ろした。
そしてまおうも腰を下ろす。なんとまおうが座れる椅子まで用意されていたのだ。
「それで僕達に頼みたいというのはどんな依頼なんですか?」
「はい。この村の近くにある洞窟に、魔王が棲んでいるのは御存知でしょうか?」
「ええ。知っています」
なにせその魔王とまおうを会わせる為にこの村に来たのだ。
だが、ジェイラス氏のこの言い様だと……。
「実は、その魔王を退治して頂きたいのです」
だよな……。
「その魔王はどんな魔王なのですか?」
「強い……です。隠してもしょうがない事ですので正直に言いますが、今まで何人もの冒険者に退治を依頼しましたが帰ってきた者は居ません」
それで、まおうを連れている俺ならばその魔王を退治できるのでは? と期待しているって訳か。
「実際、その魔王から村はどんな被害を受けているんですか?」
「かなりの数の家畜が襲われました。畜産が主な産業のこの村にとっては死活問題なのです」
なるほど、それじゃ確かにその魔王を退治したいと思うのは当然か。
とはいえ、もしまおうと同じ世界から来た仲間だとしたら、退治してしまう訳にもいかないんだが……。
それにまおうの仲間だったとしたら、大量の肉を食うのは当たり前だしな。
だが、どこにでも良い奴もいれば悪い奴もいる。
まおうと同じ世界から来ていたとしても、まおうの様に良い奴とも限らない。
ジェイラス氏にもっと色々聞くべきか。
「その魔王は人を襲ったりはしないんですか?」
ジェイラス氏は俺の質問に、意外そうな表情を見せた。
「そういえば……、派遣した冒険者はみな帰って来なかったですが、村人が襲われたという被害は無いですね」
「なるほど……」
自分を退治しようとする相手を迎え撃つのは、正当防衛と言える。勿論俺もまおうと会う前だったら、それでも冒険者を殺したひどい魔物だと思ったかも知れないが、俺はまおうと会って魔物と呼ばれる者達にも、ちゃんと心があると分かった。
やはり、一度その魔王には会ってみるしかないか。
しかしそうなると魔王を倒すと言う依頼を受けても良いものかどうか……。
すると俺が考え込んで喋らないのをジェイラス氏は不審に思った様で、探るような視線で問いかけてきた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、それほどの魔王に僕達が勝てるものかどうかと考えていました」
本当は、別の事を考えていたのだが、取りあえず誤魔化す為だ。
「はい。確かに難しいかも知れません。しかしあなたは魔王を従える秘術をお持ちとか。最悪、倒さずともこの村から魔王を連れて行ってもらえれば十分なのです」
そうか、その魔王がまおうの仲間だったとしたら一旦一緒にこの村を離れて貰えば良いっていう事だな。
「分かりましたその依頼受けましょう」
だが、俺の言葉にまおうが「ええ!」驚きの声を上げた。
自分の仲間かも知れない相手を倒すと言う依頼を受けたのにびっくりしたのだろう。
俺はちらりとまおうを一瞥すると、改めてジェイラス氏に視線を戻した。
「多分、その魔王は倒すのではなく、連れて行くことになると思いますよ」
俺の言葉にまおうの顔はほころんだ。と言ってもジェイラス氏は多分分かっていないだろう。
硬い皮膚で覆われたまおうの顔の表情を読み取るのは難しいのだ。
俺だって最近やっと分かるようになったのだから。
しかしどうやらこの分では、今回の依頼には裏はなさそうだな。
あまりにも至れり尽くせりの歓迎振りに警戒したのだが、それは単にそれだけ困難な依頼で、どうしても俺達に受けて欲しかった為の様だ。
だがそうなると勿論……。
「それで肝心な事を聞き忘れておりましたが、報酬の方はどうなっています?」
「勿論、報酬については十分な額を用意させて頂いております。350Gで如何ですか?」
おお、前回のゴブリン討伐の報酬も高額だったが今回はそれを越えるぞ。
もっとも、ゴブリン討伐と魔王退治では元々の相場が違うので、相場との倍率で言えば前回の方が破格だったが、今回の額も相場よりは遥かに高い。
今回もかなり美味しい依頼になりそうだな。
とは言え……。
「それは勿論、ギルドを通すんですよね?」
「はい。それは勿論です。もしかしてギルドを通さない方がよろしいので……」
「いえいえ。とんでもない。むしろギルドを通して貰わないと困るので確認したんです」
疑わしげに言うジェイラス氏に俺は慌てて否定した。
ギルドを通すと当然所得税の20%源泉徴収されるのだが、通さないと脱税を疑われてしまうし、ギルドを通さずに税金を納めるのは自分で税務署に行って申告しないと行けないので面倒だ。
しかも、ギルドを通さなかった事がギルドに知られれば、今後ギルドから仕事を回して貰い難くなる。
「それを聞いて安心しました。この村では幸いに今までその様な事は無かったのですが、ギルドを通さないで仕事を受けた挙句、依頼達成の準備の為と称して前金を要求し、そのまま逃げる冒険者もいると聞きましたので……、いえ勿論サイエス様がその様な事をすると言っている訳では有りません」
ギルドを通さずに依頼を頼んだとなると、依頼者の方もギルドに良い顔をされない。ギルドに依頼斡旋の手数料が入らないからだ。
その為、たとえ前金を持ち逃げされても訴える事が出来ず泣き寝入りする事も多いと聞いている。
ジェイラス氏の心配ももっともだろう。
ここは一つジェイラス氏を安心させてあげよう。
「ええ。分かっています。それにです。僕が前金を持ち逃げしたとして、逃げおおせられると思いますか? まおうが一緒なのに」
俺の言葉にジェイラス氏は苦笑した。
「なるほど。サイエス様はこの世でただ一人魔王を従えるお方。名を変え服装を変えても見誤る事はない」
「そう言う事です。自分でいうのもなんですが、僕はこの世でもっとも詐欺が出来ない男の一人ですから」
「はっはは。確かにそうですな」
「はい」
俺とジェイラス氏は、互いに顔を見合わせて笑い、そして共に立ち上がると握手を交わしたのだった。