第10話
ボロ家へと戻って買って来た料理をまおうと食べた後、眠るまおうの傍に寝そべりながら今回の依頼について考えていた。
ゴブリンが発生したと言う。にも関わらずゴブリンの姿は無い。
ギャストン氏は、ゴブリンはまおうの姿を見て逃げたに違いないというが、実際まおうはゴブリンがいるという森には入っていない。
そして、ゴブリンを見たという兵士には、ギャストン氏から大金が渡されていたと考えられる……。
ゴブリンなんてはじめから居なかったんじゃないか?
それをギャストン氏は知っていた。いや、そもそもギャストン氏がゴブリンが居るとでっち上げた。
バジャルドがギャストン氏から大金を貰ったのは、その片棒を担いだからだ。
そして、実際にゴブリンを倒さずに駆除を成功させたかの様に見せる為、条件のあう冒険者がなかなか現れず、依頼の面接があんなに難しかったんだ。
蒼竜のカーシエスほどの冒険者が、なぜ面接に落ちたのかも分かった。
カーシエスが美形だからだ。
ゴブリンは知能が低い。
カーシエスがどれほどの腕なのかなんて分からないし、その名声に恐れをなすなんて事も無い。
ギャストン氏は見た目の怖さで冒険者を選んでいたんだ。
だからギルドの斡旋人からみればこけおどしにしか見えない、見た目が恐ろしいだけの冒険者が面接に通った。
そして俺には、見た目だけならばこれ以上ないくらい恐ろしい、まおうが居た。
見た目の恐ろしさでゴブリンは姿を見せる事無く逃げ出した。
ギャストン氏はこのシナリオを完成させたかったのだ。
しかしなぜだ?
そもそもどうして、ゴブリンが発生したなどという狂言をうつ必要がある?
はじめからゴブリンなど発生したといわなければすむ話じゃないか。
ゴブリンが発生したという事によって、ギャストン氏にどんな利益がある?
魔物が発生すればチェルク城の評価額は下がる。
自分の資産が減って何の得があるっていうんだ?
誰だって自分の城は価値のある物だと思いたい。
それをチェルク城の城主であるギャストン氏が、どうしてその価値をわざわざ下げる?
いや。ちがう!
ギャストン氏はチェルク城の城主じゃない! チェルク城の城主はその息子だ!
ギャストン氏は城の名義を今年の春に息子に譲っている。
そしてゴブリンが発生したと言うのは、去年の秋ごろ……。
そうか!
すべて分かったぞ……。
見逃しても良いかもしれないが……。
しかし、ある意味俺も片棒を担がされた事になっている。
もしこのことが露見して、俺も加担していたんだろ! という事になれば色々と問題がある。
露見したときにギャストン氏が、自暴自棄になってある事無いことを言って、誰彼かまわず道連れにしようとしないとも限らないからな。
俺は明日、ギャストン氏と対決すべく眠りについた。
夜が明けるとまおうと朝食を食べ、そしてまずギルドへと向かう。
そしてまおうには申し訳ないが、表で待っていてもらい中に入った。
ギルドの建物の扉は、まおうが通るには少し小さかったのだ。
「これはこれはサイエス様、御依頼達成おめでとう御座います。依頼主のギャストン様からお話をお伺いし、税金、サイエス様の経歴の更新などすべて済んでおります」
斡旋人は、俺がギルドの建物に入るなりにこやかにそう話しかけてきた。
ずっと誰もこなせないでいた面倒な依頼を俺が解決した事で、機嫌が良いのだろう。
だが、俺が今から話す事で、その機嫌がどうなる事やら。
「実はその依頼の事で不審な点があるのです」
「不審な点……ですか? 確かに今回の依頼は、面接での冒険者の合格基準が不可解とは私も思いましたが……」
「はい。その合格基準の不可解さにも関わってくる話なんです」
「それはどの様な……」
俺がその不正について話すと、斡旋人は目を見開いて驚いた。
「そんな……まさか! 確かにそれは可能です。いえ、やろうと思えば簡単とも言えます。ですがそれだけに大問題です! 言うなれば「魔物発生分布地図」の改ざんともいえる事なのですから……。魔物発生分布地図が信用できないとなると、すべての旅人は不利益をこうむります!」
なるほど、俺はそこまでは考えてなかったが、確かにそうだ。
魔物が居るところを居ないと改ざんする事は難しいが、魔物が居ないのに居ると改ざんするのは簡単だ。
そしてそうなれば旅人は護衛の冒険者を雇わなくてはならなくなる。
確かに旅人にとっては大問題か。
「とにかく、一緒にチェルク城へ行ってくれませんか? ゴブリン発生の情報はこのギルドに持ち込まれ、そしてその情報を元に魔物発生分布地図が作成されました。貴方も騙された一人。そして片棒を担がされた一人でもあります」
俺のこの言葉に、斡旋人の表情が険しくなる。
「……分かりました。行きましょう」
斡旋人は、上着を羽織ると出口へと足を進ませたが、不意にその足を止めた。
「ギルド本部へ手紙を出しておきましょう。私はこれからチェルク城のギャストン氏の元へ、依頼について不審な点があるから会いに行くと。私に何かあって帰ってこなければ、ギャストン氏は調べられるでしょう」
さすがにこの斡旋人は優秀だ。
俺とまおう、そして斡旋人はチェルク城へと向かった。
道すがら斡旋人に改めて名前を聞くと、アルトゥールと言うらしい。
そして門番へと声をかけしばらくすると執事がやって来た。
「これはこれはサイエス様、今日はどの様な御用件で」
執事は俺にそう声をかけたが、俺はここはギルドの斡旋人に話を譲った方が良いと判断し、アルトゥールに向かって「どうぞ」という風に手で促した。
「実は、今回の御依頼について、ギャストン様にお聞きしたい事があり参りました」
執事は渋い顔をしたが、ギルドの斡旋人にそう言われては断ることも出来ず、俺達を中に通した。
もし俺とまおうだけで来ていたら「もう依頼はすんだのだから、貴方とは関係ない」とでも言われて追い返されていたかもしれない。
まおうの力で、力ずくで門を通っては、こちらが犯罪者になってしまうし。
やっぱり、アルトゥールについてきて貰って正解だった。
「それで、依頼に何か問題がありましたかな?」
ギャストン氏は、俺達を部屋に招き入れ、執事から依頼について話があってきたと耳打ちされるとそう切り出した。
「今回の御依頼は、ゴブリン達はサイエス様がお連れになっている魔王の姿を見て逃げ出した……。なので依頼は達成。こういう事でございましたね?」
ギャストン氏の問いかけに対して、アルトゥールが答えた。
ここはまだ、アルトゥールに任せた方が良いだろう。
「ああ、何か問題があるかね? ゴブリンが発生していたはずの森をくまなく探して見るがいい。ゴブリンなどどこにも居ないではないか。逃げたと考えるのが自然であろう?」
ギャストン氏は余裕の表情で切り替えしたが、その言葉にアルトゥールは俺をちらりと見た。
俺の出番だな。
俺は、肩をすくめて少しおどけた口調で言った。
「すみません。ギャストンさん。実は、その森にまおうは連れて行っていなかったんです。ですので、ゴブリンがまおうの姿を見て逃げ出すなんてありえません」
「なんだと! 魔王を連れて行くと言ったではないか!」
ギャストン氏は、色をなして怒鳴った。
それはそうだろう。せっかく面接を繰り返し、やっとこの上なく条件にぴったりと思って探し当てた冒険者が、自分の計画通りに動いていなかったのだから。
俺は、怒鳴るギャストン氏に向かって悪びれる事無く口を開いた。
「その件については謝ります。ですが、ゴブリンがまおうに恐れをなして逃げたのでなければ、どうして居ないのでしょうか?」
「っそ、そんな事わしの知ったことか! 実際居ないのだから、ゴブリンは駆除されたで良いであろうが!」
ギャストン氏は怒鳴り続けているが、俺達にはどこ吹く風だ。
俺は冒険者の端くれだし、アルトゥールも荒くれ者の冒険者の相手をしてきたのだ。この程度の恫喝でびびる様な事も無い。
むしろ、一番ごついまおうが、ギャストン氏の怒鳴り声に体をビクッ! っとさせていた。
「ゴブリンは居なくなった……。のではなく、はじめから居なかったのでは無いですか?」
「何を言うか! そんな事をしてわしに何の得がある! 馬鹿も休み休みに言え!」
「はい。普通で考えれば、自分の持ち物である城の評価額が下がる様な事はしないでしょう。ですが、この城。今は誰の物なのです?」
俺は少し首をかしげ、「ん?」という風にギャストン氏に問いかけた。
「ああ、今はこの城は息子の物だが! それがどうしたと言うのだ!」
人間、痛いところを突かれると大声を上げて怒鳴ると言うが本当だな。
俺は本題に入った。
「ギャストンさん、あなた……贈与税を脱税しましたね?」
俺の指摘にギャストン氏の顔色が変わった。
贈与税。
それは、人に財産をあげると掛かるという不思議な税金の事だ。
その税率は、財産の持ち主と贈与相手との関係、物件なら何年保有していたかなど、複雑な要素が絡み合い、一言で説明するのは難しい。
だが、その物件の評価額が低くなれば、税額が低くなる事に間違いは無い。
「去年の秋にゴブリンが発生したと申請し、今年の魔物発生分布地図で魔物発生地域に認定され評価額が下がると御子息に城を譲り贈与税を低く申告した。そして、今また国が城を買い上げるとなると、ゴブリンが居なくなったと魔物発生地域外として評価額を上げ、立ち退き料を吊り上げる。あなたはそう目論んだんだ!」
俺はそう言って、ギャストン氏に指を突きつけた。
決まった!
俺の言葉にギャストン氏はその場に崩れ落ちた。
そして床を手で殴りながらまた怒鳴った。
「なぜだ! なぜ息子に城を譲るのに、税金を払わなければならん!」
いや、確かに俺もそれには同感だが、決まりだし……。
なんか、悪いことをした気がしてきたな……。
だが俺がそう思っているとアルトゥールが口を開いた。
「ですが、あなたのした事は他の人に多大な迷惑を掛けたのです。魔物が発生すると思って、遠回りに旅した人も大勢いたでしょうし、護衛の冒険者を雇わなくてはならなかった人も大勢いたでしょう」
そう。それだ! やっぱり悪い事なのだ。
俺は、満足げに頷いた。
そしてまおうは、難しい話に飽きてきたのか、小さくあくびをした。
そして、床に崩れ落ちていたギャストン氏はさらに崩れ、その場に倒れ込み嗚咽をかみ締めながら絨毯を爪で掻き毟っていた。
自業自得とは言え、まぁ脱税は重罪だからな。牢獄に入る事になるのか……。
俺がそう気の毒そうに思っていると、アルトゥールがギャストン氏の傍に跪いて声をかけた。
「……ギャストン様。ゴブリン発生の報告は何かの間違いだった。そう申請しましょう……。そうすれば評価額の再計算がなされて贈与税の差額が追徴課税されますが、脱税には当たりません」
「本当か!」
ギャストン氏はガバっと起き上がると、アルトゥールにそう言った。
「はい。ただし、村にも迷惑を掛けたのですから、村にも損害に見合った金額の寄付をして下さい。村に旅人が来なかった主な原因はデスティニ王国の件もありますが、今回の魔物発生の事も少なからず関係有るでしょう。今回はそれで収めましょう」
アルトゥールの言葉に、俺は、うんうん。と頷いた。
最後の良いところを持っていかれた感じではあるが、実際アルトゥールの言う解決方法が一番だろう。
ギャストン氏も起き上がり、アルトゥールの手を取り「ありがとう……」と頭を下げている。
こうして事件を解決した俺達は、ギャストン氏の部屋を後にすべく扉へと向かうと、執事が扉をあけ俺達に深々と頭を下げた。
扉をくぐりさらに進んで、城の門も出た俺達は、振り返り改めてチェルク城を見上げた。
「やれやれ。金持ちにも金持ちなりの苦労があるもんですね」
俺がそう言いながら首をすくめると、アルトゥールは苦笑した。
「味わいたくない苦労なのか、味わってみたい苦労なのか、判断に困りますけどね」
「ええ。まったく同感です」
そして、チェルク城を背にして俺達は村へと向かう。
「そう言えば、俺のゴブリン討伐の成功報酬はどうなるんですか? 実際ゴブリン討伐の依頼は、達成不可能という事になりますけど。成功報酬は返さないといけないんですか?」
村へと帰る道すがら、俺が投げかけた疑問にアルトゥールは笑って首を振った。
「依頼を受けて契約する時に、ほとんどの冒険者様はその契約書の裏面まで読みませんが、裏面にこう但し書きが付いているのです。『依頼に対してその達成が不可能な場合、その不可能である事由について依頼人に責が有る事象については、その依頼が達成されなくとも、冒険者は成功報酬を受け取る権利がある』と」
つまり、依頼が達成できないのは、そもそも依頼が無茶だったんだから、金は黙って受け取っておけ。という事か。
まぁこれで何もかも丸く収まったかな。
アルトゥールとは村に入ったところで別れて、俺とまおうはボロ家へと向かった。
そして荷造りをしてボロ家を出る。
家を出る時、忘れずにネズミは放しておいた。
「さぁ、次に行く村には魔王が居るらしいからな。もしかしたらお前の仲間かも知れないぞ」
「本当!」
「ああ。本当だ。そしたらもう一人じゃないからな!」
俺はまおうを元気付けるつもりで大きな声で言ったが、まおうは不思議そうに首を傾げた。
「僕は今でも一人じゃないよ?」
「……そうだな」
俺は力いっぱいまおうの背を叩いた。俺の手の方が痛かったが、まおうにはこれくらい力いっぱい叩かないといけない。
そして俺とまおうは、次の村を目指してベイテ村を後にしたのだった。
次回からは他の村の魔王に会いに行く話になります。