羊の国からあなたの知らない世界
「・・・で、この場合の薄幸少女を、この超絶美形の薄幸少年OR青年に置き換えるんです」
「・・・え、ええ・・・」
各々方、頭の中でれっつシミュレーション!
己の想像以上にすばらしいものはないんだよ?
だってお好みのままに、好きな相手を思えるんだ。
想像上の相手の誰に自分を重ねるかで好みが分かれるけどねー。
俺様鬼畜受けが好きか、強気子犬系受けが好きかでも雲泥の違いだし、体育会系元気も攻めか受けかに分かれるし、美形鬼畜でも攻めか受けかで細かく枝葉が分かれる。
マニアックな方なら伝家の宝刀、銀縁めがねが登場するだろうし、リーマンが好きならネクタイの登場だろう。アイテムひとつ取ったって、千差万別。
皆様のお好み男子をツリー状に細分化していったら面白いことになりそうだわー・・・。おとと、話があっちに行っちゃうわ。
さて、娘羊さんの脳内シミュレーション終了を見越して、私はおもむろに言葉を紡いだ。
「・・・男女の純愛物より背徳感が増しませんか? 幾多の困難を乗り越えても乗り越えても、立ちふさがる最大の障壁! 身分の差、種族の差、そして・・・性別の壁。でも好きだった相手がただ同性だったと言うだけで、彼らは何も悪いことはしていないの! 立ちふさがる常識と言う壁、報われない彼らの思いは昇華されるべき!」
周りに集まった娘羊さん(ごく一部)がこくこくこくと頷いた。・・・ふ。たやすい。
ニヤリ。と笑いたいのを押さえつけるのに苦労しました。
拝啓。
異世界におられますお父様、お母様。
芽衣は、この世界で、同 志 を 見 つ け ま し た ! (レベルアップ時に流れるファンファーレを脳内にご用意ください)
ぼーいずらぶジャンルの確立も、あながち夢じゃないかと思われます。
敬具!
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「・・・なんでしょうね。最近侍女の目線がおかしいんです・・・」
・・・ある日、そう呟いたのは羊族が誇る俊英の長さま。
『見目麗しく、能力抜群、さすが羊族を率いる長さまよ、と各国の長にも一目置かれる存在の彼。
白銀の髪を揺らし、目線を伏せるその姿は、美の女神像のようだ・・・』
「・・・あ、でも実は隠れまっちょなんですよね、ご主人様は。脱いだらすごいんですから、ここは『美の女神』と言うよりも・・・ううーん『闘神のような』、かなぁ」
と、長い睫をばしばしさせて誰ともなく虚空に言い切った娘を、白銀のノルディは抱き寄せた。
「・・・芽衣? 誰と会話しているのです? 私の側に控えるときは、私の言葉だけに耳を傾けなさい」
「え、本文を練って・・・うはあ! いえその、も、勿論です。ごしゅじんさま! ご主人様の事しか考えていませんよ! だってノルディ様はお顔はそりゃ女神様みたいですけど、ひょろひょろしてないですし、実は鍛えていらっしゃるから、胸板とか実はすごいんですー!」
「・・・芽衣・・・」
ほんのり赤くなったノルディが、そっと抱き寄せるも、娘はわたわたしながら己が墓穴を掘ったことに気付かないでいる。
傍目から見れば、恋人たちの抱擁だが。
実にいい雰囲気なのだが。
当の娘はと言えば、あたまのなかで妄想がぐるぐるしていた。
そりゃもう、ぴーがぴーしてぴぴぴぴぴなんだ。
(ばれたら困る!困りますって! じ、じつはこっそりとノルディ様モデルの鬼畜美形攻め・ラグエルさんモデルの強気俺様受けで小冊子作ってましたーなんてバレたら・・・)
「ひょぇ・・・」
・・・娘の顔が一気に青く、なった。
「・・・芽衣?」
「え、ええと。はい! 誠心誠意、ご奉仕させていただきます! 何なりとお申し付けくださいませ、ご主人様!」
「・・・ご奉仕・・・意味・・・分かって・・・いま、せんね」
やや、言葉につまり、目の端を仄かに染めて、流し見るそのお姿。
麗しいです! 麗しいです、ノルディ様! どんな淑女も敵いませんよ!
ああああ、もー、惜しいな! なんで今ここにいるのがわたしなんだ? なんで色男が一人もいないんだ!?
肉弾戦を極彩色で飾れる強面のまっちょな兄さんか、ノルディ様を押し倒せる優美な美形がいれば・・・! ノルディ様と攻めの奪い合い・・・もといマウントポジションの取り合いが見れたのに!
はだける胸板! 飛び散る汗! 引き倒されまいと歯を食いしばって・・・やがて訪れる快感に抗うその姿・・・ああ、もだえる!
やっぱり、男子たるもの肉弾戦よね♪
でもまっちょ受けって、好みが分かれるからなー・・・嗜好を掘り起こそうと試しに今書いてるけど、やっぱりここは見目麗しい少年が必要かなー? ううん、悩むなー。
レースとフリルをふんだんに使った白いドレスシャツを着た美少年なのかな、やっぱし。
でもさー何でか、ご主人様の側近って、既婚者さんか爺さましかいないんだよねー。食べごろ男子はいないのか?
周りを見渡すも、ぎゅっとうさぎ抱っこされたわたしを暖かい目で見つめる爺さまと(孫か?わたしは孫か?)、微笑ましいのかどうなのか、珍獣見る目でわたしを見つめるおっさんしかいません。
必然的に貴重極まりない、天然記念物クラスのノルディ様の麗しの微笑を見れたのは、わたしとこの部屋にいる極少数の側近さんだけ。
ああ、もったいない。
わたしなんかにそんな貴重な表情見せてる場合じゃないですよー?
その笑顔を振りまいたら、落ちない男はいないと思うんだけどな。
「ええと、ノルディ様の為にがんばります! お疲れでしたら、子羊昇天間違いなしの魅惑のボディマッサージを、ご主人様に行使いたしますよ?」
子羊命名のゴールドフィンガーをわきわきさせて、頭上の女神を見上げれば、長い睫を伏せさせて苦笑するノルディ様と目が合った。
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・・・落人であるわたくし、岸 芽衣の、命の恩人で衣食住の神である白銀のノルディ様。
ただ麗しいだけじゃなく、視野が広く、明晰で、ひとりの取りこぼしもないように治められた羊国はとても平和だ。
信頼されてる羊族の長さまで、預かっている領土の御領主様で、山間部に生息する羊や山羊族の統治者で。
たおやかな外見からは、およそ考えられない位の仕事量をこなすその姿は、尊敬に値する。
お役に立ちたいの。
今もそう。
娯楽を履き違えているかもしれないけれど、活版印刷技術の推進は間違ってないと思うのね。
小冊子を作って情報を発信するってことは良いことだと思うの。ぼーいずらぶに限らず、童話や伝承を残すにはいい手だと思うのね。・・・何事も、挑戦あるべし。
そうよ。かの芥川龍之介先生も嘗てこうおっしゃった。
『人間を人間たらしめるものは、常に生活の過剰である』と。
『僕らは人間たる尊厳の為に、生活の過剰を作らなければならぬ』と。
『過剰を、大いなる花束に仕上げねばならぬ』と。
・・・いや、過剰すぎるか、ぼーいずらぶは・・・。ううむ。
などと考えていたら、頭の上でくすっと笑ったご主人様が囁いた。
「・・・では、いつもの時間に飲み物を運んでくれますか? その時にその魅惑のマッサージをお願いしますね」
「はい。でもノルディ様・・・ずるは無しですからね!?」
あはは、と笑うご主人様を見上げて今度こそ勝利するんだ、と心に誓ったわたしだった。
飲み物運ぶのはいつもの仕事です。
毎晩、寝る前にノルディ様に飲み物デリバリするんだけど・・・。
それは簡単そうでいて、実はものすごい難しいミッションだったりする。・・・個人的には。
「・・・う、うう。ずるしないって約束したのにぃ・・・」
ノックして、応えがあったので、ドアを開けました。
手に持ったトレイを落とさなかったわたしを褒めて! ねえ、褒めて!
「・・・ずる? マッサージしてもらいたいからこの姿なのだが・・・」
「は・・・反則です・・・」
鼻血出るかと思いましたよ。
巨大なベッドに横たわる、白銀の牡羊様の絢爛豪華なお誘いのポーズ!
目ン玉つぶされるかと思いました!
寝そべってわたしゃ人畜無害な、愛玩動物なんですと言わんばかりの流し目に!
ついふらふらと近寄って。
おっきなベッドによじ登って、夢見心地で擦り寄ってしまいそうな自分を、誰か止めてクダサイ。
「芽衣・・・マッサージしてくれるんでしょう?」
「・・・は」
くりんと小首を傾げた、美貌の牡羊サマの、輝かんばかりの「かまって」ビームが! うああ!
負けました。
負けましたよ!
トレイをサイドテーブルに置いて。
どきがむねむねの状態で、そ~っと手を伸ばす・・・。
もふっって!
もふって、ふわって!!
うはあああ!
もふもふの毛皮に手を入れて、暖かな温もりに頬を緩ませた。(なでなでなでなでなで)
言葉は要らないの。自分の鼻息は荒いけど何も言わないし言わせないわ。(なでなでなでなで)
ああ、暖かなこの温もりにひとたび触れたら、脳神経が焼け落ちてしまうの・・・!(なでなでなでなでなでなでなでなで)
目を細めて、気持ちよさそうに顎なんかあげられて、「めい」なんて名を呼ばれちゃったら・・・!!!(なでなでもふもふなでなでもふもふなでなでもふもふ)
至福。
恍惚。
至高。
「あ、はぁぁぁあん・・・さいこー・・・」
言葉の意味を正しく噛み締めて、昇天しちゃったわ・・・。
言わないで、分かってるから。
そのとき自分がどれほどしまりのない顔をしているのか、恥ずかしくって誰にも見せられない!
至福の顔で、ご主人様を撫で繰り回しているなんて、ほかの羊さんに言える筈ないんだからぁ!
・・・で、気がつくと逞しい胸板に抱きこまれて、はたと我にかえるのを、毎日毎晩繰り返しましたのよね。いい加減学習しようよ、芽衣。このハニートラップ侮れないのよ・・・!
「あ、ああああ! ず、ずるい・・・!」
もふもふの羊さんがいつの間にか、人型なんです。
もふもふがあ! と涙目で見上げると。
「ずるいのは、どちらですか・・・」
ため息つくように呟いたご主人様が、苦しそうな顔でわたしを見つめた。顔が近いですー。
「まったく自分の変化した姿に妬く日が来るなんて、思ってもいませんでした」
いい加減、わたしの腕に慣れなさい。それとも毛皮がなくとも安眠できるようにしてあげましょうか?
ずいっとご尊顔が近づいて、吐息が唇にかかった。
無言でぎゅううと抱きこまれて、頭も身体も足も絡め取られた。
胸とか、腰とか、隙間のないほど重なって、どきどきしたのは内緒です。
ご主人様の心臓の音を耳にして、安心して力が抜けたのはもっと内緒なんです。
「・・・動けないです。ご主人様」
「今日はここで休みなさい。ひつじになってあげますから・・・芽衣・・・」
そして羊に包まって眠るんだ。
泣きたいほどの安心感に包まって眠れるのは、なんて幸せなことだろう。
********
・・・ご主人様の侍女さんは沢山いる。それこそ知らない羊さんも沢山いる。
でもお部屋に夕刻、飲み物を持っていくのはわたしだけだ。
以前一回か二回顔を合わせただけの娘さんに、面と向かってその役目を譲って欲しいと言われたこともある。
でもメリーさんが、言い返してたっけ。
「貴女が持って行っても、長さまは決して喜ばないわ」
編み物仲間の娘さんも、みんな口をそろえて庇ってくれた。
「長さまは、今までこんなこと、めぇちゃん以外に頼んだこと無かったのよ?」
・・・ねえ、どうしてかなあ。一晩牡羊姿とは言え、ご主人様に拘束されたまま眠りにつくのは胸が苦しいんだ。
・・・何でか最近、胸がしきりにじくじくと痛むんだよ。変なの。
「・・・それは、めえちゃんが長さまに言わなきゃダメよ」
とメリーさんや娘羊さんは笑う。
ご主人様は治療法を知っているのかな。
「めえちゃんだって、分かってるのよぅ」
めりーさん、めりーさん。
みんなもにこにこ笑いながらわたしを見るけどさあ。
ご主人様にぎゅってされると苦しいんだよう。
「早く分かるといいね」
めりーさん、めりーさん。
自分で気付かないとやっぱ、ダメなのかなあ?
「お休み、芽衣。良い夢を」
「はい。お休みなさい、ご主人様」
いつか分かるなら、今わからなくても仕方が無いかなあ。
そう思いながら、大きな羊に擦り寄って娘は眠りについた。
その娘の寝顔を見つめる牡羊の姿があった。
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今日一番の書類を手にとって、白銀のノルディはまじまじと見つめた。
『企画書・めえちゃん発、小冊子の発行願い』
概要を読み進むにつれ、ノルディさんの眉間にしわがよってきた。
芽衣が進めるものならば、許可はしたい。許可はしたいが・・・。
「なんですか、これ・・・」
初回の発行部数を考慮して、まわし読みを検討しているようだ。主要施設にて閲覧できるように、とある。
が。
『男子禁制(特に長さま)』
これってどういうことなのだろうと、頭を捻るノルディ様の姿があった。
長さまが攻か受けかはご想像にお任せ(♥)
でもばれたら。
ばれたら・・・!(がくがくぶるぶる)