羊の国から
少しでも微笑んでいただけたら、幸いです。
「・・・・・・ちんくしゃだな」
「・・・・・・」
拝啓
はるか異世界に居られます、お父様、お母様。
のっけからあれなんですけど、目の前のおっさん、敵認識してもいいですよね?
「羊族のノルディともあろう者が、小娘一人に惑わされていると聞いたぞ、本当か?・・・で、これがうわさの落人か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小猿か」
だから、そのタメはなんなんだ!
むきーといきり立って真っ赤になってる私を、ノルディ様が抱き寄せて、よしよしといなしてくれた。
目の前のむさいおっさんは、山羊族の上位種、ラグエルさんだそうです。これでもノルディ様と同じ年だって言うんだから、生命の神秘だ。熊と女神が山羊と羊ってあんた。
大体ちんくしゃ発言だってね、たいていの女の子は仕方がないと思うよ!
だってサイズが違いすぎる!
あんたの隣に立って、つりあうサイズの女の人なんて・・・なんて・・・・・・いるのか?
ノルディ様くらいの上背ないといけないだろうし、ノルディ様と幼馴染ってことはこの美貌を見慣れているってことだし。
きっとものすごい面食いに違いないね!
ノルディ様と張れるくらいの美貌の主を探しても、そんな美貌の主、早々見つかんないだろうし・・・。
あれ、まってよ、それ以前に。
まじまじと見上げてしまった、らぐえるさん=熊。
「・・・らぐえるさんの初恋って、もしかしなくても、ノルディ様・・・?」
うわー、ありそうで笑えねえ・・・。
ぽつりと心の中で呟いたはずの言葉。
「・・・この、ちんくしゃめ」
は!
いやん、声に出しちゃった!
口をふさぎ、上目遣いで恐る恐る見上げれば。
あ。
目が合いました。
あ。
すごい目で睨まれました。
あ。
あああ、でも、そっかー・・・。
腐女子に目覚めて早五年。審美眼は培われていますとも!
まさか、ここにきてこんな展開が拝めようとはお釈迦様でも思うまい。今までノルディ様につりあう麗しの殿方がいなかったし、それ以前にここの生活に慣れるので必死だったおかげで忘れてましたよ、憩いを!
そうと決まれば!
芽衣、燃えます!
「ほ・・・ほほほほほ。わたくし、お茶の準備をいたしてまいりますね! あ、それともお酒のほうがよろしいでしょうか?」
どっちだ!?
どっちが攻めなんだ!?
絵的には、熊が攻めで女神が受けなんだけど、ご主人さまあれで隠れマッチョだから。
・・・しかも、美形鬼畜攻めって、子宮が疼くのよね。
熊だって、よくよくよーく見れば、結構美形さんときた。
むさいその髭剃りなさいよ! おっさんと見られるのを良しとしているの? ああ、年若い長にありがちな、威厳を保つための手段か何かか? だが、勘違いはいけないよ! むさいおっさんと、さわやかマッチョじゃ、月とすっぽんなんだよ! 腐女子的にはね!
しかも熊のくせに鍛えているのか、無駄な贅肉の欠片もないじゃないか。
冒涜だ!
美貌に対する冒涜だ! 即刻髭をそりおとせ!
俺様熊受け・・・? 今そんな需要あるかなぁ?
「ーーーいな! 無いなら作るまで!」
硬くこぶしを握りしめ、雄雄しく叫んだ。・・・ら。
「芽衣?」
「ちんくしゃ?」
「・・・聞き捨てならないな、ラグ。私の芽衣をちんくしゃ扱いか?」
「・・・小猿なら良いのか?」
はるか頭上で熊と女神が、言い合いを始めた。
まあ、それはこっちに置いといて。
ああ、ペン!
切実に今、ペンが欲しい!
押入れのダンボール(小)に入れたままの必須アイテム、ペンにインクにスクリーントーン。
それが無理なら、せめてパソコン!
目くるめく禁断の熊マッチョ受けの世界を披露するのに!
俺様熊を組み敷いて、妖しく笑うノルディ様。・・・あ、いかん。鼻血が。
なんか、ここに来て、ノルディ様はやはり攻めだと認識を確かにしました。萌える。
遥かなる異世界に居られるお父様、お母様。
願い通じて宅配便が行き来するようになったなら。
押入れの「趣味の箱(なか見ちゃダメ!)」をそっくり送って欲しい、芽衣でした。
敬具!
***********
「芽衣? 芽衣、どうしたんですか」
「・・・・・・なんか、微妙にずれた娘だな」
頭上で熊と女神が呟いてるけど、気にしてなんかいられない!
うふふ、熊を可愛く酔い潰してー、男を意識させるあの髭を無かったものにしてー、さらにノルディ様には俄然やる気になってもらわなくっちゃああ!
あ、いけない。
犯る気だったわ!
「・・・なんでしょう、悪寒が」
「・・・お前もか。奇遇だな」
熊と女神が身を震わせている。
さむい? 寒いなら暖炉に火を入れますが、それより人肌がよろしいかと思われます。この時ばかりはもふもふなんて無粋な事言いませんし、言わせませんよ?
「ぜひ、肉弾戦でオネガイします!」
あらやだ、心の声駄々漏れ。
「・・・さらに寒気が」
「・・・そうか、俺はめまいが」
「お好みのお酒を準備いたします、お客様。何なりとお申し付けくださいませ! そんでもってめくるめく欲望の彼方へ!」
にっこり。
営業スマイルよ、芽衣。私は今、ぼったくりバーのママ!
「・・・・・・う、うむ」
「・・・そのためはなんですか、ラグ」
目を白黒させる熊を尻目に、なぜだかご主人様がずずいと私の前に、割り込んできた。あれれ、熊が見えないよー?
「ラグエルは、所用が済んだらすぐに帰還します。もてなしはいいのですよ、芽衣」
しんと冷えた氷のような声で、ご主人様が言い捨てた。
・・・あっ!
「で、では、ワタクシは次の間に控えておりますので、御用がございましたらお呼び下さいませ!」
慌ててそう言って、きびすをかえした。
いけない、いけない。
大事な熊に女の影なんか見せたくないその気持ち、わかります、ノルディ様・・・!
そっとしておきましょうね、芽衣。
長い冬で会えなかった空白を埋めるべく、見詰め合って、手を取り合って、そっと身を近づけあいたいに違いないんだから!
うん、胸がずきん。とするのは気のせいなのです。
会えない時間がふたりを燃え上がらせて、抱きしめあって、確かめ合って、めくるめく、ピーでピピーで、ピピピピピなことになるためには、私のような小娘は必要ないですもの。
次の間に控えて、あんな声やこんな声が聞こえてきても、聞かざるを貫くのよ!
別に、ね、かすかに聞こえたご主人様の「・・・は、私・・・ものだ」にきゅんきゅんしたり、熊さんの「貴様は羊ぞ・・・の、ノルディだ・・・う!」に萌えてなんかいませんよ? いませんからね?
・・・でも。ど、どんな構図なんでしょう・・・?
やっぱり、迫るノルディ様に圧し掛かられて、恥じらいに顔を背ける熊でしょうか?・・・いいわぁ。
それとも、はかなく目を伏せるノルディ様に、圧し掛かろうとする熊でしょうか?・・・ううん?
ワタクシめとしましては、やはりノルディ様は鬼畜攻めで行って欲しいところですが、いかんせん押しが弱い様なので、うまく熊に交わされてしまってるように聞こえます。
ここは、押さなきゃだめですよ、ご主人様!
ぐりぐりと、押しに押さねば、そ知らぬ顔で交わされます!
熊との種族どころか、性別までも超えちゃった愛ですもの!
ご主人様が押さずして、どうします!
「・・・何度も・・・・言う・・・・は、わたしのものだ!」
おお!
「ノル・・・っ!」
いよし!
後はあのむさくるしい髭をそり落として、同衾できるように大き目のベッドに放り込んで!
・・・でも、ご主人様、あの熊の変わりに、毎晩、私を抱き枕にしていたというのなら。
・・・かーなーり、ショックです、私、小熊ですかー?
「めえちゃん? めえちゃーん? 何してるの?」
ピンクのメリーさんがいきなり目の前アップで現れて「きゃあ!」と叫んだら、「芽衣!」と叫んで飛び込んできたご主人様に、がばっとだきしめられてしまいました・・・。そんな情熱的な事は、熊さんにこそするべきなのに!
「いけません、ご主人様! 誤解されてしまいますよ!」
「誤解?」
「え、えっと、こ、恋人に勘違いされては!」
「・・・・・・芽衣は、私が嫌いか?」
どこかむっとされた顔でノルディ様が仰るのに慌てました。
「きら、きらいなんて! 滅相もございません!」
大好きです!
全身全霊でラブと叫びますとも!
ふわふわの、もふもふの、雄大なお姿。理想の偉大な獣の王さま。抱きしめて毎日でも、もふりたいのに!
「・・・芽衣・・・わたしも、芽衣が大好きです」
毎日抱きしめて、嘗め回して、毎晩挑みたいくらいに。
「・・・へ・・・? あ、はぁ・・・」
挑むって、何に・・・?
「・・・悲鳴を上げたから、心配して飛び込んできたんだが・・・なんだ、そのグラスは・・・ナニヲシテイタ、キサマ」
熊さんが心底、疲れたように呟いた。
「え、ええと・・・え、えへ?」
あのですね、これを壁に押し付けて、耳を澄ますと良く音が聞こえるんですよー?
あ、でもー、こっちの部屋で声が筒抜けなら、あっちの部屋でも筒抜けだよねえ・・・。
***********
ああ、何処で燃やせばいいの、私のこの溢れんばかりの創作意欲(腐女子熱)。
「・・・こいびと・・・デスカ・・・」
らぐえるさんには、将来を誓い合った恋人がいて、その恋人のために羊族推奨のノルディック柄の毛織物を、注文しに来たんだってさあ・・・ちえぇっっ。
ちなみに冬寒いこのあたりじゃ、織物の質のよさと、図案が高い評価を得ている。
絨毯なんて目ン玉飛び出るんじゃないかって額ですよ。
去年の出来栄えの良さに注文が殺到してて、娘羊さんに混ざって私もがんばって織りました!
「・・・たしかに見事な出来栄えだ。これを図案化したのが、このちんくしゃだと思うと・・・首を捻りたくなるがな・・・」
才媛と名高いメリー殿の手ではないのか?
「ふざけるな。私の芽衣をちんくしゃ、ちんくしゃと! 貴様に融通したくはないが、しかし、目出度い席だ。花嫁に免じて譲ってやる!」
この冬最高の一枚だぞ!
芽衣が図案化したノルディック柄は人気で、織っても織っても生産が追いつかないんだぞ!
「・・・ふん。小猿の名を呼べば、その一枚を融通してはくれるまい? 名を呼び、その織り手を褒めたなら、」
白銀のノルディが、どうでるかなど、白日の下に明らかだ。
いったい何年の付き合いだと思うのだ?
「キサマの独占欲など、当の昔にお見通しだ!」
憧れの乳母殿に微笑まれただけで、家から放り出された身の上としてはな! 寒かったな、あの時は。
「くっ!」
「・・・ま、如何に想像以上に可愛らしくとも、話の通り麗しの娘であろうとも、貴様の前であからさまにその小猿を褒めることなどできんな。・・・ああ、勿論、俺の花嫁殿がこの世で一番だがな」
はっはっはーと朗らかに笑う熊さん。
「このひげ!」
「ふん、なんとでも言え! 思いが通じて俺は今最高に幸せなんだ!・・・貴様と違ってなっ!」
「この、熊!」
「ふ、白銀のノルディともあろうものが、落人一人に振り回されて・・・! いい物を見た! これ以上はないほど、いいものが見れた!」
あっはっはー! と朗らかに笑う男の声が、聞こえる。
見送りに立ったノルディ様と熊さんが、何事かを言い争っているようだ。
仲、良いなあ・・・。
でもさー、やっぱり、現実問題、三次元でのボーイズラブって難しいんだねぇ・・・。
「良いカップルだと思ったのに・・・」
私は、はああああ、と大きなため息をついた。
いいえ。落ち込むにはまだ早いわ、芽衣。
「この世界の娯楽充実のためにも、是非活版印刷技術の推進を・・・!」
まずは、小さな木に反転文字を彫ることよね。
組み合わせで文章を印刷できるようになったら、本の増刷も可能かもしれない!
是非、手先の器用な羊さんとお話がしてみたいな。
そしてゆくゆくは。
「異世界初(発?)ぼーいずらぶジャンルの確立を・・・!」
(・・・いえ、決してこの世界そんなもん求めていないから)
「芽衣?」
「ノルディ様! 私がんばりますからね!」
「は?・・・え、ええ、がんばって、くださいね・・・?」
白銀のノルディの切なる願いは、いまだ娘には届かない。