羊の国から、春便りSmile Japan
心配してくださった皆様へ御礼です。
本当に感謝しております。ありがとうございました。
拝啓
お父様、お母様、お元気ですか?
羊さんの国では、雪も解け、青々とした草が姿を現しています。
ちらほらと咲いた色とりどりの花が、誘っているようです。
子羊たちは、春一番に咲く花に、挨拶するんだ、と言っては館を抜け出し、草原で草塗れになっています。
今日も抜け出した子羊ギャングを追っかけて、草原にきました。
子羊ちゃんが花に向かって頭を下げて・・・下げた頭が重かったためか、ころんとそのままでんぐりかえし。草に塗れて笑っています。
・・・なんなの、ここ。
これ以上の天国ってあるのかしら。危うくいけないところに飛びそうになっちゃったわ。
ビバ、異世界とりっぷ。
ビバ、もふもふパラダイス!
鼻血をおさえつつ、サムズアップも忘れません。
・・・ついでに美味しそうな草のリサーチも欠かしませんがね。
その笑顔にみんな春の訪れを待っていたんだなあ、と思うのです。
凍てつく寒さは厳しければ厳しいほど、温かな風に心湧き上がりますものね。わたしだってそうです。
寒い夜は子羊に包まって眠りたいです!
きっと至福極まりなし。想像だけで、ごぅとぅへぶんですよ。飛べますね。
・・・なのに、なぜかいつもご主人様に拉致られます。あれ?
お父様、お母様、ご主人様ったら、ずるいんですよう! 雄雄しい羊のお姿で、高みから悠然と流し目くれるんです!
・・・そうそれはまるで、海辺で繰り広げられる、恋人と白いワンピースのお嬢さんの駆け引きのごとく!
あはは、うふふと誘うんです、そりゃもう見事な流し目なんですよう! あのお姿を見たら・・・見たら・・・おっかけずにいられましょうか!?
否!
そらもう、鼻息も荒く、全速力で追いかけますとも!
ひらりひらりと交わされますがね(泣)こんちくしょー。二本足が心底憎い!
だが、負けるもんか! と、おっかけっこ。
後ろで子羊たちがエールをやんやと送ってくれるのも、ご愛嬌。
応援してくれるのね! と俄然やる気が起こります。
まかせて!
今日こそはあの魅惑のもふもふに顔をうずめるの!
必死に追いかける私を流し見て、ご主人様がふっと微笑んだのを、見た気がしました。
そんで、はっと気付けばご主人様の「腕の中」なんですよ「腕の中」・・・。
・・・そーなんです。
拉致られたら、途端に人型に変化なさるんです! もう、もう、ずるいったらないです! 人肌いらない、ふわもこぷりーず!
羊さんのふわもこの毛皮の中に頭突っ込んでぐりぐりしたいのにー!!!
「ひつじ! 羊型希望!」
「いやです」
そんで、強引にご主人様に添い寝された翌日は、あちこちに虫さされの痕が沢山あるのです・・・。
服の中にまで入り込んで血ぃ吸っていく、根性のある虫なんです。しっかりパジャマ着込んで寝てるのに、ナゼ。
今朝も。
「・・・また・・・」
ありました。
痒みがないので気付きにくいのよねぇ・・・。あらやだ、太ももの内側にも。
「こんなとこまで・・・」
しっかり着ていたパジャマを脱いで、戦闘服に着替える途中、またもや発見したそれに、ううん、と首を傾げてしまいました。
毎日、風通しよくして、お布団干してるのに・・・!
いる。確実にいる。
遥かなる異世界にいらっしゃるお父様、お母様。
何かの拍子でこの手紙が届いたら、ぜひバルサンと、蚤取りブラシ(大型犬猫用)を!
・・・いよし。今日も気合入れてご主人様をグルーミングしようっと!
**********
「めえちゃん、はいこれ」
お友達の娘羊さんが真っ赤な顔でずずいと差し出したのは、手触りのいいスカーフでした。
「めりーちゃん?」
はてなを増産しながら、わたくし、娘羊さんを見つめました。
おそろいのメイド服を着込んだ彼女の名前はメリー。名前も似てて、年も近く、さっぱりした性格の彼女とは出会った頃からの仲良しです。
彼女は変化する前は、そりゃ器量よしの淡いピンクの羊さんなんですよ。
長いまつげを見ているとそれだけで、天国にいけます。変化すると淡いピンクの毛並みが、そのまま頭髪になっていて、青い瞳とあいまってとてもとても可愛いのです。
以前そのままの姿の彼女に抱きついて至福のひと時を過ごしていたら、なぜか彼女の異動が決まって焦ったっけ・・・。
可愛いだけでなく彼女は実に有能で、私にメイドのいろはを教えてくれた貴重な人(・・・羊?)なので、必死にご主人様を説得しました。
異動の話が消えるまで、メリーさんと会えなくてずいぶん悲しい思いをしました。
思い返しながら、じー・・・っと見つめていました。
あ、赤くなった。
白いお肌にほのぼのと血の色が乗せられて初々しいやら、可愛いやら。もー、メリーさんったら女殺し! いえ、ワタクシ限定かもしれませんけどね。この初々しさに当てられる変態は。
「もう、メリーさんったらそんな顔で見ちゃだめですよぅ! 犯罪者が増えちゃいますからね?」
微笑ましくなってにっこり笑って、ありがたくスカーフいただきます。
それにしてもナゼでしょうか、こうして朝一に首に巻くものを手渡される回数が増えた気がします。
でも寒いので首筋に巻きますけどね。まいていると、ほのん、と暖かいのです。
「うふ。暖かいです、ありがとうございます」
「いいえ。めえちゃんもそんなうるうるした目でじっと見つめちゃダメよ? 変質者はすぐそこにいますからね?・・・まったくもー、長さまったら・・・」
なんだか、メリーさん、お怒りモードのようです。
でも変質者なんていますかね? 私は自覚のある変質者ですから、省いて下さって結構ですよ?
あ、でもこれって、好機ですよね。今日こそは是非とも胸に秘めていた問いかけを聞いておかなければ!
「あの、めりーさん、その・・・この世界に、蚤取りブラシってあるのかなあ?」
「・・・は・・・?」
「メリーさん、ごめんね、気分悪くしないでね、皆がそうって訳じゃないの! 子羊ちゃんたちとお昼寝してた頃は虫刺されなんかなかったもの! でも毎日ブラッシングしてるのに、ご主人様が添い寝されると、その・・・虫刺されが、ひどくて。きっと身体が大きいから、頑固な蚤が取り除けないんだわ!」
この世界に蚤とりブラシがあるのなら、是非今日から使いたいです!
真剣な面持ちでメリーさんに申告したら。
メリーさんたら、絶句して目を真ん丸く見開いたあと、むにゃむにゃと口元を動かして・・・。
「が・・・頑固な・・・ノ・・・ミ・・・」
「メリーさん?」
だん!だん!だん! とテーブルをたたきながら悶絶しているメリーさんの前で、途方にくれる娘の姿。
それをそっと物陰から見つめる・・・爺たち。
「「「「・・・長さま・・・」」」」
それぞれがゆっくりと頭をふって、がっくり肩を落としたのを、勿論娘は気付いていない。
********
なんだろう・・・。
今日は一段と皆の目がなまぬるい気がする・・・。
羊族の上位種、白銀のノルディは、決算書類に目を通しながら、そんなことを思っていた。
書類を渡しに室内に来る、羊族の若者が、私を見るなり目を白黒させているのだ。なんだろう、出直すのか? 泣くのか? 笑うのか? なんなんだ、貴様らいったい。
その違和感に気付かないほど、私も朴念仁ではない。
それでも仕事のスピードは揺るがない。なぜなら今日もこのあと芽衣を誘いに行くのだからな!
「押してだめなら引いてみよ、か・・・」
呟いた言葉に、室内に陣取って茶を飲んでいた爺たちが咽ていたが気にしない。
過去、落人を娶った先代の遺言だ。言いえて妙ではないか。
追いかけても追いかけてもこちらを振り返りもしなかった、子羊、娘羊ラブの芽衣が。
ピンクの羊毛に包まれて寝ている芽衣を見つけたときは、嫉妬でメリーを殺せると思った。
いくら先々代の秘蔵っ子とは言え、私と芽衣の逢瀬を邪魔する輩は排除する。
だが異動を告げれば、芽衣が泣いて引き止める始末。
だが、先代の日記を爺に進められるままに読み進むうち(他人の日記を読むなどイヤだと言ったが、爺にすごい勢いで進められた)先代もまた同じような苦労をしていたのか、と胸を打たれた。
子羊に嫉妬し、娘羊に嫉妬し、ぎらぎらと落人の背後を狙っていた先代。解る。解りますその気持ち・・・!
狙った落人を褥に誘い込むために行った、涙ぐましい努力。
仕事を速攻切り上げ、落人の下に通いつめ、貢物をしたが、悲しいかな人間は牧草は食用にあらず撃沈したとある。
・・・身に積まされる内容に、やがて日記にのめりこんだ。
先代の落人への気持ちと重なる、私の芽衣への思い。届くのだろうか、この思いは。この思いが届かなければ、先代は・・・ひいては私は、芽衣をどうするのだろうか・・・?
読み進むうちに怖くなり、ページを繰るのを躊躇うようになった頃。
そこに一筋の光明が照らし出されたのだ!
物言いたげなそぶりで、見つめると人族はそちらから寄って来ると書いてあった。
目を疑った。だが先代は一縷の望みに縋りついた。
追わず、見つめ続け、自分の元へ近づくまでじっと佇んでいたら、落人の方から手を差し伸べてきたそうだ。
指先が触れた瞬間の喜び。瞳が重なったときの歓喜。全てに感謝の言葉が刻み込まれていた。
・・・身が震えた。
それでは、芽衣もそうなのか? そう思って、先代の仰ったバイブル(日記昇格)の通りに、芽衣の手の届かない高みに立ち、瞳に言葉を託して見つめた。
ただ、瞳に思いを乗せて見つめていただけだ。
それなのに。
あんなに、あんなに頑なだった芽衣が・・・!
わたしを追いかけて、来た。
この震えるほどの歓喜。
ありがとうございます、愛の伝道師(先代昇格)愛のバイブル!
ついに芽衣が私を追いかけ始めましたよ! 胸が高鳴ります!
・・・ぁ、ちなみに先代とは山羊族との縄張り争いに競り勝った、羊族の伝説の英雄。
女傑・サラマンディーさまのことで、生涯の伴侶となった落人は、人族の侍、新衛門と呼ばれる青年だったそうです。
読み進むうちに内容が怪しいものになってきたので、これは代々の長、それも落人を伴侶にしたいと考えている長にのみ、閲覧を許可するとしておくかな?
サラマンディーさまを英雄視する者には、少しまずい内容だ。
なんたって、羊族のサラマンディーさまと、新衛門殿の話は吟遊詩人の歌になるほどの大恋愛と言う話だったはず。
・・・落人殿を追い詰めた挙句、最後は新衛門殿にサラマンディーさまが全裸で馬乗りになって、むりやり搾り取ったとか、後世にばれたら叶わん。
絵姿に残っているが、サラマンディーさまは、燃えるように赤い毛並みの美しい、雌羊だ。胸も腰もバインバインの、熱烈巨乳美女だ。あれに乗っかられて、子種を搾り取られる・・・天国だろうか、地獄だろうか?
山羊族との戦いだって本当のところ、山羊族の長の求婚を新衛門殿のために蹴ったからだと言うしなあ・・・。
・・・まあ、なんにせよ、先代は先代。後世に伝え聞く話は、晩年熱烈ラブラブでいちゃいちゃのし通しだったようだから、どこかで意思の疎通は図られたのだろう。・・・多分。
ふ。だが、私は芽衣を深く愛しているから、問題は、ない。
芽衣も私を愛してくれるはずだ。なんたって私のほうが、子羊の中の誰よりも毛並みも手触りも最高に良いのだからな!
さて、今日も獣に戻り、芽衣の気を引くとしよう。
追いかけてくる真剣な眼差しに身を貫かれ、身もだえするほどの歓喜に焼かれよう。
追いかけているつもりの芽衣を、その実私の部屋に追い詰めて、その身を拘束しよう。
今宵も芽衣の寝顔を間近で見つめながら、その白い素肌に口付けよう。
芽衣の隣はこれからずっと、
・・・私のものだ。
・・・うん、どんなにかっこつけても、おささま、蚤扱い。