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羊の国からバレンタイン後記。

 拝啓、お父様、お母様。いかがお過ごしですか?

 こちらの世界では、いまだに白銀の世界が広がっております。

 そちらはもう雪も消え、花粉が猛威を振るう季節でしょうね。のろわれろ、スギ花粉。

 こちら寒いのですけど、ご心配なく。百パーセントウールのおかげで暖かく、日々すごしております。

 暖炉の暖かさと、人々の暖かさ。

 冬の国は、人(獣?)の暖かさが身に染みます。

 ついでに暖かい食べ物も胃に染みます。体重計が怖いこのごろです。だっておいしいんだもん!

 お代わりを我慢していると、爺様たちが「嫁の心得」とか寝言を言いながら、器にお代わりをよそってくれるので、断るのも必死です。

 ってか、爺様。それいつの時代の情報ですか。女はどっしりした腰周りじゃないと子供を沢山産めないって、戦前の常識、今非常識なんですよー?

 でも食べないと、長様が血相変えて、すわ、医者だ、女医は居ないのか、と騒ぎ出す始末でして・・・。

 だって規定の量は食べてるのに・・・。お代わりいらないって言ってるだけなのに・・・。

 増えてないといいなあ、たいじゅう・・・。

 明日と言わず今日から、子羊ちゃんたちとお散歩増やそう。


 そんな冬の空ですが、さすがに日中の日差しが暖かさを増したような気がします。

 雪解けの音が時折鳴り響き、集落のそばを流れる河の水量が増えてきました。


 春はすぐ其処のようです。


 今年はじめに咲く花を、お父様とお母様にお贈りします。


 願わくば、願いを込めたこの便りが、あなた方に届きますように。


 遥か異世界にいらっしゃる、お父様、お母様。


 ・・・芽衣は、元気です。



 **********


 

 どっと音が鳴り響く。

 緩んだ雪の斜面が音を立てて崩れていった。がけ下から上がる水しぶき、雪下から覗く地面は、いまだ色を持たず、茶色にくすんで見える。


 だが、いずれ其処も緑の淡い萌えに彩られるのだ。


 完全防備の山登りスタイルで身を固めた芽衣は、その雄大な自然を見つめていた。


 山の中腹、集落の端。瞳は心細く揺れている。


 「めえちゃん、大丈夫よ?」

 「長様、強いもの」

 「そうよ」


 芽衣と同じく完全防備の娘羊さんたちのほんわり笑顔に癒されて、淡く芽衣は微笑んだ。

 そうだ。こうして待っていても仕方がないのだ、と思い直す。

 「そうだね! ご主人様たちが帰ってきたら、温まれるように、屋敷の中のどこもかしこも暖めて、温かい飲み物を準備しておこう!」

 何がいいかな?

 雪山探検して来るんだから、ミルクよりお酒が良いよね? ホットワイン? それともホットブランデー? 

 ああ、お腹も空かしているだろうから、具沢山のスープなんか良いかも。

 彼女たちに声をかけて、芽衣は館へ戻った。

 いつの時代も、どこの世界でだって、女は弱いだけではないのだ。

 「全部の部屋の暖炉に薪をくべようね! いつみんなが帰ってきても大丈夫なように、暖めておこう!」

 「うん、めえちゃん」

 「あったかい飲み物準備して・・・男の人だから、お酒のほうが良いよねえ?」

 大人の男の人に対して、ホットミルクじゃいくらなんでも、ねえ。

 「うちの人、ホットワインに、スパイス入れたのが大好きなの!」

 「私のうちではこういう時は、ホットワインにオレンジのスライス入れるわよ」

 「私のあの人は、ホットブランデーの方が好き。お砂糖ほんの少しね」

 「ふううんん。日本じゃ、卵酒って言ってね、お砂糖と卵なんだー」

 「へええ、いろいろね」

 「全部作っておく? いろいろ楽しめていいかもしれないわ。後はそうねえ・・・めえちゃんが、この間作ってくれたあれもね?・・・うふふ、きっと長さま喜ぶわ」

 顔を合わせてくすくすと微笑む娘さんたち。

 相手の好みを知っているのって、その人だけ特別だって言ってるみたいでうらやましいなあ。


 ・・・ご主人様は、何がお好みなんだろう・・・。そう言えばいつも草だし、人型になった時、好き嫌いなく一通り食べてくれたなあ・・・。


 「ええと、お酒だけじゃなくて、温まるスープなんかも良いよね?」

 「二枚貝のミルクスープ! 彼の大好物なの」

 「あらやっぱり、ミルクとバターたっぷりの野菜のシチューじゃない?」


 ・・・それは羊の国の伝統行事。


 毎年この時期、男衆で隊を作り山に入るのだそう。残った女衆は帰りを待っているんだって。

 手をふりながら見送った、雄雄しい羊さんの群れを思い出した。

 始め、人型で山に入るのかと思って、ノルディ様を必死で止めたんだ。

 冬山登山ってあぶないんだよ!

 どんなベテランでも遭難するときがあるんだ。

 毎年ニュースでよく聞いた。冬山に入るのはとても難しいんだって。あのイモトでさえ躊躇する冬山!

 ・・・心配する私に、ノルディ様は懇々と説明してくれた。


 「私の養い親も、養い親のそのまた前の養い親も、みんな等しく、私たちに授けてくれました」


 それは、聞けば聞くほど形状といい、状態といい、山芋のことだと思った。


 草花が茂る頃は生えている場所の特定が難しく、だからあえて冬に敢行するんだってさ。

 枯れ残った弦を辿って、地面に隠れるそれを掘り起こしてくるんだって。

 冬の山だからこそ、根茎に蓄えられた栄養が段違いに高いのだって。


 「昔はこれを食べねば上位種になれぬと信じられていた食べ物でね・・・。だから館で預かる小さきものには、必ず冬これを与えるんだ。まあ、おまじない、と言うか・・・願いだろうね」


 それは、切なる願いなのだろう。子供に与えられるなら与えたい。それが毎冬行われることならばなおさら、・・・やらねばならない。


 そういって微笑んだご主人様は、誰よりも力に溢れ誰よりも美しかった。


 落人で異邦人の私が口出ししていい事じゃないと、悟ったんだ。


 だから、ノルディ様の服をぎゅっとつかんで、下を向いたまま、「待ってます」と伝えた。


 調理場で野菜と格闘する娘羊さんに混ざって、ジャガイモの皮をむいた。

 順調に行けば、戻ってくる頃だ。ただ待っているより、何か仕事をしていたほうが気が晴れる。

 暖炉に火が灯り、着々と、男たちを迎え入れる準備が整っていく。

 ホットワインとブランデーはアルコールが飛んでは仕方がないので、先に野菜スープを仕上げることにした。

 もくもくと皮をむいては洗うの繰り返し。

 みんな大切な相手の好みを知っていて、何が欲しいのか想像しては準備に走っている。

 それを私はうらやましく見ていた。


 だって、ご主人様のお好みなんて分からない。


 何を作ってもいつもにっこり微笑んでくれる。美味しいです、芽衣は上手ですね、と褒めてくれる。その言葉にうそはないと信じられる。

 でも、こういう時何を準備したら良いのか、さっぱり分からないのだ。


 「めえちゃん、どうしたの?」

 「めえちゃん? なんか、真っ青だよ?」

 「めえちゃん?」

 「どうしよう、わたし、ご主人様のお好みを知らない・・・」


 衝撃の事実発見だ。

 自分の好みを押し付けていただけで、一度も好みを聞いたことがなかった!


 「え、だって長様、いつだってめえちゃんの作るお料理とお茶を褒めているわよ?」

 「何を出しても褒めてくれて嬉しいけど、ここはこうした方が良いとか言ってくれないの。きっと、お優しいから、あまりに口に合わないものでも無理やり飲み込んでいるに違いないの・・・!」

 「すんごい笑顔で自慢されたことあるわよ、私。めえちゃんが「私」のためだけに作ってくれたチョコレートなんですよ、あげませんからね!って」

 「そこがご主人様のおやさしいところなのよ・・・」

 バレンタインの時期には、ココアを利用してバターと生クリームと砂糖でガナッシュを作ってみた。

 粒状のころころしたチョコレートトリュフ。

 ものすごく感激して嬉しそうに食べてくれていたけど・・・はじめて見る食べ物食べるのって、勇気いるよね?

 なまこやウニを始めて食べた人と比べるのはなんだけど、インパクトはあっただろう。

 娘羊さんたちも始めは引いてたモン。

 「・・・何も言わないのは味付けに満足してるからじゃない? 口に合わないなら食べないわよ」

 「満足してるわよ。この間の海老のスープだって、長さま散々会合で自慢してた」

 「そうそう。ぁ、ちょうどいい。海老のスープの作り方教えてくれる? 今度うちの人が食べてみたいって言ってたの・・・」


 元が動物なだけに、この国では肉は食べない傾向です。

 肉食ランドじゃどうなのか分からないけど、羊国は基本草食。

 なんちゃってベジタリアンになりつつある現在。お豆と卵と野菜、海草にお魚少し。

 それでも落人は何でも食べるって知っていたからか、ご主人様はわざわざ取り寄せてくれようとしたんだ。

 でもやっぱりみんなの前でお肉を食べるのは嫌だったし、そもそも食べる気が起きない。

 だから、お肉じゃなくて海産物をお願いしてみた。

 海老や貝を食べたことが無い人(羊?)たちばかりだったから、まずはスープと思ったの。

 海老、貝からいい出汁が出て、遠くに飛べる味だったよ・・・。

 

 「大丈夫よ、めえちゃん。長さまは満足してるわよ! むしろ満足しすぎでめえちゃんを屋敷から出したくないんだから」


 「そんなのわかんないよ、ご主人様の好み、分かってるつもりになってた・・・! ああ、わたしったら、一度もお伺いしたことなかった! お口に合いますか?って」


 「「「イヤ、絶対長様満足してるよ・・・」」」


 お仲間の年頃娘羊さんたちは力が抜けた。

 わかってない・・・!

 この子、ぜんっぜん、分かってない・・・!

 誰でもない、めえちゃんが、長さまのためにだけ作ったある意味超激レアなブツを前に、あの長さまが満足しないはずはない・・・!

 むしろ今の言葉を聞いただけで、速攻長様に襲われる。閨に押し込まれて十五歳以下は見ちゃダメ! な状況に絶対陥る! 

 「・・・なんていじらしいことを言うんでしょうか、この唇は!・・・とか言いそう」

 恋人を待つ花も恥らう娘さんが、大きなため息つきながら呟いた。


 「なんていじらしい・・・!」

 「そうそう。こんなかんじ・・・ぅええっ!」


 扉の向こうでは感涙に咽ぶ長様の姿が。雪に塗れているせいか、いつもより数段白い。

 白銀の髪に雪の結晶が煌いて、天然のスパンコール状態の、派手派手さ。仄かに染まる頬が淫靡です。

 そして、いつにもまして、やる気満々の青い瞳!

 娘羊さんたちは慌てふためいた。


 ・・・にー! 逃げっ、逃げてぇぇぇっ!

 めえちゃん、逃げてぇぇっ!

 

 羊の皮をかぶった狼がここにいるよおおおおっ!


 でも長さまの眼差しが、怖いので言葉に出来ないの・・・!

 めえちゃん、私たちの目力に気付いて頂戴!


 「あ、ご主人様!」

 そんな狼に、獲物はほんわりと微笑んだ。心底安心したと言わんばかりの笑顔だ。


 その笑顔の横で娘羊さんの緊張も高まっていく。


 「ご主人様、お疲れ様でした。あの・・・」

 「ずいぶん心配させましたね。でも大丈夫です。みな無事に帰りましたよ」


 その瞬間の花のような笑顔に毒されて、狼の勢いが静まっていく。

 「・・・よ・・・良かった! みなさま、ご無事なんですね?」

 「ええ。芽衣。それより・・・」

 「わあ、よかったー! 怪我した方はいませんか? みんな心配してずっと御山を見上げていたんです。ああ、ご主人様、お疲れでしょう?あちらにスープの準備がされてますから、皆さんでどうぞ。今お給仕しますね!」

 「あ、ああ、芽衣・・・」

 差し伸べた手を上げたり下げたり。

 芽衣は背筋を伸ばし、木の器とスプーンの入ったワゴンを押し出しつつ、ノルディ様を部屋へいざなった。

 物言いたげなノルディ様の情けない顔は、娘羊さんたちの笑いのツボを刺激したらしい。

 二人が居なくなるのを見計らって、とうとう吹き出した。

 「くく、く。ぉ・・・長様、形無し・・・!」

 「めえちゃん、なんて見事なスルー!」

 「無事に戻ったって瞬間で、今まで悩んでいたことすっ飛んだんだね」

 「長さま・・・不憫・・・」

 「いやいや、まだまだ」

 ホットワインとホットブランデーのポットを手に、娘羊さんたちが後に続く。

 大広間では赤く燃える暖炉を前に、男たちが衣装をといていた。

 欠けることなく戻ってきた男たちの姿に、娘羊さんの顔もほころぶ。


 「ホットワイン、スパイス入りで温まりますよ、いかがですか?」

 「ホットブランデーもありますよ?」


 温かな飲み物を手から手へ渡しながら、長い冬の幕切れを祈る羊の国の住人たちだった。


 

 **********



 にぎやかなひと時が終わり、館が静まり返った。

 おせっかいな爺様と婆さまたちも皆帰りつき、館に残る者は、ノルディと芽衣、そして小さきものと世話役の羊だけだ。


 暖かな暖炉の前で、芽衣はブラシを手に白銀のノルディの毛並みをゆっくりと梳いていた。

 赤い光に照らされて、陰影が揺れる。

 「・・・皆さん、ぶじでよかったですね。貴重な滋養芋も沢山取れて、これできっと小さき者たちは立派な羊さんになれますね」

 「そうですね、芽衣」

 ゆったりと時が流れる。ブラシのリズムはマッサージ効果も兼ねているから、思わず眠りに引き込まれそうになってしまう。

 「スープはお口に合いましたか? やっぱり寒いでしょうから、ホットワインをお持ちしましょうか?」

 「いいえ。今はこのまま・・・そうですね、後で芽衣の作った、ショコラショー、とやらを飲んでみたいです」

 「ああ、今日の・・・」

 「ええ。チョコの香りが素敵でした」

 ブラシでやさしく毛並みを整えながら、芽衣が頷く。

 今日、卵酒以外に芽衣が作ったものにショコラショーがあった。娘さんたちに作り方をせがまれて教えた代物だ。

 「ココアにコアントロー代わりにブランデー入れたんですけど、人気がありました・・・女の子に!」

 男の方たちはもっぱらお酒のほうを嗜んでいましたよ?

 「・・・そぅだったかな? でもあの香りは、この前いただいたトリュフに似ていて・・・あれは・・・芽衣の・・・かお、り・・・」

 ノルディは眠気と戦いながら、芽衣に身を任せた。

 柔らかな娘の膝に頭を乗せて、角を優しくしごかれて。ブラシでやさしく梳られる。

 花に届くのはやさしいショコラの香り。いつか頬を染めて差し出された丸くて甘い、そうまるで芽衣のような。

 「蕩けて、しまうよ、芽衣・・・」

 うとうとと、まどろんでいた。

 夢の中。

 「・・・ノルディ様が無事で良かった・・・。怪我をしないで戻ってきてくれて本当に良かった・・・」


 角の付け根に優しいキスが降りたのにも、気付かずに、白銀のノルディは眠りについた。


 目覚めたらきっと、いじらしいこの娘は尋ねてくるのだろう。


 「ノルディ様の一番のお好みはなんですか?」と。


 ・・・答えはすでに決まっている。



・・・このへたrげふげふ。

襲え! と思ったのはさくらだけでしょーかー・・・。

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