羊の国から明けましておめでとうございます!
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
拝啓。
お父様、お母様。
明けましておめでとうございます!
そちらは寒くはないですか?
こっちは寒くても、天然羊毛100%でぬくぬくです。
外の寒さがうそみたいに室内はあったかいのです。
お世話になっている羊族の上位種、ノルディ様の居城には、居間に普通に暖炉があるのですよ!
そうです。憧れの暖炉!
赤々と燃える暖炉の前で、羊毛100%の長様と子羊たちともふもふで、ぬくぬくなんです。
ああ、お餅焼きたいわ。あ、いえいえ。
あんまり気持ちよくって暖炉の前で寝ちゃうことも暫し。
そんで、朝起きると傍らにはノルディ様だけって事もしばしば。
暖炉に照らされて、ノルディ様の秀麗なお顔が間近にあってびっくりすることもしばしば。
・・・ああ、心臓に悪い。
・・・話がそれてしまいましたね。
お父様、お母様。
新年早々はそっちの世界が懐かしく感じられます。
ビバ紅白ですよね。コタツでみかんですよね。年越し蕎麦はおいしかった?・・・あ、そうではなくて。
みなさま、悲しんだりしていませんよね?
たとえそちらに帰れなくとも、あなた方の娘は、元気に精一杯生きております。
郷に入っては郷に従え、ですからね。
拙いながらもしっかり、こちらの流儀に則って、新年の行事に取り組んでいます。
だから、ご心配なさらないでください。
あなた方の娘は、今日も前を向いています。
*********
「・・・で」
白銀の長い髪をかすかに揺らし羊族の長であるノルディさんは、目の前の少女に問いかけた。
目の前には黒髪、黒い瞳の愛らしい娘がひとり。
文字通り天から降ってきた、私の花嫁。
空がきらめきを増し、風が急を告げるそこで、私目掛けて舞い降りた(いや、長様脚色しすぎ・・・)運命の少女。
瞳の優しさに、声の麗しさに、優しい手の感触に、頬のすべらかさにいつしか囚われ、目が離せなくなっていた。
生きる為に、その瞳で見つめ探す姿は、好ましく写った。
いつの間にか、自分の仕事を見つけ出し、周囲とも溶け込み、朗らかに微笑む姿に心疼いた。
・・・もっと、わたしを、頼ってくれればいいのに。
その娘のうるうるとした眼差しに引き込まれ、いつしか恋に落ちていた、ノルディさんだった。
・・・が。
周りの羊族は色めき立った!
特に長様を子供の頃から見ていた長老達の勢いは、増すばかり。
長様の恋だよ。長様の!
並居る美姫に目もくれず、仕事に明け暮れていた朴念仁の長様の!・・・こ・・・恋!
・・・羊族が誇る長様は、眉目秀麗、実力本位の高物件、なのに今だ番はおろか、子供の一人も生まれなかったのだ・・・。
どうしちゃったんだ、長様! まさか不能じゃないよね、長様!
その若さ、その美貌、その頭脳に囚われた娘達の、誘う眼差し、艶冶な仕草にも囚われなかったあの方が。
最近じゃ仕事が恋人なんだね、と長老達も諦めと共に呟いていたものだ。
わしらが生きているうちは、長様の子供を見るなんて夢のまた夢なのかもしれないなあ・・・。と言い合っては、がっくりと肩を落としていた彼ら。
それがある晴れた日。
空から降ってきた娘に微笑まれて固まった長様を見て、彼らは目を疑った。
あの、そつの無い長様の、娘に対するぎこちない動き。
触れる指先に電流が走ったかのような、長様の身の振るえ。
目の前を通り過ぎる娘の残り香を探すかのように、後を追いかける長様の眼差し。
「「「これは、まさしく」」」
花嫁、到来! いやいや、気が早いか?
盛り上がるのは羊族の長老の周りだけだったが・・・。
当の本人は、長老達に、淡い初恋の疼きを逐一報告されていたなんて知らないのだ。
・・・ちなみに報告していたのは子供達。
「あのねー。あのねー。めえちゃんがにこっとしたら、おささまがびくっとしたのー」
「まっかだよねー?」
「うん。おささま、真っ赤っかー」
「めえちゃんのおひざにコロンすると、おささまの目がこわいのー」
「めえちゃんにぎゅってしてもらうと、おささまの目がこわくなるのー」
「じじさま、おささまひどいのー。めえちゃんと一緒にお風呂のやくそくしてたのに、おささまがダメってめえちゃんにいったのー」
「こひつじはこひつじだけで、はいるのがデントウなんだってー」
「「「デントウってなにー?」」」
子供達と張り合ってる長様の姿が目に浮かび、長老達はあまりの不憫に涙(笑い)をこらえた。
「皆の衆。ここはひとつ、わしらが手をかさんと・・・!」
「そうじゃ、そうじゃ!」
「どじゃ、ひとつ。こういうのは?」
長老の一人が小冊子を差し出した。若向きのやたら、ラメピンクの本だ。
「・・・ほほお、「あなたの心をがっちりキャッチ。コスチュームにもこだわって」か・・・」
どっから持ってきたんだ。そんなもん。だが、爺達は真剣に覗き込んでいた。
「ほおほお」
「わしらが頑張らんと、いつまでたっても長様の子供は見られんぞ! ここはひとつ・・・」
「めえ殿にお願いするかのぉ・・・」
長様を見つめる長老達の眼差しは、日に日に真剣さを増していった。
押せっと瞳が、拳にこめられた力が、物語る。
・・・が、本人、まったく気付いていないのだ・・・。
今日もまた、芽衣の仕事場に急ごうと、ものすごい勢いで仕事を切り上げた有能なノルディさんを見つめる長老達の目は。・・・痛かった。
「・・・芽衣。それは、なに」
その身を飾る白いもふもふは・・・?
「え。だってウサギ年ですから! これを編むのが羊の国の常識だって教えてもらったんです!」
似合う? 似合う? とにこにこ笑顔で迫る愛しの芽衣の頭には、くるんと帽子。頭全体をすっぽり覆う、その白いもふもふの頭上に。
ぴょこんと、耳。
中央はわざわざ毛色を染めたのかピンクの色あわせだ。
そして振り向いた可愛いお尻に、白いぽむぽむしたしっぽ。白い両手には大きい獣の手の手袋が。足にも同様の真っ白いもふもふの獣足の靴下?・・・いやルームシューズ?
・・・必死にそらした目線は、それでも胸元のもふもふを見逃さなかった。
胸元を飾るもふもふは、ボディラインを露にすると言うよりは、食べごろボディを隠していたが、その威力や凄まじい。
どこから見ても、食べごろのウサギさんだ。後姿に欲情しない狼がいるだろうか・・・?
「・・・芽衣・・・」
「どうですか? 力作なんです! がんばったんですよ!」
くるりと一回りして見せた可愛いウサギさんは、にっこりと微笑んだ。
「長老の皆さんが教えてくれなかったら間に合いませんでした! 今年は卯年だから、こういうのを編むんだよーって・・・毛糸だって沢山頂いて!」
「・・・長老、が」
これは、褒めて好いのだろうか。それとも何を馬鹿な事をと怒るべき?
ああ、そうではなくて、そもそも、そんな風習あったっけ・・・? と、ぐるぐるするノルディさんを横目に。
「あんまり、いい出来だったから、沢山編んだんです。それで、これを持って新年の挨拶代わりにあちこちの国にお邪魔しようかなー?って・・・」
ウサギさんの国ははずせませんよね!?
これとおそろいの帽子と尻尾つきのもこもこブルマ、編んだんです。冷えは女の子の敵ですから!
「・・・・・・芽衣・・・ばくだんを投下する気なんですね?」
ウサギの国の敏腕ウサギさんの齎す冷たい視線を想像して、背筋が寒くなったノルディさんでした。
ウサギ国と国交断絶は痛い。痛すぎる。
「・・・おやめなさい・・・」
「ええ?どうしてですかー?」
可愛いのにー! おそろいなんですよー? ほかの国の落人さんたちと、もっとお近づきになりたいのにー! だから頑張って、夜なべして編んだのにー!
可愛い娘さんが頬を真っ赤にして言い募る。・・・しかもばっちり、ウサギのコスチュームで。
身を捩るたび、頭上の耳がピコピコして、多分、お尻についた尻尾がぴるぴるしているに違いないと思ったら・・・!!!
その可愛らしさに、ぐっとつまり、頬を染め、早々に白旗を掲げたノルディさん。
周りの長老の目がよりいっそう、なまあたたかーくなった。子供達のつぶらな瞳が痛い。
彼らはもとより、愛しい娘の眼差しから(無理やり意識を総動員して)目線を(力技で)そっと外すと、・・・分かりましたと、呟いた。
「・・・ウサギさんグッズは、私が後で馬族さんに頼んで送ってもらいますから。・・・ウサギさんと猫さんと犬さんと狼さんと鼠さんと豹さんに竜さんに、蝙蝠さんに、それから当の馬族さんと・・・・・・・・・・・・いったい、いくつ作ったんですか、芽衣・・・」
「え。落人さんの数だけです!」
白くてもこもこな、ある意味爆弾並みの破壊力を持つであろう代物に、ノルディさんは徐々に力が抜けていくのを感じました。
これ、贈る時にそっと詫び状、入れておかなきゃ、国交断絶になるかもしんない・・・。
いや、それよりも、お二人だけで楽しんでくださいと書き記すか・・・?
いやいや、冗談でもまずいかも・・・。
そんな気苦労で目を白黒させているノルディ様の横で、当の娘さんがにこにこしながらギフトボックスを積み上げていた。
「まだまだ! 麒麟さんとこに、白熊さんとこに、鳥さんに、猿さんに、パンダさんとこなんて、一度行きたいです!と言うか、絶対行きたいです! 行ってきて、子パンダちゃんをなで繰り回したいです! 良いですよねー?」
小耳に挟んだんですけど、ものすごい癒やし系なんですってっ!
見てるだけで、ボディブロー並みの衝撃の癒やされ状態らしいですよー!
脳髄直撃の愛らしさなんですって!
実は私、たれパンダも大好きで、あの気の抜けまくった所とか、可愛いですよねー?
「・・・そぅ。芽衣は、羊よりもパンダが良いと・・・?」
背後からの威圧的な眼差しに固まった(生存本能!)黒髪のウサギ娘をひょいと担ぎ上げ、羊族の長、白銀のノルディが立ち上がる。
「あ・・・あれ・・・? えと、あの・・・のるでぃさまー?」
「娘!よくやったっ!」
「おお。よくぞ、やってくれた!」
担ぎ上げられた娘の目には、喜色満面の長老達が万歳している姿が写った。
「え・・・あれ? なぜに皆様、そんなに嬉しそうに・・・」
さわりと尻(しっぽ!)をなで上げられ、びゃっと身をすくませるも、芽衣はノルディさんに身をまかせたままだ。
これぞ、気長に存在に慣らした結果とも言うが・・・娘にとってノルディさんの腕の中は危険領域ではなく、安心安全な絶対領域なのだ。
「・・・芽衣。大熊猫族より私が良いと、言っておくれ」
言ってくれるまでは、離さないからね?
囁いたノルディ様の瞳は、優しい青。でもなぜだか、胸をざわめかせる青の瞳だ。
その迷子のような切ない眼差しに、芽衣は胸を引っかかれたような気持ちになった。
小首を傾げてノルディさんを見つめ、爆弾を落とす。
「・・・パンダさんも羊さんも、ふわふわもこもこで、幸せなのに変わりはありませんが、わたしの一番はやっぱりノルディさまですよ・・・?」
その言葉に目を見開いて固まったノルディさん。
「・・・芽衣・・・」
高鳴る心のまま、抱きしめて、唇を奪おうと顔を寄せた時。
「・・・なんたって、安定感抜群ですからね!」
と、にこにこしながら娘さんがさらに爆弾を落とした。
また背中に乗せてくれるんですか? とわくわくした顔でノルディさんの顔を覗きこむ娘に、毒気を抜かれたオオカミ羊さんと、がっくりと肩を落とす羊の爺達。
「ノルディさまー?」
「・・・ああ、そうだな。芽衣。また背中に乗せてあげよう」
「わあ!」
「「「わああー。いいなー。いいなー。めえちゃんだけいいなー」」」
「ああ・・・むすめ・・・」
何か背後で、長老達がうめき声を上げ、子羊たちが羨ましそうに足元にジャレついた。
込められた力が、一気に抜けていく感じだった。
やっと、長様が、思い切ったのに!
やきもきする長老の前では、年端も行かない娘一人に翻弄される羊族の長様と、鈍いが可愛い娘の和やかな姿があった。
「・・・では、私が一番なんですよね?」
「はい! ノルディ様のふわふわもこもこなお姿が一番です!」
「・・・ああ、芽衣・・・!!!」
二人が結ばれるまでには、まーだまだ時間が掛かりそうだ。
結ばれ前ですね。