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羊の国からこんにちは。3

 目指すは絶界の、断崖の壁。

 あの山の頂上に薫り高く栄養も豊富な牧草が生えていると聞いたのは、異界に落ちてまもなくの頃だった。

 日々可愛い子羊たちの世話をし、癒されまくってた私。

 この御礼を子羊たちにしたい。有り余る愛らしさを惜しげも振りまいてくれる君たちに御礼をしたいのよ!

 

 おいしい草を食べて幸せそうにほんわかと笑う子羊たちが見たい!

 激しく見たい!

 きっとおいしい草を食べて、初めての食感に眼をきょとんと見開いて、ぱあぁっと顔色がばら色になって・・・と考えたら、行かずには居られなくなりました。

 行ってくる! 誰が止めても行くからね!

 みんなが身もだえしてもこもこになっちゃうくらいおいしい草を、摘んでくるからね!


 でっかいリュックを背負って山道を歩くこと数時間。

 足を前に出すのも億劫になった頃、ようやく前が開けた。


 眼下に広がる大地。

 あそこが狼の国かなー? それとも猫の国かなー? いやいや、豹の国かもしれないし、鼠さんの国かもしれないぞ。

 羊の国はどこかなーって見ていたら。


 「・・・まったく、根を上げるかと思っていたのに、登りきってしまうなんて・・・」


 声がした。


 「ノルディ様」


 背後に光を受けて佇んでいる、牡羊。

 白銀の毛並みも麗しく、けれども雄雄しさは変わらない。大きな角の優美な、力溢れる生き物。私の今までの人生の中でこれほど優雅で、壮麗な獣はいない。


 見つめるまなざしは青。優しい顔立ちの中に、凛とした心が通っている。獣なのに、獣ではない彼。


 「さあ、暗くなる前に屋敷に帰らないと、小さき者たちが泣き出してしまう。早く草を摘みなさい。芽衣が立っているその岩場の影に、香り草が生えている」


 ノルディ様が首を揺らすと、空気までが色を変える。

 切り立った山肌に、雄雄しい牡羊。彼に見守られながら、私は急いで草を摘み始めた。

 草をリュックに詰め込んで、満面の笑顔で振り返ったら、ノルディ様が頬を染めて目線をはずした。


 ここまで迎えに来てくれた彼に感謝したくて、でも与えられたものはすべて彼の持ち物で。

 だから、今、一番艶がよくて薫り高くて、柔らかそうな草を彼の前に差し出した。

 「ノルディ様、迎えに来てくれてありがとうございます、これは私の気持ちです。今日一番おいしいところですよ!」

 何かをしてもらったら、何かを返すのは人間にとって基本中の基本だ。

 だから、このお礼について何も深いことは考えていなかった。

 眼を見開いたノルディ様が、小首をかしげて、(あああん、悩殺ポーズですね!)

 「・・・受け取っても、良いのか・・・?」

 と聞いてきたので、何も考えず、私はにっこり笑顔で頷きました。

 なぜか、頬を真っ赤に染めたノルディ様が、嬉しそうにもぐもぐしているのを、役得とばかりに堪能し、その背中のふわもこ加減を味わっていた私です。


 さて帰ろうか、と思ったとき。


 ノルディ様の前に一頭の牡羊が現れました。

 白銀優美なノルディ様と違って黒い荒々しい感じの羊さんです。

 しかもコミュニケーションとろうにも、頭に血が上っているようで、しきりに足元の土をけっています。

 ・・・どうやら、私たちは彼の夕ご飯を取った邪魔者のようです。

 けれどもノルディ様はちょっと腰が引けた私を庇って前に出ると、大きな角を悠然と振って見せました。

 自然界において大きな体格、大きな角は種族の優劣を決定します。

 明らかにノルディ様のほうが角は大きく見事だし、体格だって大きいのに。

 ・・・なのに、黒い羊はノルディ様に決闘を申し込んだんです。ノルディ様の眉間にしわがよっています。

 えと、何を言い合っているのかわからないのが難点ですね。

 お互いに遠吠えのような声を出し合って、真意を測っているようです。

 そしたら。

 「・・・、ふざけるな・・・」

 と、ノルディ様がうなり声を上げました。

 決して大きい声でも、恫喝する声でもないのに、背筋がぞっとしました。

 ちらりと、私を見たノルディ様が、ぎっと相手をにらみつけ、角を見せ付けるように相手に示しました。

 相手も、低くうなると身を低く保ったまま、角を前面に押し出してかかってきます。遣り合うつもりのようです。

 「ノルディ様!」

 「芽衣は下がっていなさい。誰が主かを忘れてしまった、哀れな獣です。・・・わたしの大事なものまでよこせと言ってきましたからね、報いは受けてもらいましょうか」

 やっと両思いになったのに! とか。私の嫁に手を出そうなんていい度胸ですね! とか言いながら、大きな角でがっつんがっつん、やりあってます! ・・・殺り、あってます!


 ・・・って、言うか・・・ノルディ様、両思いの、しかも嫁、いたんですか・・・。


 お屋敷内には、小さきものと呼ばれる子羊軍団しか居ないので、知りませんでした・・・。


 わ、なんか、鼻の奥がつ~んっとして、痛いです。じわじわと瞳に痛みが伝染して、視界が涙でにじんでしまいました。

 あれ、やだな、しかもなんだか、胸も痛いのです・・・。

 ノルディ様のような立ち姿も美しく、力に溢れた牡羊はきっと引く手あまたなのでしょう。

 きっとハーレム状態で、うはうはしてるんだ。きっとそうだ。

 私が気づかないだけで実は、小さきものはみーんなノルディ様の子供だったりしちゃったりなんだ・・・。

 わたしは・・・わたしは・・・。

 「うっく。べびーしったー・・・」


 涙をこらえている間に、ノルディ様は猛々しい牡羊に勝利していました。



 *******


 

 深い悲しみが胸を襲います。

 何でこんなに胸が痛いのでしょう。

 ・・・ノルディ様に両思いの彼女、もしくは嫁が居るってことがことのほかショックだったようです。

 でも、泣いてはいけません。こらえます。

 折角ノルディ様が迎えに来てくれて、もっふもふのふっかふかのお姿を、披露してくれて、もふもふ独り占め! なパラダイスなのに・・・。

 ふかふかのふわふわの癒しの存在、睡眠誘導の神なのに。

 胸の痛みで眉がよってしまって、いけません。

 

 山からの帰り道、おっきなリュックを背負った私をこれまた背中に乗っけてくれたノルディ様と二人きり。

 心躍るはずのもふもふパラダイスを堪能することも忘れ、どこか上の空で、お屋敷へと帰りついた私は。


 ノルディ様の背中から降りる前に、子羊たちに抱きつかれもふもふに埋もれてしまいました。

 「めえちゃん、心配したの。だいじょぶ?」

 「めえちゃん、おささま、ふたりきり」

 「でえとだ。でえとだってみんなが言うの」

 「めえちゃん、でえとってなに?」

 でえと。・・・ノルディ様もお嫁さんと草原でえと、するのかしら。

 ああ、胸が痛い。

 そしたらひょいともふもふパラダイスから抱き上げられてしまいました。

 ノルディ様の逞しい腕。・・・腕?

 間近にノルディ様の壮麗優美なお顔がありました。

 息も止まるってもんです。

 「芽衣、芽衣が私のために選んでくれた、あの草はとても旨かった」

 ノルディ様がそう話しだしたら、子羊たちがぱあっと顔を明るくしてキャッキャッと笑いあった。

 みんな口々に、「やった~」とか「おささま、おめでと~」とか言っている。

 ・・・何事でしょう。

 あの草は、お迎えご苦労様ですの気持ちだったのですが・・・。

 「芽衣が私を番に選んでくれて、私は嬉しい」

 「・・・つがい・・・?」

 「やっと両思いになれた。わたしの、芽衣・・・」

 

 その後、熱烈な口付けに翻弄されて、気が付いたら寝室で。

 

 あのときの勇ましいお姿からは考え付かないくらい優美な方からの執拗な求めに、涙も声も枯れ果てました。


 ・・・おいしい草を異性に分け与える事が、求婚に相当する行為だったなんて知りませんでした。

 

 ・・・ああ、それ以前に一生懸命ご飯を与えてくれていたノルディ様の行為が、この世界における求婚だったなんて。


 そして、彼の中ではあの時すでに、「両思い」の「嫁」認定された自分がいたなんて。


 ・・・私は知りませんでした。



 ********



 あの時感じた胸の痛みも、鼻の痛みも無くなりました。

 今は泣きたいほど悲しいことはありません。毎日が充実しております。

 ノルディ様と、かわゆい子羊たちと、毎日もふもふに囲まれて、私は今日も元気です。

 「芽衣」

 「・・・お仕事が先ですわ!・・・で、でも、その・・・羊さんの姿になってくださったら、ブラッシングの順番を変えても・・・良いですわ」

 顔が赤くなっているのは自覚済みですので、突っ込まないでくださいね!

 でもこんな言葉に、嬉々として姿を変化なさるノルディ様もどうかと思う今日この頃です。

 そして、これほどまでにキュートな羊さんが、私は・・・だいすきです。

 

 

楽しいお祭りでした。快くオッケーしてくださった皆様に感謝いたします。

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