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羊の国からこんにちわ。2

 拝啓、お父様、お母様。お元気ですか?


 日々はつつがなく、過ぎております。

 

 見渡す限り、白く、ところにより茶色のふわふわもこもこの海です。


 細く高く響くいななきは、魅惑の旋律です。


 わたくし、人生を謳歌していますわ! 日々、にまにまが治まらないのです。


 白いそれに癒されながら毎日、仕事にせいを出しております。


 はるか異世界にいらっしゃる、お父様、お母様。

 

 ・・・芽衣は元気です。


 ********


 「めえちゃん、めえちゃん、この草おいしいね~」

 もっしゃもっしゃ、草を食べながら可愛いあの子がにこ~とわらう。

 ・・・はぁん、その緊張感のなさ、ナイスだわ! 張り詰めた緊張の糸をぶった切る、その微笑み爆弾! ああぁん、至福!

 運んできた甲斐があったよ! 死ぬかと思う登山道だったけどね!

 愛だけで人跡未踏の山地を乗り越えることが出来るって、始めて知ったよ!

 肩に食い込んだリュックの紐の痛みだって耐えられるってモンよ!

 

 手に持ったブラシを握りつぶす勢いで、激しく身をくねらせるわたし、あら、ヘンタイではありませんよ。


 わたくし、岸 芽衣は落人おちゅうどと言いまして、時折異界から落ちてくる人間なのです。


 そう、・・・人。


 この世界には「獣」と、獣から人へ変化できる「上位種」と言う力ある者の二通り、存在します。

 「人」は落人しかいません。

 人型から変化する事のないやわな皮膚、やわな爪しかなく。やわな牙すらない私たちは、この世界にとって異種族なのです。

 そんな落人を保護することが「上位種」には義務付けられているそうで・・・。


 私の保護者で、お仕事を下さったご主人様は、羊族の「上位種」、煌く白銀の雄雄しい羊、ノルディ様です。


 早いものでこの世界に落っこちて、もう一年が経ちます。

 最近の私の仕事も板に付き、可愛いもふもふパラダイスの中、日々楽しく暮らしていたんですが・・・。

 

 このほんわりと、温かな笑顔。この笑顔こそ、羊ちゃんのステイタス!

 キングオブ癒し。いや諸説ありますよ? 特に猫のにくきうは侮れないと思うのです!

 特にこの登山の折によった猫の国。

 落人のりんちゃんが抱いてたミルティちゃんの、目玉つぶす勢いの愛らしさとか、途中の狼属国犬領で出会った、ななちゃんのそばにいたボルゾイとかね?

 アレよね、ナルトに対するサスケみたいな? (あら、ダメかしら?)

 ぶらっくな執事様とカワユイ眼帯のあの子みたいな? (これもダメかしら?)

 猫族と犬族の言葉に言い表せないかわいらしさ、愛おしさを眼にすれば、癒しとは何ぞや? と考え込んでしまう次第なのです。

 究極の悩みよね?

 犬の尻尾か、猫の尻尾か。

 犬の耳か、鼻の可愛さか。猫の耳の敏感さか。

 「・・・確かに私の尻尾は短いし、耳もそう敏感ではないが・・・」

 「あら、ご主人様の尻尾が必死にぴるぴるしている姿は、言葉に言い表せないほど愛らしいと思いますわ!」

 そうよね? 尻尾の長さ、機敏さもいいけど、必死に動かして存在をアピールしてますって雰囲気も捨てがたいわよね! そうそう、それからそこに羊の抱き心地とぬくもりが加われば、クリティカルヒットでダメージポイントは高いのですわ!

 あのふわもこな触感と、ほんわかした笑顔。気が抜けまくって緊張感のかけらもなし。

 ああ、癒し系!

 羊ってこうじゃなくちゃ! 

 「・・・芽衣・・・。褒めているのか、貶しているのか、紙一重だと・・・」

 「まあ! けなすだなんて、そんな! 体全体でラブを叫んでおりますのに!」

 「・・・わかった、わかった。では、そろそろ、私の話も聞いてほしいのだが・・・」

 「仕事がありますので後に願います!」

 断じて、人型だったから冷たくしたわけではないのよ。

 切って捨てた後のノルディ様の、があぁぁンとした顔も、その瞬間ぴこっと出てた耳も、ぴるぴる震えて・・・はぅっ! いけない、ここで情に流されては! なぜなら私は・・・仕事中!

 肩を落として去っていくノルディ様の後姿に哀愁を感じたけど、仕事中に人型で来るほうがいけないのよ! 羊の愛らしいお姿だったなら、万に一つも休憩しようか、息抜きも必要よね、と思うかもしれないのに!

 何度も、初めてお会いした日の姿にと、お願いしているのに・・・。

 「それでは話が出来ん」とおっしゃって、拒否されるの。

 でも、羊体型になってもお話は出来るはずなのに。子羊ちゃんだって、この獣体型で言葉を話しているのにね。

 「人型じゃないと話せない話って何かしら・・・?」

 小首を傾げる私。それでも手は止まりませんよ! 並んでる子羊ちゃんの毛並みに沿ってグルーミング。

 あらら、キミタチ、今日はどこで遊んできたのー? 小枝や葉っぱが一杯絡まってるわ。

 優しく丁寧に、ごみを取り、梳り、艶を出す。ああ、いいわ。いいわぁ、この手触り・・・!

 ふわっふわの、もっこもこ・・・!

 だんだんと眼が血走っている気がしたわ。引かないでね、子羊ちゃん。ぁ、慣れたって?・・・うん、それもどうかと思うわよ・・・。でも、私以外の誰かに触らせちゃダメだからね?


 「おささま、きゅうこんまた失敗したんだね~」

 「球根? はっ! 新しい食感の新しい草ね!」

 「めえちゃん、そうじゃなくてね・・・」

 「新しい草の開発も、がんばってるのよ! またあの山越えて、草を運んでくるからね!」

 びしっと指差すは遥か彼方に聳える断崖。

 そこに魅惑の味わいの牧草があると聞いたら、取りに行かずにいられましょうか!

 「めえちゃん、命かけてるね・・・」

 「当然よ!」

 ノルディ様の采配に感謝して仕事をこなし、百二十パーセントの満足を子羊たちにしてもらうのが、私の使命。

 それこそが、私を拾って、保護してくれて、あまつさえ、仕事の斡旋までしてくれたノルディ様への、ご恩返しなんだから!

 どんなに苦しい道のりだって耐えて見せるわ!

 ほら、ブラッシングを待って並んでいるこの子羊ちゃんたちを見れば、癒されるってもんよ。

 可愛いじゃないの・・・。

 「うふ。うふふ、うふふふふ・・・今日はね、とっておきの、ブラシなの・・・」

 

 この笑顔のためならば、あの山のてっぺんの、香りのいい草をまた摘んできてあげたいと思うのよ!


 「めえちゃん、めえちゃん、こっちの草もおいしいね~。おささまに持っていったら喜ぶよ?」

 「ノルディ様は長様で、大人ですから、ご自分で行かれるでしょう」

 むしろあの険しい山道だって、散歩にしかならない。

 悠然と佇む山の王者を想像した。ああ、格好いい。どうしてあの体型を取ってくれないのかなあ・・・。

 憧れのもふもふの王。理想の体つきで理想の角なのに・・・。

 初めて異界にやってきた私を支えてくれたあの優しい瞳を、もう一度間近で見たいだけなのに。

 ノルディ様の身長は、158センチの私を超えてはるかに高いのだ。あの青い優しい眼を見るためには、羊体型になってもらって丁度良いのに、さ。

 半分なみだ目で可愛い羊君たちのころころした体をマッサージしていた。

 「め、めえちゃん、くすぐった・・・きゃん」

 毛並みに沿って丁寧に、くしけずる。ここね? ここが好いのね? あららあ、震えちゃって・・・ああ、いいわ。その悶え具合・・・!

 「うふ…うふふ…うふ、はぁはぁ」

 すりすり、なでなで。ああ、ふわふわ…。

 「きゃあん、めえちゃあんん」

 小さなふわふわ子羊が悶えのあまり、なみだ目で見上げてきた。

 ・・・あ、やばい。鼻の奥が痛い。一瞬どっか違う世界に飛んでったよ。・・・でもまたトリップするのはいやよ! だってここ、天国なんだもの!


 ふと見れば。


 小高い丘の上にノルディ様の痩身優美な姿があった。遠くどこまでも望めるそこで、彼はじっとこちらを見ているようだった。


 「あ、おささま~」

 「おささま、がんばれ~」


 子羊君たちは、ノルディ様に手を振って、しきりに応援しているようだ。

 ノルディ様の顔に淡い微笑が浮かんだ。

 ああ、ノルディ様も、子羊たちの癒しパワーをもらって元気が出たのかな?

 ノルディ様が子羊たちに手を振り返した。

 それに気をよくした子羊がまた手を振ろうとして・・・コロンと後ろにでんぐり返し。

 ・・・なんて、ツボを押し捲るの、キミタチ・・・! 危うく鼻血が出るとこだったよ。


 しかし・・・何に対して「がんばれ」なのかな? 


 

 

嫁以前のお話でした。

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