羊の国からこんにちわ。2
拝啓、お父様、お母様。お元気ですか?
日々はつつがなく、過ぎております。
見渡す限り、白く、ところにより茶色のふわふわもこもこの海です。
細く高く響くいななきは、魅惑の旋律です。
わたくし、人生を謳歌していますわ! 日々、にまにまが治まらないのです。
白いそれに癒されながら毎日、仕事にせいを出しております。
はるか異世界にいらっしゃる、お父様、お母様。
・・・芽衣は元気です。
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「めえちゃん、めえちゃん、この草おいしいね~」
もっしゃもっしゃ、草を食べながら可愛いあの子がにこ~とわらう。
・・・はぁん、その緊張感のなさ、ナイスだわ! 張り詰めた緊張の糸をぶった切る、その微笑み爆弾! ああぁん、至福!
運んできた甲斐があったよ! 死ぬかと思う登山道だったけどね!
愛だけで人跡未踏の山地を乗り越えることが出来るって、始めて知ったよ!
肩に食い込んだリュックの紐の痛みだって耐えられるってモンよ!
手に持ったブラシを握りつぶす勢いで、激しく身をくねらせるわたし、あら、ヘンタイではありませんよ。
わたくし、岸 芽衣は落人と言いまして、時折異界から落ちてくる人間なのです。
そう、・・・人。
この世界には「獣」と、獣から人へ変化できる「上位種」と言う力ある者の二通り、存在します。
「人」は落人しかいません。
人型から変化する事のないやわな皮膚、やわな爪しかなく。やわな牙すらない私たちは、この世界にとって異種族なのです。
そんな落人を保護することが「上位種」には義務付けられているそうで・・・。
私の保護者で、お仕事を下さったご主人様は、羊族の「上位種」、煌く白銀の雄雄しい羊、ノルディ様です。
早いものでこの世界に落っこちて、もう一年が経ちます。
最近の私の仕事も板に付き、可愛いもふもふパラダイスの中、日々楽しく暮らしていたんですが・・・。
このほんわりと、温かな笑顔。この笑顔こそ、羊ちゃんのステイタス!
キングオブ癒し。いや諸説ありますよ? 特に猫のにくきうは侮れないと思うのです!
特にこの登山の折によった猫の国。
落人のりんちゃんが抱いてたミルティちゃんの、目玉つぶす勢いの愛らしさとか、途中の狼属国犬領で出会った、ななちゃんのそばにいたボルゾイとかね?
アレよね、ナルトに対するサスケみたいな? (あら、ダメかしら?)
ぶらっくな執事様とカワユイ眼帯のあの子みたいな? (これもダメかしら?)
猫族と犬族の言葉に言い表せないかわいらしさ、愛おしさを眼にすれば、癒しとは何ぞや? と考え込んでしまう次第なのです。
究極の悩みよね?
犬の尻尾か、猫の尻尾か。
犬の耳か、鼻の可愛さか。猫の耳の敏感さか。
「・・・確かに私の尻尾は短いし、耳もそう敏感ではないが・・・」
「あら、ご主人様の尻尾が必死にぴるぴるしている姿は、言葉に言い表せないほど愛らしいと思いますわ!」
そうよね? 尻尾の長さ、機敏さもいいけど、必死に動かして存在をアピールしてますって雰囲気も捨てがたいわよね! そうそう、それからそこに羊の抱き心地とぬくもりが加われば、クリティカルヒットでダメージポイントは高いのですわ!
あのふわもこな触感と、ほんわかした笑顔。気が抜けまくって緊張感のかけらもなし。
ああ、癒し系!
羊ってこうじゃなくちゃ!
「・・・芽衣・・・。褒めているのか、貶しているのか、紙一重だと・・・」
「まあ! けなすだなんて、そんな! 体全体でラブを叫んでおりますのに!」
「・・・わかった、わかった。では、そろそろ、私の話も聞いてほしいのだが・・・」
「仕事がありますので後に願います!」
断じて、人型だったから冷たくしたわけではないのよ。
切って捨てた後のノルディ様の、があぁぁンとした顔も、その瞬間ぴこっと出てた耳も、ぴるぴる震えて・・・はぅっ! いけない、ここで情に流されては! なぜなら私は・・・仕事中!
肩を落として去っていくノルディ様の後姿に哀愁を感じたけど、仕事中に人型で来るほうがいけないのよ! 羊の愛らしいお姿だったなら、万に一つも休憩しようか、息抜きも必要よね、と思うかもしれないのに!
何度も、初めてお会いした日の姿にと、お願いしているのに・・・。
「それでは話が出来ん」とおっしゃって、拒否されるの。
でも、羊体型になってもお話は出来るはずなのに。子羊ちゃんだって、この獣体型で言葉を話しているのにね。
「人型じゃないと話せない話って何かしら・・・?」
小首を傾げる私。それでも手は止まりませんよ! 並んでる子羊ちゃんの毛並みに沿ってグルーミング。
あらら、キミタチ、今日はどこで遊んできたのー? 小枝や葉っぱが一杯絡まってるわ。
優しく丁寧に、ごみを取り、梳り、艶を出す。ああ、いいわ。いいわぁ、この手触り・・・!
ふわっふわの、もっこもこ・・・!
だんだんと眼が血走っている気がしたわ。引かないでね、子羊ちゃん。ぁ、慣れたって?・・・うん、それもどうかと思うわよ・・・。でも、私以外の誰かに触らせちゃダメだからね?
「おささま、きゅうこんまた失敗したんだね~」
「球根? はっ! 新しい食感の新しい草ね!」
「めえちゃん、そうじゃなくてね・・・」
「新しい草の開発も、がんばってるのよ! またあの山越えて、草を運んでくるからね!」
びしっと指差すは遥か彼方に聳える断崖。
そこに魅惑の味わいの牧草があると聞いたら、取りに行かずにいられましょうか!
「めえちゃん、命かけてるね・・・」
「当然よ!」
ノルディ様の采配に感謝して仕事をこなし、百二十パーセントの満足を子羊たちにしてもらうのが、私の使命。
それこそが、私を拾って、保護してくれて、あまつさえ、仕事の斡旋までしてくれたノルディ様への、ご恩返しなんだから!
どんなに苦しい道のりだって耐えて見せるわ!
ほら、ブラッシングを待って並んでいるこの子羊ちゃんたちを見れば、癒されるってもんよ。
可愛いじゃないの・・・。
「うふ。うふふ、うふふふふ・・・今日はね、とっておきの、ブラシなの・・・」
この笑顔のためならば、あの山のてっぺんの、香りのいい草をまた摘んできてあげたいと思うのよ!
「めえちゃん、めえちゃん、こっちの草もおいしいね~。おささまに持っていったら喜ぶよ?」
「ノルディ様は長様で、大人ですから、ご自分で行かれるでしょう」
むしろあの険しい山道だって、散歩にしかならない。
悠然と佇む山の王者を想像した。ああ、格好いい。どうしてあの体型を取ってくれないのかなあ・・・。
憧れのもふもふの王。理想の体つきで理想の角なのに・・・。
初めて異界にやってきた私を支えてくれたあの優しい瞳を、もう一度間近で見たいだけなのに。
ノルディ様の身長は、158センチの私を超えてはるかに高いのだ。あの青い優しい眼を見るためには、羊体型になってもらって丁度良いのに、さ。
半分なみだ目で可愛い羊君たちのころころした体をマッサージしていた。
「め、めえちゃん、くすぐった・・・きゃん」
毛並みに沿って丁寧に、梳る。ここね? ここが好いのね? あららあ、震えちゃって・・・ああ、いいわ。その悶え具合・・・!
「うふ…うふふ…うふ、はぁはぁ」
すりすり、なでなで。ああ、ふわふわ…。
「きゃあん、めえちゃあんん」
小さなふわふわ子羊が悶えのあまり、なみだ目で見上げてきた。
・・・あ、やばい。鼻の奥が痛い。一瞬どっか違う世界に飛んでったよ。・・・でもまたトリップするのはいやよ! だってここ、天国なんだもの!
ふと見れば。
小高い丘の上にノルディ様の痩身優美な姿があった。遠くどこまでも望めるそこで、彼はじっとこちらを見ているようだった。
「あ、おささま~」
「おささま、がんばれ~」
子羊君たちは、ノルディ様に手を振って、しきりに応援しているようだ。
ノルディ様の顔に淡い微笑が浮かんだ。
ああ、ノルディ様も、子羊たちの癒しパワーをもらって元気が出たのかな?
ノルディ様が子羊たちに手を振り返した。
それに気をよくした子羊がまた手を振ろうとして・・・コロンと後ろにでんぐり返し。
・・・なんて、ツボを押し捲るの、キミタチ・・・! 危うく鼻血が出るとこだったよ。
しかし・・・何に対して「がんばれ」なのかな?
嫁以前のお話でした。




