羊の国から、貴腐人のお仕事
ちまちまちまと指先を動かして、描き出すのはレースのモチーフ。
薔薇や牡丹や幾何学模様、波状模様をえんえんと編んではかがり、編んではかがってひとつの作品となる。
ベッドカバー? テーブルクロス? 乙女を飾る繊細なショール? いえいえ、それも作ってはおりますが、これほどの需要はありません。
淑女を飾る、レーシーなドレス? それならもっとたくさんの糸の山があるだろう。
娘羊がほんのり頬を染めながら、総出で編んでいる物は、大きな声で言えないもの。
昨今、威容に需要が伸びてきた、羊国の特産品のひとつです。
しかもこの特産品、嬉しい事に、レース糸の総使用量が少ないわりに、モチーフの繊細さが受けておりまして。
繊細な九十九織りを追求し、可憐さ、透き通る美しさ、装飾性を追求すればするほど、そのお値段が右肩上がりで高くなるという、羊国としてはうっはうはの特産品なのです。
原材料として珍重される子羊ちゃんの出生率も、なんか上がっているし。・・・ネックはただひとつ。
恥じらいをかなぐり捨てなきゃ作れない代物だってことかなー。
羊国の新たなる特産品。
それは、レーシーなすっけすけの、ランジェリーセット。
敏感な部分に直接触れる代物だから、繊細な柔らかい糸で、ふんわりと仕上げた、渾身の一撃です。
もともとのレースの主力製品は、ベッドカバーやテーブルカバーでしたが、その大きさのうん十分の一で同じ代金。
ぼったくり? いいえぇ。
正統な労働報酬ですー。なんたって乙女の純情かなぐり捨てているのですからー。
ああ、でも・・・。
このレースな代物を編んでいる時って娘羊さんとおしゃべりし難いのよねー・・・。
無言で指を動かし続けるみんなを横目にわたしだって、せっせと労働に勤しみます。
話せないから妄想に火がつくのも仕方がないよね?
ああ・・・(うっとりため息)
【このレースベビードール、ノルディさまに似合いそう・・・】
「「「「「め、めめめめえちゃんっ!」」」」」
「あ、駄々漏れだった」
いかんな。妄想の声は胸に秘めておかなきゃいけないのに。ノルディさまの美貌がいけないんだわ!
でも、きっと似合うわ。これつけてくれたら鼻血ものまちがいなし。
芽衣渾身の一作で、ベビードール型の上半身が白のレース、裾が一見フリルなリボンをかたどったガーターベルトになってて・・・。胸元のレースも頑張った、とても良いできばえ。
編みあがったそれを目の前に、ぶら下げて、わたしは感嘆のため息をついた。
これって似合う。絶対似合う。
ひとり悦に入ってにまにましていたら。
「「「「「「め、めめめめえちゃぁぁ、(がくぶる)」」」」」」
「はれ? どしたの?」
なんかみんなが青ざめた顔でわたしを見ていた。あ、あれ?
「・・・もしかして、今度のモデルはそれで、ですか、芽衣・・・」
「―――――ひ」
背後から、ブリザードが吹き付けてきた。凍る。
やれやれと言いたげなブリザードの主は、すらりと流し目をくれる。
「・・・でも、愛しの奥方との約束ですからね。守りますよ、わたしは。その代わり、ちゃんとおそろいにしてくださいね」
あ、別に芽衣の分は、レースだけでいいですよ。むしろ布地なんかいりません。
・・・ふうん、このデザイン斬新でいいですねぇ。また販路拡大できそうですね。
「いえ、あの。これでモデルとイウワケジャアァァ、」
だってこれ、納品・・・イエ、イイデス。ガンバッテアミマストモ、ウーレシーナァ!
「ま も り ま す か ら。これとおそろいの下着をつけてくれますね?」
「・・・ひゃ、ひゃい」
がくがくしながら呟いた声に、白銀のノルディさまは。
・・・優美なお顔に、うっそりと笑みを浮かべた。
(ひ、ひぃいいいい! 美形の笑顔怖い美形の笑顔怖いいいいいっ!!!)
前略。
異世界にいらっしゃるお父様、お母様。
いつのまにやらご主人様が本物の主人になりまして。
真っ白で温厚な麗しの羊さんだったノルディさまが、なんかぶらっくになりました。
おっかしーなー・・・(目ごしごし)黒羊がいる。
「逃がしませんからね、芽衣?」
立ってても座ってても微笑んでも麗しいお方に、反射で逃げを図りましたが、あえなく確保され、言質をとられました。逃げ道はないようです。
最近ノルディさまは、ハンターです。
そんでもって、今日も徹夜は決定事項らしいです・・・。
*********
まあでも、そろそろ新刊書かなきゃいけないと思っていたので、この際、一気に書き上げてしまいましょう。
だいたいラグエルさんがうるさい。
何回も羊の里にやって来ては、脅迫めいた嘆願をしていくので、うっt・・・げふげふ、そろそろ親身になってお話を書こうと思っていたところだったんで。
(この俺サマが、なんで、押し倒された挙句ノルディにあんあん言わされなきゃならないんだ!)
(えー、だって、そうでなきゃ、びーえるじゃないし・・・)
(そういうフザケタことを抜かすのは、こ の 口 か)
(すいませんごめんなさいごめんなさいだから、絞めないで、引っ張らないで、のばさないでえええええええ)
羊の里を訪れたラグエルさんにすごい顔で里中追っかけられて、首根っこ引っつかまれた挙句、正座で延々としかられました。なんかもろもろ容赦がありませんでした。
最後マジ泣きが入ってた、ラグエルさんの魂の叫び。
(この本のせいで、リ・・・娘山羊がおかしくなったんだぞ! 責任取れ!)
真っ赤になって叫ぶラグエルさんの、首筋に残る赤い斑点が。
こ・・・これは、もしやリアル熊受け? まじすか!
(え、ちょ、ど・どなたに、な、なにをされたのでしょう? いえいえ、貴腐人たるもの邪推はいたしません。いたしませんよ!・・・(ぼそっと)ええ日々妄想するだけで)
正直、どのような殿方に押し倒されたのか、さらには「ナニ」の部分を詳しくお聞きしたかったのですが。
真っ赤な顔で絶句したラグエルさんと、そんな私たちの問答を見ていたノルディさまに止められました。
ノルディさま訳知り顔ですねー。
ま、そんなわけで。
(いいか! 次はぜったい、ぜったい、俺様が上だからなああああああ!)
(・・・なるほど。次回作発行は決定事項なのですねー)
叫んで帰っていったラグエルさんをノルディさまと見送りました。
肩が震えてますよ、ノルディさま。笑うのこらえているのは判りますが。
じゃあ、新刊はノルディさま受けで逝くか。
新婚シチュエーションのラグエルさん攻めノルディさま受け。
淫靡な雰囲気盛り上げて、盛った旦那様に美味しく食べられてしまう新妻設定でいかがでしょう。
良いなー新妻。
涙目で見上げる姿にきっと男なら誰でも、ぐっとくるでしょう、新妻。
裸エプロンもいいなあ。
妄想しながらいっぽん、書き上げました。
メリーさんもリリアナにも好評で、なかなかの出来でしたし、ラグエルさんの殴り込みがないんだから、あっちも上手く行ったのかなー? と思っていました。
でも、二三日前、山羊の里からレースのベビードールの注文が入った。
やけにでかい代物で、リエル姉様だとしても採寸間違いなのは明白。
お伺い立てたらリエル姉様に「そのままでいいのよ」って太鼓判押されたってメリーさん、が言っていたっけ・・・・・・。
それから毎日、レースの下着の販売促進のため、せっせと針を動かす毎日が戻ってきました。
ひさびさの女子会!
ここんとこお子ちゃまは見ちゃダメ!なボディトークしかなかったから、新鮮です。モデル代高くないですか、ノルディさま・・・うにゅー。
「・・・今回の新刊、すっっっごくステキでしたわー! 熊の女神様を抱きしめた腕の角度や、服による皺、伏せられた顔の影、指先の力加減も、こう、壊したくないと言ってるみたいで情緒的だったね!・・・あれ、めえちゃん、今編んでいるの、最後の場面でノルディさまがつけていたものじゃない?」
リリアナが手元を覗き込んで呟いた。特徴的なモチーフのレースがメインだから気がついたんだろうけど、相変わらずリリアナは作者を喜ばせるのが上手い。
「山羊の里から急遽舞い込んだ急ぎの品なの。あれと同じデザインをご所望なの」
答える合間も手は休ませない。もうずいぶんと編み進んだけど、指定されたサイズには程遠い。せっせせっせとちまちま指を動かすわたしを、リリアナはじっくりと見つめてたようだ。
「・・・誰が着るの、それ」
ぼそりと呟いた。
「・・・うん、えっとー・・・り、リエル姉様・・・?」
本当か? と自分で突っ込みいれつつ答えてみれば、案の定リリアナも周りで編み棒動かしてる娘羊さんたちも、眉を寄せた。
「・・・どう見ても成人牡羊サイズですわよ、めえちゃん。大体そんな太い腰の女なんていませんわ」
メリーさんがため息つきつつ、ぶっちゃけた。
「う、で、でも、リエル姉さまが、きっちりサイズをおくってきたの・・・」
わたしの言葉に、周りにいた娘羊さんの目がいっそう細く眇められた。
共通して考えた言葉が目に見えるようだ。たぶん、着るのはリエル姉様じゃないだろう。
おそらく着るのは・・・。
「「「「「ごめんなさい。まよわず成仏してください」」」」」
腐女子仲間が山羊の里に向けて祈りを捧げた。
「あらあ、もしかして積極的なリエル姉様に惚れ直すかもしれませんよぉ?」
「「「「「マルタっ!!!」」」」」
ロリ可愛くてでも巨乳なマルタが、ほがらかに斬って捨てたラグエルさんの健闘を。
わたしは祈る。
想像(妄想)のカタマリ。びーえるとは腐女子の腐女子による腐女子のための究極の恋物語。
障害を乗り越え乗り越えて迎える、はっぴーえんどは、だからこそ、女の子に支持される。
・・・その締めくくりの濡れ場ですので、毎回魂削って描きあげてます。