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羊の国からめりくり

 「では次の商談にはこちらの平織りと、花のモチーフの新しいタイプのを持っていきますか?」


 古参の牡羊が腕を組み、品物を前に口を開いた。

 年老いてはいるが茶色の毛並みの美丈夫で、先代の長の頃から補佐をしている切れ者だ。


 「色はどうなさいますか? 無難に紅と、青・・・水色。ピンクや藍色なども好まれそうですが?」


 同じく古参の牡羊が口を挟む。

 褐色の毛並みの美しい、武士のようなたたずまいの男だ。


 男衆が真剣な眼差しで議論する先には、俊英の若長。彼は一人ひとりの言葉に耳を傾け、頷いた後指示を出した。


 「・・・水色は外しましょう。あちらの好む色は確か原色だったはず。保温性の高い毛足の長い絨毯と、装飾性の高いこちらと・・・このタイプの色違いを何種類かそろえてみましょう」


 白銀優美な羊族の長が指し示す。


 今日も長さまは、白銀の粉をまぶしたかの如く、きらきらと麗しい。

 

 「では・・・オレンジ色や、黄色の鮮やかな、これはどうですか」


 クリーム色の毛並みの美しい、やや小柄な男が受け答えた。


 「・・・いいでしょう」


 ノルディは見事な図柄の結び織り絨毯を前に、頷いた。


 


 ******



 ここ数年、落人の娘の言葉を頼りに開発した織り機のおかげで、他領における商戦が活発になっていた。


 ・・・芽衣が何気なく語った異界の風景は、不思議。


 闇夜を明るく照らすひかり。

 炎の出ない暖炉に、かまど。

 ひねるだけで湯水が出る水辺。

 情報をいながらにして手に入れられ、遠くの言葉を届ける器具や、姿を写し取る器具。


 芽衣が後生大事に抱えていたケイタイとやらに収まった、写真や音楽が無ければ、到底信じることは出来なかっただろう。


 時折、懐かしいような悲しいような眼差しで芽衣が見つめていた、色とりどりの花々で飾られた小さな箱。←携帯デコ盛り。


 「ジュウデン」ができないから、本当に彼女がきつい時だけ開くそれは、まるで色の洪水のようで、目を見張ってしまった。


 そんな私を前に、芽衣は面白そうに笑ったものだ。ちょうど、次の商談のために絨毯の在庫確認中の出来事だった。


 「美しい所ですね。なんと色彩に溢れたところでしょう」

 

 「ありがとうございます。これがわたしの家族で・・・それから友達の、恵美ちゃんに理恵ちゃん、雪那ちゃんに、千尋ちゃんです」


 「・・・真っ赤ですね」


 少女たちが真っ赤な服に身を包み笑っている姿が映りこんでいた。


 緑の大きな木は、ベルやリボンで飾られて輝いていた。


 おそろいの赤い服に身を包んだ少女たちが、ケーキ片手に満面の笑みを浮かべている。


 「なんのお祭りですか?」


 たった一枚だけ、とりどりの色の洪水の中、奇妙な三角の帽子を被った芽衣が、満面の笑みでvサインを出していた。

 

 「クリスマスです」


 目を細めて呟く娘に、胸を痛める。・・・帰れない彼女を思えば、それすら、自己満足の産物だ。


 私の隣にいてくれる事実に喜びこそすれ、いざ、彼女を喪失する悲しみを思えば。


 手を離せるはずなどないのに。


 自嘲した私に気付かぬまま、芽衣は次々写真を開いていく。


 芽衣に向かって友人が笑っているのだろう、彼女たちの表情は明るい。


 「綺麗でしょう? ご主人様。クリスマスって一番華やかなんです。ツリー飾って、ケーキ準備して、大きな丸鶏焼いて、赤や緑の飾りつけて、プレゼント交換するんです」


 「楽しそうですね」


 「はい。とっても! バレンタインより華やかで、ハロウィンより騒々しいの」


 懐かしげに微笑む彼女に、ノルディはそう、と呟いた。


 「・・・芽衣、商談用の絨毯を選びますので、次の間で待機していてください」


 「はい。お茶の準備してますね」 


 広間を後にする芽衣の背中を眼で追った。


 一年の終わりに家族を思う彼女に、憩いをあげたいと切に願う。


 「・・・くりすます、か・・・」


 「長さま? どうなさったので?」


 商談用の絨毯を担いだ若い牡羊たちが、怪訝な顔をしてこちらを見ていた。それに、にっと笑ってみせる。


 「ええ。いいことを思いつきました。あなた達にも良い話なんですが・・・乗りますよね?」


 彼らも、彼らの意中の娘達も、今回の試みに賛同してくれた得がたい仲間だ。


 彼らとて手を貸してくれた彼女たちに、何がしかのお返しがしたいと言っていた。


 彼ら、彼女らの慰労とそして。今回の織り機の開発に当たって、何よりの情報をくれた芽衣に。


 「恋人に、いいところを見せたいでしょう?」


 「「「「「!」」」」」


 ふ。


 協力者はどこにでもいる。



 *******



 それは、些細な始まりだった。・・・「てれび」とやらで以前見たという、芽衣の、織り機の記憶。


 「もっと大きな織り機を作って、みんなで織れば、おっきな絨毯が出来ますよ。色だって、もっと華やかなほうが、女の子は嬉しいし、みんなの気持ちも暖かくなりますって! ビタミンカラーって馬鹿に出来ないんですよ?」


 だめ出しされたのは、オーソドックスな生成りの絨毯。


 「幾何学もようは伝統ですし、残すべきだと思いますけど・・・他のデザインも考えましょう? 色糸沢山作っているんだから、華やかなお花なんかどうでしょー?」


 芽衣のおぼろな記憶によれば、「それ」は縦糸を張り巡らせ、その縦糸に色糸をくぐらせ縛りつけて糸をカットしながら作っていたと言う。


 ・・・昔ながらの室内織り機は、幅二メクル(一メクル=一メートル)程度の反物を一人で仕上げていく。


 絨毯はそれをかがり合せて大きな一枚にしていた。


 芽衣は、基本つくりは同じそれを、広間いっぱいに広げて作ろうと言った。


 無理だと思ったけれども、芽衣の瞳の力に押される形で、試行錯誤を繰り返した。


 結果。


 今までの織り機と違い、広い場所を有するが図案化した絵柄を細分化し、モザイク画のように、各自で受け持った場所のみ結び付けていけばいい。それなら、娘十人もいれば、できる仕事だ。


 不可能だと思っていたものが、一転、実現可能な出来事になった。場が一気に盛り上がったものだ。


 試しにと、言いだしっぺの芽衣とメリー、リリアナ、マルカが織った絨毯は、色糸をむすびながら織り進んだ、葉の緑と花の絵の華やかな一品はすばらしかった。


 「うわ、綺麗! 想像以上!」


 カットする長さを調節すれば、真冬の寒さにも対応可能な一品になるだろう。何より、大きな花のモチーフは女性の気持ちを掴んで離さないだろう。


 需要はあると確信した。


 何より、芽衣と同じ方向を見つめて試行錯誤する時間は楽しかった。


 だから。


 「芽衣と、手伝ってくれた娘羊たちに、牡羊たちから『クリスマス』をプレゼントします」


 ・・・ちなみにくりすますとは何かとはキカナイデくださいね。どうも、飾り立てた木の前でご馳走を食べてプレゼント交換するお祭りのようですから、各自プレゼントの準備に入りなさい。


 牡羊たちが、色めきたった。




 ********




 娘達はそこにいるだけで華やかだった。パーティだと聞いて喜んで来たのに。


 「何で、これに着替えなくちゃいけないのですか」


 「え、えと、爺様たちが、今日の衣装はこれじゃあああああって・・・」


 押し付けたあと扉を硬く閉めてしまいました・・・。押しても引いても開かないの。


 「芽衣ちゃん・・・」


 「あ、でも。これ、かわいいねー」


 頭を抱えているピンクの髪のメリー。

 じじいの言葉を律儀に復唱した芽衣。

 呆れてため息ついたリリアナ。

 楽しそうな匂いをかいだのか、乗り気なマルタ。

 屋敷に仕える娘羊たちも、目を白黒させながら衣装の山を見つめていた。


 「・・・あ゛」


 何かに気付いた芽衣が声を上げた。


 怪訝な顔を皆に向けられた芽衣は、苦笑いしつつ見つけてしまったメッセージを指さした。


 『着用せずもの、入室禁止』


 (((((ノルディさま・・・)))))


 まぎれもなく長さまの筆跡だった。


 なんの拷問だ、いったい。


 娘達の物言いたげな目線が、痛い芽衣だった。


 意を決して着用したドレスは、娘羊にとって人生初のミニスカートドレス。しかも色は鮮烈な赤。胸元飾るウールのポンポンが可愛いが、丈が嫌に短い淫靡な代物。真っ赤になりながら身にまとうも・・・膝下がすぅすぅして心もとない。


 あわせて用意された三角の帽子を手に、娘達は口の端をひくひくさせていた。


 「よ・・・よし。みんなでいけば、怖くないわね」


 「そだね!」


 「わたくし、是非ともこの衣装の出所を締め上げ・・・いえ、追及しますわ。ええぜひ」


 娘達はきゃあきゃあ言いながら着替え終わると、みんな揃ってせーので扉をくぐった。


 

 ******



 ・・・扉を開けたら。


 クリスマスツリー(?)がありました。


 紛れもないシンボル、緑の天辺に大きなお星様。


 色とりどりのリボンに、輝くベル。


 電飾のかわりに、それらがこれでもかと盛り込まれた、巨大なツリー。


 間違いなくツリーなんだけど、理性がそれを良しとしない。


 「牧草ツリー・・・」


 何で牧草。

 木、あるだろう、何でわざわざ大きくくみ上げてまで牧草の花束、もとい、牧草ツリーを作ったのか。

 ちょっとまってよ、ひつじさん!

 言葉に出来ないやるせなさに身を苛まれていると、周りで嬌声が。


 「「「「「わあああ、すごーい!」」」」」」


 ・・・娘さんたちのきらっきらした眼差しに、言葉を紡げなくなりました。


 「なんて素敵なデコレーションでしょう! 食欲がそそられますね」


 「わたし、あのりんごの飾られた束が良いな!」


 「私是非あのピンクのリボンで飾られた束を・・・」


 ・・・しかも、なんか盛り上がってる始末。


 「・・・みんな、今年はいい仕事をしてくれた。感謝している。これは、牡羊わたしたちからの・・・くりすますプレゼントだ」


 ご主人様の言葉に色めき立った羊族の男女がそれぞれカップルになって広間に散っていく。


 メリーさんもリリアナも、頬を染めつつ牡羊さんの腕に腕を絡めていた。


 ・・・牡羊さんたちも今夜ばかりは赤い服だ。


 右も左もサンタとミニスカサンタだ。なんだこのカップルだらけ。


 


 ・・・ご主人様、微妙にずれてます。




 「芽衣?」


 ・・・でも、私の顔を覗き込むように、心配そうに見つめてくれるごしゅじんさま。

 一生懸命準備してくれたんだってわかってます。


 「その、ご・・・のるでぃさま。素敵な贈り物をありがとうございます」


 「芽衣。めりーくりすます、です」


 「はい。素敵なクリスマスありがとうございます、メリークリスマス、ノルディさま」


 そのあと、綺麗なリボンでデコレーションされた、牧草の花束を手渡された私は、ノルディさまに抱っこされながらケーキを食べる羽目に陥りました。


 ご・・・ノルディさま、わたくし落人でございますから、娘羊さんみたいにもっしゃもっしゃ牧草食べられませんって。


 でも、うれしい。


 ノルディさま、爺様、ちいさきもの。


 みんな、めりーくりすます!




 

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