羊の国から桜だより
拝啓。
はるか異世界にいらっしゃる、お父様、お母様、お元気ですか?
梅は咲きましたか? 桜の花は如何ですか? 桃の花はまだかしら。
連翹も、沈丁花も、つつじ、木蓮、雪柳も、先を競って咲き誇っている頃でしょうね。
庭の水仙は咲いたかな? 毎年植えていたチューリップ、今年の色は何色かな?
一面の芝桜は、今年もきれいでしょうね。
山間のあの町は、雪解けを向かえ、春めく花の競演で、さぞや見頃でしょうね。
目を閉じると浮かびます。五感があの姿、あの香りを覚えています。
・・・大丈夫まだ覚えてる。
花見山の見事さは、言葉には出来ない。
鶴ヶ城の千本桜は、そこにいるだけで時代を超えてタイムスリップしたみたい。
夜ノ森の桜は、文字通り夜風に吹かれて行くべきだと思う。
田村市の夏井川の千本桜はまるで夢のよう。
会津の石部桜も、三春の滝桜も、美里の伊佐須美神社の薄墨桜も、たった一本の桜にあれほどの感動をもらえる。
信夫山の紅しだれだって時間を忘れて見入ってしまうんだ。
南湖公園、釈迦堂川、名だたる桜の名所には不思議な魔法がかかってるみたいだったね。
・・・もっと、あの景色を噛み締めればよかった。
何気ない日々の積み重ねが、いつも当たり前にそこにあるものが、離れてみると、こんなにもいとおしくなるなんて。
くすんと鼻を鳴らしたら、ご両親様のかわりにご主人様が飛んできて慰めてくれるから、心配しないでね、芽衣はひとりじゃないよ。
物申すならひとつだけ。
ご主人様、なんで、もふもふじゃないの・・・?
ごつごつした胸板が頬に当たって、心底、悔しいです。
********
「長老様。お山にピンクの花をつける木はありませんか?」
「嫁御、ぴ、ぴんくの花・・・?」
「はい。嫁じゃなくて芽衣です。ピンクの花です。五片の花びらか、もしくは八重なんですけど、色も白っぽいものから、濃い紅色までさまざまなんです」
むう、耄碌しちゃだめよ、爺様ー。誰が誰の嫁なのさ。孫かと思えば娘と言われ、さらに嫁かー・・・やれやれ、末期だな・・・。
遠いところを見つめていたら、爺様ズが顔を突き合わせ、あーでもない、こーでもないと論争を始めた。
「ピンク。ピンクのぅ・・・」
「そんな花をつける木があったかのぅ」
「りんごは白いか。それにまだじゃし」
くりんと小首を傾げる爺様ズ。
これはこれで癒し効果が無いとも言えない・・・。限定羊型でお願いしますけどね!
「・・・のぅ、あれじゃないか。にがーい実しかならない、花だけの」
「ああ、あれはたしかにピンクじゃぁ」
「ああ、あの役立たずかぁ」
「・・・花は見事だが、その後うまい実もつけないし、いろいろと用途に困る木なんじゃよー」
「・・・役立たず・・・うん(がっくし)たぶんそれです・・・」
さくらんぼは、改良品種だからなー。見っけても改良しないと無理そうだー。
用途ね、用途・・・桜の花や葉っぱは塩漬けにして、桜餅の原料かな。後はスモークチップの材料か・・・。
そんなことを考えながら、爺様に教えられたとおりの道を通り、春先の山の中で子羊たちと、ようやく第一山桜を発見しました!
遠目でも空に溶け込む桜色が見えます。
「みんな、あの桜色の雲のところまで頑張って歩こうね!きっとお弁当美味しくなるよー」
そう発破をかけて子羊たちと歩いた。
桜の素晴らしさを、こっちのみんなにも伝えたいと思って、始めた遠足だけど・・・この木、爺様ズに聞いてた以上にすごいや・・・。
到着そうそう、ぱっかりと口をあけて見上げてしまった、それ。
「「「「「「うわああああ」」」」」」」
子羊たちも絶句した。
天から降るピンクの星のようだ。さわさわと音を立てて揺れている桜の古木。八重桜のしかも枝垂れは見事だった。
「めぇちゃん、良いにおいするねー」
「かいだことない、においだねー」
「あのね、これが桜の香りなんだよ」
「さくらー?」
「さくりゃー?」
「さくらー?」
「おし。ではみんな、この木の根元に座りましょう!」
シーツを敷いて、その上にあたたかいラグを敷いた。それから背負ったリュックを下ろした。
わたしの周りに子羊たちが腰掛ける。
おのおの背負ったリュックからお弁当を出していた。
わたしはと言えば、朝かまどで焼いたパンに、春の野菜サラダに、果物沢山。
子羊たちが道々摘んだ、ヨモギやタンポポ、スミレやギシギシ、葛の新芽に、ウコギの新芽なんかも並んでいる。道草。立派なおやつだ。
羊のお乳で作った、ちょっぴりしょっぱいチーズを配り、羊さんのミルクをみんなのカップに注いで準備完了。乾杯。
もしゃもしゃと食べ始める子羊を見て癒されて、桜を見上げて癒される。
木漏れ日が、きれいで、涙が出そうになる。
「・・・石部の桜か、滝桜みたいだなー・・・見事だわー・・・」
なのに、爺様方には不評なお花だなんて。
基本実のなる木が珍重されるのはわかるけど、実がならなくて使い道がないから厄介者扱いなのが悔しかった。
だって桜は日本人の花だ。
「実がならないくらい何よー。滝桜なんて地域経済に貢献して観光の底上げしてるのにー・・・」
ううむ、と小首を傾げる。
「花見の習慣がないから・・・だな。きっと・・・」
この世界では、花を愛でる習慣が無い。
きれいな花はきれいだね、で終わるのだ。
やはり、ここはひとつ一肌脱がねば!
「おなか、いっぱい」
「おなかぽむぽむー」
「ぱむぱむー」
ぐぐっと気合を入れていたら、子羊たちの気の抜けまくった声に現実に引き戻された。
おとと、忘れるとこだった。
「そうだ、今日は、デザートも持ってきたのよね」
「「「「「わーいわーい、めえちゃんのでじゃーとっ!」」」」
ぱあっと明るい顔で手放しで喜ぶ子羊たち。周りをぴょこぴょこ飛び跳ねて、とても可愛い。
彼らにいろいろ作ったものは、好評なんだ。
・・・お山の天辺で摘んだ、香り草の次にだけどね。
「ふふん。香り草には叶わないかも知れないけど、これだってすごく美味しいよー」
その彼らの目の前に、わたしはあるものを取り出した。
四角い箱の中にみっちり入った、黒いもの、黄色いもの、つやつやした透き通ったもの。
小豆もどきで作ったあんこ。大豆もどきで作ったきなこ。しょうゆもどきで作ったみたらしたれ。
本当は黒ゴマも入れたかったんだけど、ゴマってものすごい高級品らしくて・・・。くるみもどきも探したけど見当たらなかったので、今日はこの三品。
あんこ、きな粉、みたらしを迎えるのは、色艶も良い緑の草だんごだ!
結構かさばったけど、やっぱり、これが無いとお花見は始まらないよね!
「・・・なに、これ。めえちゃ・・・」
「おだんごよ! お花見団子って言うの!」
「「「「「「おだんご?」」」」」」
「甘くて美味しいよ。ほら」
ひとつ楊枝で刺して自分の口に入れた。懐かしい味に自然頬が緩む。
見慣れないものでも、子羊たちの好奇心は果敢に挑戦を叫んだようだ。わたしを真似て、ひとり(いっぴき?)が楊枝でひとつをつまみ上げ、口に入れた。
もぎゅもぎゅもぎゅ。・・・ごくん。
「・・・・・・」
じっと見続けると、真剣な子羊の頬がばら色に染まり、ぱああっと花が開いたように明るくなった。
「・・・・・・っぉいしーっ!!!」
・・・ふ。勝った。
身振り手振りで如何に美味しいかを伝授しようと子羊約一名は頑張ったが、その前にみんながお団子に殺到した。
「めえちゃん、これ美味しいねー! あまーい草の味がしたよぉー?」
「・・・(反応するのはやはり草か・・・)うん。ヨモギいれたの。おいしいでしょー?」
「ヨモギー?ヨモギってこんな味だっけー?」
不思議不思議と子羊たちが群がってくる。
口の周りにあんこついてたり、きな粉ついてたり、果てはみたらしのたれで貴重なもこもこが・・・のおおおおおおっ!!!
でも、慌てない。
芽衣はベビーシッターを極めるのです。
ぬらしたタオルで、順々にやさしく毛並みに沿って食べこぼしをふき取ってやる。
うん。いいこ、いいこ。
「・・・茹でてすり潰して粉に混ぜて、蒸して搗いたの。また作ってあげるね」
「ふううううん。むずかしいんだねー。でも美味しいの嬉しいの。また作ってねー?」
まさにその時閃いたの!
「おおお、お花見団子・・・!盲点だったーっ!!!」
「「「「「めえちゃん・・・?」」」」
きょとん。
小首傾げる悩殺ポーズの子羊たちに、あやうく鼻血ふきそうになったよ・・・。
なんて可愛らしいの、キミタチ・・・!
「ぉぐぅっ!・・・だ・・・だいじょぶ、大丈夫・・・(親指ぐっ)」
はぁはぁしながら鼻血をふき取るわたしってやっぱり変態なのよ。
**********
「・・・で」
白銀のノルディは、優美な眉を痛みをこらえるように寄せた。
頭痛が、する。
気のせいではあるまい。
「ええとですね。その後、速攻で帰って、爺様・・・長老様にお伺いを立ててー、で、長さまの許可が必要なんだといわれまして」
「・・・・・・(またあのじじいども)」
白銀のノルディはそっと目をそらした。
・・・本音であれば逸らしたくはない。
誰にも見せないように部屋の鍵は速攻でかけた。芽衣は気付かなかったようだ。無防備ぶりを喜ぶべきか、しかりつけるべきか。
だが、邪魔者はいないのは明白だ。おそらく爺どもが壁に耳を押し付けて中を伺っているだろうが、邪魔はしないだろう。
だが、その手に乗ってたまるものか。芽衣の貞操は守る。守るべきだ。守られるべきだろう。・・・そうだな、自分。
・・・だが、刺激が強すぎる・・・。
何考えてるんだあのじじいども。
「ご主人様ー?」
芽衣はいわゆるベビードール型のメイド服に身を包んで、小首を傾げてわたしを見上げてきた。
その濡れて艶めいた赤い唇に、ちらり覗く可愛い舌先に。大慌てで顔を背けた。
くぅっ!
芽衣、君のそれは挑発か!?
挑む気なら受けて勃つ。いやいや、勃ってどうする!
・・・落ち着け、おちつけ、俺。
これは陰謀だ。爺どもの言いなりになって、愛しい芽衣に襲い掛かってどうする・・・。
「その。それは・・・?いつもの服ではないでしょう?」
搾り出した言葉に、きょとん。として、芽衣は両手を横に広げた。
淡い桃色の薄い生地で作られた、一見ふんわりしたミニ丈ドレス。
あの布は、生まれたばかりの子羊の、細い毛で織られた、数の少ない貴重な布だ。一見すると絹と見紛うが、列記とした羊毛布だった。
そんな貴重な反物で、なんて淫靡なものを作ったんだ!
・・・あとで金一封だな。
いや、いや。こほん。
「・・・ええと、『羊族伝統衣装で、春先のこのシーズンにはこれを着て、夕刻長さまのところに行く慣わし』だと・・・」
「ありません! そんな慣わしありませんから! どんな罰ゲームですか!」
「え。・・・罰ゲームなんですか?じゃ、わたしの提案はやっぱり認められないということなんですね?」
衝撃うけて落ち込む芽衣に、もっと慌ててしまった。
「あ、いや、違います!(どっちかと言えば罰を受けているのはわたしのような気がします) それにそのドレス、似合ってますよ!(そのまま押し倒したいくらいに)・・・こほん。ああ、芽衣、提案ってどんな提案なんですか?」
しおれた芽衣を見ていたくないから、強引に話を摩り替えた。
顔を上げてくれないか。
まっすぐ見つめるその瞳に、わたしを映して欲しいんだ。
「・・・あの、お花見です。向こうの世界では春のこの時期、満開の桜の下でお弁当食べたり、お酒を酌み交わしたりするんです。馬鹿騒ぎをする人もいますけど、基本、みんな秩序もって、静かに桜を愛でるんです。とてもきれいなんですよ?」
そう呟く芽衣を見て、ピンクの花の精霊なのは、そのままの君じゃないかと思った。
そして、合点がいった。
「その台詞そっくりそのまま長老たちに言いましたね・・・?」
大きく溜息をついた。
「え、はい。言いました」
「・・・・・・・・・・・・納得しました」
だから「桜」のような、薄いピンクのひらひらなんですね・・・。
あのくそじじい。
実にナイスじゃないか。
「・・・良いでしょう。お花見を許可します。しかしその衣装は、わたしの前以外では着てはいけませんよ?」
しっかり釘を刺しておかなければね。
じじいども、こんな淫靡なものを着せて、あとで目にモノ見せてやる。
・・・うまい香り草で良いかな・・・。
「あ、はい。長老様たちにも言われてます。これってご主人様の前でだけ着る物なんですって。約束を破ると大変な目にあうって言われました。でもご主人様、この服、用途不明な切り込みや、開いてちゃいけないはずの所に穴開いてたりするんで、ヘンなんです・・・丈も短いし・・・」
屈めないんで仕事にならないんです。
でも、なんでこんなヘンなとこ切れ込み入ってるんでしょう?
製造元に抗議しなきゃいけませんかね?
「いえ・・・たぶん、そう言うものなんでしょう・・・(目を逸らし)」
・・・淫靡な恋人同士の為のコスチュームなんですから・・・。
本来の使用方法を知ったら、芽衣はどんな反応をするだろう?
「・・・でも芽衣、二人だけの時はまたそれを着てくださいね? 長老たちが君の為に準備したものだからね」
「そ、そうですね! 感謝してます!」
(いや、感謝はしちゃダメだ)
頭が痛いのは、きっと、気のせいじゃない。
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ともあれ。
芽衣率いる「第一回羊族お花見大会」はこうして開催された。
あんこと、きな粉とみたらし団子は羊族に好評だった。
まさに、花より団子。
その年、山桜の元へ続く山道が整備され、翌年からは各国の観光客も来る、目玉スポットとなる。
・・・峠の茶店に、例の小冊子がおいてあったりして・・・。
順調に信者獲得中。