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羊の国からこんにちは。

狼族、猫族、豹族ときたので、癒し系。

拝啓 お父様、お母様へ


おもえば、遠くにきてしまいました。

ご両親様とは、もう遠く、住む世界すらたがえてしまいました。

口うるさくはあったけれど、愛してくれていたこと、心から感謝します。

ひとり、遠くはなれた身知らぬ場所で、心細くもありましたが、今は仕事もいただいて幸せに暮しています。

どうか、嘆かないでください。

いなくなってしまった貴方の娘は、今、この上なく幸せに暮しているのですから。


・・・遠く異世界の空の下で!


ただ、心残りがひとつだけ。

お父様、お母様。私の部屋の押入れの中のダンボールの中身だけは、どうかどうか、目を通さずに。

のぞいたら最後、あなたの知らない世界へご案内されちゃいます。

その筋の友人が、弔問の際に引き取って行ってくれる手はずになっておりますから、どうか手を触れないでくださいね。

腐女子の絆は舐めたもんじゃないのです。


貴方の娘より。


 *********


 それはある晴れた日。


 空に浮かぶ雲を見ながらのんびり歩いていた時のこと。

 あ、あの雲おいしそう、などと考えていたからイケナカッタノデス。

 はっと思ったときは足元に大地が無かったのです・・・。

 往年のマリリンが示した例のポーズを披露しつつ、落ちること約十数分。長かった。

 走馬灯のように脳裏に浮かぶあれやこれ。

 ばすっけっとぼーるを持った赤い髪の人が黒い髪の人とハイタッチをしたあたりで、なんか可笑しいな、と思い当たり、冷静になった私です。

 しかもそのときは衝撃とともに訪れると思っていたのに・・・なんでしょう、ぽふん? ぽわん?

 綿菓子のような感触に、驚いて目を見開いてしまいました。


 ・・・これは、あれでしょうか。

 夢ですかね。

 ひとつつねって見ましょう。はい、むぎゅうう。

 「・・・いたい」

 どうやら夢ではなさそうです・・・。


 ・・・この世界は異なる種族の暮す世界であるようですね。

 のどかな田園風景の中、真白い毛玉の群れが。もこもこ、もふもふ。ふかふかと。

 「あ、え、ちょっ・・・」

 ああ、もふもふ。超気持ち良い・・・! いや待てわたし。

 なにこの、天然羊毛。ふわふわで、もこもこで至福とはこのことですね! だから待て、私。

 あああん、このもふもふの海・・・! なんかほかにコメントあるべきだろう、わたし!


 ・・・でも、羊さん、その洋服意味無いんじゃね?

 奇妙なことに服を着た、羊の群れがそこに存在した。


 ・・・稀に、人間族の落人おちゅうどが、落ちてくることを熟知している彼らは、落ちてくる異邦人を助けようと集まって来たのだが・・・そんなことこの娘には分からない。


 彼らは、娘を歓迎するようにメエと鳴いた。


 地面に降りて始めて、あー、私死にっぱぐれたんだと思った。

 だって私を支えてくれてた大きい羊さんの頭には立派な立派な、角が。

 それはもはや凶器。刺さってたら死んでいたに違いない。

 つくづく妙な運の良さに感心しつつ、顔を上げて背中で受け止めてくれた百パーセントウールな彼に頭を下げた。


 ・・・彼の瞳は温和な青色。


 これが、私の御主人様との出会い。


 ********


 「めえちゃん、めえちゃん、お腹空いたなの」

 白くもふもふな毛玉もこもこな物体が、ころころと転が・・・んん、歩いてきてそう言った。

 ああん、そうなの? じゃ、こっちの牧草はどうかしら? 鉄分豊富な緑黄色野菜ですよー!

 口直しに刺激の強い草も取り揃えておきましたよ? 甘くとろける食感の草だって用意しましたとも!

 背中を駆け上る、この快感。この感覚は癖になりますね。

 「めえちゃん、ここの綿毛がね、絡まっちゃって・・・」

 白もこもこの中にも気品を感じさせる獣人の子供が、手を前にもじもじするけど、その手が・・・前に回そうとしてもとどかな・・・うぐっ。いかん、鼻血が・・・。

 もじもじのあまり、手で毛をもてあそぼうと!

 あ、あ、引っ張っちゃダメ! 私がやさしく梳いて上げるから!

 みてみてこの為にお隣のバリデス様の抜け替わりの毛をもらってきたの! ナミちゃんに頼んだらにっこり笑顔でくれたのよ!

 狼の毛で作ったブラシなんて素敵でしょう? ・・・あら、やだ。大丈夫、次はホワイトタイガーも狙ってるし、豹の毛だって狙ってるわ。各種王者の毛で作られたブラシなんて、素敵でしょう?

 あららあ? いっそうお尻が引いてるわよお。

 「ふふ・・・ふふふ。ふふ。ふふふふふ」

 かわいいわ。そのへっぴり腰な感じ。

 好いのよ好いのよ。狼は天敵だものね? その毛だといえども畏怖の対象なのね?

 うふ。うふふふふ。じゅる。

 あ、いけない。ついつい、よだれが。

 右手で口元をぬぐいつつ、片手に掲げた狼ブラシをちらつかせながら、そ~っと、そ~っとおびえて縮こまる子羊たちに近寄った。

 「芽衣。・・・それぐらいにしてはくれまいか・・・」

 心底、・・・心底、疲れたように待ったがかかった。・・・ち。


 目が半眼になっているのが分かる。でも無理。あのラブリーでキュートな中に畏怖の影が浮かぶお姿ならまだしも!

 座りきったまなざしをすっと流せば、そこに佇むは、壮麗な主。

 何で、人間の格好なのおおお・・・。

 「毛づくろいと、羊毛の管理が私の仕事であると理解しておりますが、ご主人様」

 羊族のすべてを統べる主さまでわたしのご主人様、ノルディさまが立っていました。

 衣食住、すべてにおいてノルディ様がいなければ、保護される落人といえど、生活に苦労するはずです。


 ・・・豹のご主人様、カーク様のところでリナちゃんは女主人として君臨しているけどね。

 文字通り女王様だ。鞭が似合う。似合いすぎる・・・。

 うなる鞭に影で女王様と崇拝されているらしいの。

 その上司で白虎のラヴィッシュ様とそのメイドで人間のリンちゃん。

 リンちゃんはラヴィッシュ様の屋敷で「ちいさきもの」と呼ばれているわたしたちからすれば子猫としか思えない生き物のお世話をしてます。

 他にも黒狼のバリデス様の屋敷でメイドをしている落人、ナミちゃん。今のところこの三人がこのあたりで生活している落人だそう。

 そんで四人目が私、岸 芽衣なのです。


 芽衣と呼べないこの子達に、めえちゃんめえちゃんとどっちが羊か分からんぞーな状態のあだ名で呼ばれてます。

 ただ一人、正しい発音ではっきりと名を呼んでくれるのがノルディさまです。

 白銀の髪に青の柔らかい瞳の美人。

 ああ、毛皮もふもふで来てくれたら、もう少し愛想も考えないでもないけど・・・。

 「お言葉ですが、ご主人様。バリデス様の毛ブラシで梳いておけば、捕食対象から外れることが出来ますわ。彼らのボスがマーキングした事と同じなのですから」

 「だが、そのおびえ具合、かわいそうだと思わぬか?」

 その言葉には笑って力説しておいた。

 「かわいいじゃないですか!」

 特にこのおびえっぷりったら、イケナイ妄想に走りそうで困るくらいですわ!!

 「では、その・・・私の毛づくろいも頼みたいのだが・・・」


 な・ん・で・す・と!


 はあはあしながら血走った目で、ノルディ様見てしまいましたよ。

 確実に引いた感じが漂いますが知りません!

 ノルディ様が頬を染めていたよな気がしますが気のせいなのです。

 「・・・それでは、あのお姿になって下さると言うことですね・・・」

 あの、雄雄しくも逞しいもふもふの王!

 巨大な角も優美な、長毛種の鏡のような立ち姿。あの悠然とした彼を見たのは、悲しいかな、数えるほどでしかないのです。

 あの憧れのもふもふの王様に、こ、このブラシを入れることが出来るなんて・・・!!!

 メイドブラボー!

 異世界万歳!

 来たれもふもふの神!

 ノルディ様に、子羊たちががんばれー、とか、もう一声! とか発破をかけていたけれど、この際そんなものは無視!

 期待に満ちたまなざしできらきらきらと見上げたら、ノルディ様はほんのり頬を染めて目を伏せた。


 ・・・まあ、ね。その後も私の仕事は、毛づくろいです。対象物件がすこーし変わりましたが。

 もふもふは変わらず。サイズかな、問題はー。

 ・・・ああ、でもさ。生殖可能だったなんてもっと早く教えてほしかったなー・・・。


 いろいろあったけど、私のいまの立ち位置は。


 なんでかな、ノルディ様の奥方です。

 

 だれだよ、羊って温和で優しくて臆病だなんてイメージ刷り込んだの。


 闘牛ならぬ、闘羊とうようってものがあるくらい、気性の激しい生き物だったなんて、もっと早く教えてくれよおおっ!


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