得られたもの。
掲載日:2026/05/22
ちいさいころ、おやがでかけて、おなかがすくと、いつもにいちゃんと、みずをのんでいた。
「みずのんでれば、はらふくれる。」そうおやもいっていた。
ところが、おおきくなって、いろいろなことをためしていると、とあるおとこがめについた。
そのおとこは、このよでもっともつよいといわれ、しょうぎや、まーじゃんでかつやくしていた。
なんとかそのおとこをよんで、しょうばいしたい。
そのねがいはききいられ、わたしたちのまちはきょがくのおかねをていれた。
「こいよ。りく。」
そういわれ、のっそりとおもこは、しんかんせんでくる。
あいかわらずのんびりやで、あいかわらず、つよい。
わたしたちは、かんしゃもあったが、なにぶんらんぼうなぶんかなので、おとこもとまどったにちがいない。
おとこがきてからは、きぼうもみえた。
「またおいでね。」そうこえをかける。
「わかっているよ。またよんでね」
そういいおとこはさった。
「おさわりくらいいいのにね、」
なにぶんぶきようなところもあるから、くしょうしてしまう。
こっちはおとなだ。またよんでかねもうけするか、そういい、ちちやははも、よろこぶ。
じゅうねんまえはみえなかったきぼう。
それはきっともうすぐそこにあるのだ。




