エピローグ
エピローグ
銀行づくりは難航をし、晃政はここ二カ月ほどまともに家に帰れていなかった。
先の時代は多くの私立銀行が設立していたが。今は条件が厳しくなっていた。また、閉鎖や解散する銀行もあった。
経営が危ぶまれた銀行をいくつか買い取り、合併し、平野銀行をつくろうと、晃政は奮闘していた。
「政府や他の銀行との調整、営業などやることが多いんだよ。仕事が多くて、終わらない。体が一つじゃ足りないんだ」
珍しく屋敷に帰ってきた晃政が馨に愚痴る。ここ一月ばかり、まともに顔を合わせていなかった。
目の下には大きなクマだ。
馨は晃政のことが気の毒になった。
銀行が軌道に乗ったら、寝ることができるのに。このまま長引いたら、健康を害するに違いない。
かといって、頑張っている晃政さんの夢をつぶすようなことは言えない。
どうしたら晃政さんが元気になるだろう?
「私のため、進くんのために晃政さんがんばって」
心配になった馨はお願いすることにした。
「そうだったね。結婚して、ここ、帝都の家に毎日帰り、馨とずっといるために銀行を作ることにしたんだ。僕たちの新婚生活のために! 進の教育のために、俺はあと少し頑張る!」
晃政はきりっとした顔になった。
「そうです、晃政さんならできますとも!」
馨は応援する。
「馨さん、銀行を設立できたら、結婚してください」
「ええ、もちろん」
馨は思わず返事をする。
「本当かい? 二言はないよね」
晃政は笑いながら馨を抱きしめた。
「はい」
嬉しそうに馨は小さく頷く。
晃政は馨を両腕でしっかり抱きしめ、クルクル回る。
「あ、晃政さま?」
「ああ、馨と早く結婚したい。一緒に寝たい。早く銀行作らなきゃ」
一緒に、ね、寝たい?
馨は顔が真っ赤になる。
「一緒に寝たいってことは、まあ、寝たい。ゆっくり寝たいんだという意味もある」
晃政は、失言したことに気が付き、顔も耳も真っ赤になっていた。
「ああ、二人で何しているの? ずるい! 僕も遊んでよ」
久しぶりに帰ってきた晃政を進は見つけ、駆け寄ってくる。
「ああ、一緒に遊んでやる! ほら、飛行機ごっこだ。進が大きくなった気がする」
晃政は進を抱き上げ、クルクルと回った。
「ねえ、おじさん。もう仕事終わったの? 遊んでいていいの?」
「……。すまん。まだ終わっていない」
進の飛行機ごっこは終わった。
がっくりと晃政は肩を落とし、寂しそうに遠くを見つめる。
「おじさん? 元気なくなっちゃった。どうしたの? 宿題は終わらせないとダメなんだよ」
「家に帰りたい」
「今、家にいるじゃない?」
「そうだけど、まだ仕事が残っているんだ。ずっと家にいたいんだよ」
一時的とはいえ、仕事量が増えて晃政は壊れていた。
晃政の顔は疲労の色が濃い。
「早く終わったら、遊んであげる」
進は晃政をなぐさめる。
「晃政さん、結婚式の準備を進めておいていいですか?」
馨は優しく聞く。
「うん、馨に頼んでいい? ごめんね」
「いいのです。私には史恵さんも君代さんもいます」
史恵と君代が大きく頷いた。
「結婚式するの? おじさんとお姉ちゃん、結婚するの? やった! お姉ちゃんと本当の家族になるんだね。僕も手伝う!」
「ありがとう、進くん」
「俺は結婚するんだ。今から会社に戻って、仕事の目途を急いでつけてきます」
晃政は馨と進をぎゅっと抱きしめて、また会社へ帰っていった。
晃政の銀行は海運橋(日本橋兜町)近くに建てる予定になっている。
衛生用品をつくる会社に融資したり、金銭面で会社を健全化したりするという。
きっと皆の役に立つ、よい銀行ができるだろう。
「馨様、素敵なお式にしましょうね」
史恵がほほ笑んだ。
「進坊ちゃまもおめかししないと」
君代が進に話す。
「ずっとずっとお姉ちゃんがこの家にいてくれるんだ。嬉しいな」
進は満面の笑みを浮かべた。
半年後。晃政と馨は祝言を上げた。
家族だけの式は和装にした。
綿帽子姿の馨をみて、晃政は嬉しくて泣いた。
がんばったのだが晃政の仕事はなかなか終わらず、晃政は激やせしていた。
「これからはもっと家族と過ごせるはずだからね」
晃政は祝詞を聞きながら、眠そうにしていた。
さっきまで仕事をしていたのだ。三日間寝ていないらしい。
「お式が終わったら、ゆっくり休んでくださいね」
「ゆっくり? そんなの、無理に決まっている」
晃政は熱い目で馨を見る。
馨の顔はポッと赤く染まった。
しばらくして、銀行のオープニングパーティーと共に、経済界の面々に結婚の報告をすることになった晃政と馨はもう一度結婚式をすることにした。今度は洋装である。
シャンデリアの煌めく大広間に白いウェディングドレスとヘッドドレスを身に着けた馨と、紋付き袴の晃政が登場し、会場を沸かせた。そして、「新銀行と美しい花嫁」という見出しと写真で新聞の一面を飾った。
インパクトのある宣伝効果のせいか、平野銀行は新しい人生にぴったりの、幸せになれる銀行と密かに人気になっていた。
北条昭一は、石鹸工場の経営を引き継ぎ、大阪、福岡と工場を広げることに成功した。アジアへ向けての輸出を考えているらしく、晃政の銀行に融資の相談をしている。
城之内美智子は食のスペシャリストになることにしたらしい。兄の持っていたカフェーシャンゼリゼの経営やメニュー開発も任されたと自慢していた。
カフェメニューと缶詰のメニューを開発をするために、美智子は平野家にしょっちゅう出入りしている。
「馨さんと話していると、インスピレーションがどんどん沸くのよ。馨さんといっぱい作って、それからうちの料理人たちも試させるの。多くの人が再現できないといけないから、レシピもきちんと作らせているわよ。それをカフェシャンゼリゼのほうにも出したりして、うまく循環させているの。缶詰も一般的に受け入れられるようになってきたし、一石二鳥よ」
美智子は胸を張る。
「料理長やお姉ちゃんが作るから、いつも美味しいんだけど、美智子さんが来ると、変わったものがうちの食卓に出るんだよね」
進は苦笑いする。
「進くんがいつも試食してくれているのよね」
馨はほほ笑む。
「缶詰事業も好調で、アジアへ輸出しないかって話が出ているのよ」
「まあ! 美智子さん、よかったじゃない」
美智子と馨は手を取り合う。
「じゃ、おじさんと僕の会社で輸出したらいいよ。ね?」
無邪気に進が晃政を見た。
「忙しくなるな……」
晃政は遠い目をした。
「石鹸も頼むよ?」
昭一がだめ押しする。
「晃政さん、がんばってね!」
「もちろんだもの。これから生まれてくる子どものためにもね」
「子ども? 赤ちゃんができたの?」
進の顔がぱっと輝いた。
「おめでとう!」
「おめでとうございます」
昭一と美智子が祝う。
史恵と君代もそっと涙を指先で拭った。
了




