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煙と灰のエアロスカール  作者: 犬山三郎丸


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境界の影

第7章境界の影

朝の底は昨日より詰まっていた

蒸気の唸りに荷車の軋みが重なり、配管の鳴きに人の声が乗る

音が増えると通りは狭くなり、狭くなると止まった場所が目立つ


工房の入口で堂島は立ち止まった

中に入ればいつもの仕事がある、並べて、見て、止めるべきところだけ止める

それは安全だが、昨日、門で分かった、工房の中だけ整えても、境目で止まれば同じだ


堂島はリコットに言う

「今日は昼まで門の方を見てくる」


リコットはレンチを鳴らしたまま目だけを向ける

「見てくるって、何を」


「昼の混み方と止まり方」

堂島は言葉を整えて続ける

「夜は段取りが通るかどうかだった、昼は人が多い、止まる理由も違うはずだ」


リコットは肩をすくめる

「なるほど、観察ね、了解」

「工房は私が回す、門の段取りは任せたままでいい」


堂島は頷く

「了解、昼までに戻る」


入口の影でシルビィが外套の紐を結び直していた

堂島が声をかける

「今日は拾いに行くのか」


「行く」


堂島は少しだけ言葉を足す

「危なければ、袋は捨てていい」


シルビィは一拍置いて頷く

「捨てる」


それで線が決まる

堂島は門へ、シルビィは底の奥へ、別行動だ



---


境目に近づくほど道は固くなる

板の継ぎ目が減り、壁材が新しくなり、灯りの数も増える

綺麗だから息が詰まるわけではない、拒むための仕組みが濃くなるからだ


門の前で人が止まっていた

木箱を二つ抱えた男が三人、警吏が二人

通行人は見ないふりをして通り過ぎる、関わらないのが底の距離だ


堂島は少し離れた影で耳を澄ませる

声は荒れているが、殴り合いにはならない、ここは門だ

揉めたら負ける


男が言う

「昨日はこれで通った、今日は何が違う」


警吏が淡々と答える

「封が違います」


「違うって、結び直しただけだ」

男の声が上がる

「ほどけたから結び直した、それの何が悪い」


警吏は表情を変えない

「封は荷の外側です、外側が変わると中身を疑う理由になります」

「疑いが出たら確認します」


別の男が言う

「確認ならここでやれ、開けて見れば終わる話だろ」


警吏は首を振る

「ここは通路です、検品は外窓口でします」

「順番に並んでください」


男が苛立つ

「外窓口に回されたら昼が潰れる」


警吏は事務の声で返す

「潰れるかどうかはあなたの事情です、門は順番で動きます」


堂島は箱を見る

封の紐が新しい、結び目が固い、急いで結んだ形だ

封が変わった時点で止まる、控えがあれば話を戻せる、控えがなければ戻す材料がない


堂島は影のまま口を開いた

前に出ない、口も広げない、確認だけだ


「控えはあるか」


男たちが一斉に堂島を見る

余計なことを言うな、という目だ

堂島は視線を逸らさない、言葉だけ置く


男が吐き捨てる

「控えなんか取ってる暇があるかよ」


堂島は頷く

「ないなら止まる、門はそういう所だ」


警吏の一人が堂島に目を向ける

服を見る、立ち位置を見る、影にいるかどうかを見る

それで分類してから声を出す


「あなたは関係者ですか」


堂島は答える

「工房の者ではない、段取りを覚えているだけだ」


警吏は一拍置く

名を言う

「エリック」


名を出すのは距離を詰める行為だ

警吏が外側にそれをするのは珍しい


エリックは男たちに向けて言う

「封が違うなら外窓口です」

「ここで騒いでも順番は変わりません」


男が食い下がる

「今日中に渡さないと向こうが止まる、頼むから通せ」


エリックは冷たくも優しくもない声で返す

「止めたくないなら、止める理由を持って来ないでください」

「封がほどけるなら、ほどけない形にする」

「控えを取るなら、封が変わっても戻せます」


男は歯ぎしりする

「分かってる、でも忙しいんだ」


エリックは言い切る

「忙しい日は、門が一番忙しい」

「だから余計に例外は出ません」


男たちは舌打ちし、箱を引いた

揉めない、揉めても得がないからだ

底の人間は撤退も早い


エリックは男たちが去ったのを確認してから堂島へ言う

「今の、あなたの言い方は正しい」

「控えがないと、封を直した瞬間に逃げ道が消える」


堂島は頷く

「夜も同じだった、昼はもっと顕著だ」


エリックは周囲を一度見回してから声を落とす

「門の中で説明しようとすると拘束になる」

「話は門の外で終わらせてください」

「門は仕組みです、気分で動きません」


堂島は短く返す

「了解」


エリックはその返事を聞いて、ほんの一瞬だけ表情を揺らした

言いたいことがある顔だが、言わない

警吏としての線を守る


「行ってください」

それだけ言って持ち場に戻った


堂島は背中を見送る

法に従う側の硬さがあるが、底の詰まりも見ている

その両方を抱えている目だった



---


一方、シルビィは底の路地を歩いていた

拾う場所は決めていないが、避ける場所は決めている

人が密な所、逃げ道がない所、声が荒れている所

危険を探すのではなく、危険が起きにくい所を選ぶ、それが底の癖だ


配管の影に金具が落ちている

煤で黒いが変形は少ない

シルビィは膝をつき、手早く袋に入れる


その時、足音が一つ増えた

軽い、近い

距離が縮む


シルビィは振り向かない

振り向くと理由を与える

底ではそれが面倒になる


「それ、置け」


若い声だ

シルビィは立ち止まり、低く返す

「ない」


「嘘つくな」

足音がさらに近づく

「袋、よこせ」


奪う側の理屈は単純だ

相手が弱ければそれでいい

シルビィは袋の価値を頭で弾く、銅貨数枚、命を乗せる価値ではない


シルビィは袋を足元に落とした

相手の視線が落ちる

その一瞬で横に出る


走らない

走ると追われる

歩幅だけを変えて、人のいる方へ向かう


角の向こうに女が一人いた

荷を抱えている

目が合う

女は何も言わないが、視線が動く

それだけで証人になる


若い足音が止まる

舌打ちが一つ

次の瞬間、足音は遠ざかった


シルビィは戻らない

袋は拾わない

置いたまま離れる

息を吐くのは角を二つ曲がってからだ


底は危険がないわけじゃない

だが常に怯える場所でもない

だからこそ、怯えを見せた瞬間に刈られる



---


夕方、堂島が工房に戻ると、リコットは手を動かしたまま顔だけ上げた

「どうだった」


堂島は要点だけ言う

「昼は封が崩れた時点で止まる」

「控えがない荷は外窓口に回される、ここで揉めても通らない」


リコットが言う

「夜だけじゃないってことね」

「昼は人が多い分、逆に融通がない」


堂島は頷く

「警吏のエリックと話した、段取りの話が通じる」

「門の外で終わらせろと言われた」


リコットは少しだけ真面目な顔になる

「門の中は危ないってことか」

「拘束、ってやつ」


「そう」

堂島は短く返す

「説明しようとすると内側に入る形になる、だから門の外で整える」


入口の影が動く

シルビィが戻ってきた

袋は軽い、裾に煤が増えている


リコットが先に聞く

「拾えた」


シルビィは短く答える

「少し」

一拍置いて、必要な分だけ言う

「取られそうになった、袋は置いた」


リコットが息を吐く

「怪我がないなら正解」

「底の銅貨で骨は買うな」


堂島はシルビィを見る

聞かない、詰めない

ただ頷く

捨てるという枠を守った


堂島はリコットに向けて言う

「工房の順番と同じだ」

「外も、止めるべき所を先に決める」

「封、控え、手渡しの順番、ここを削らない形にする」


リコットはレンチを置かずに言う

「任せた線は生きてるってことね」


堂島は短く返す

「了解」


入口の影で、シルビィが小さな紙を出す

ほんの短い時間だけ

単語を二つ書く


『門 封』

『袋 置く』


すぐしまう

危険のない瞬間だけの記録だ


夜、工房の音は細くなる

昨日と同じ区切り

だが堂島の中では違う


工房の段取りだけでは足りない

境目の段取り、底の段取り

守る順番が増えていく


門にはエリックがいる

法の側に立ちながら、法の形が人を削ることも見ている男がいる

堂島は今日のやり取りを思い返す


明日も門はそこにある

止める理由も、通す理由も、同じように用意されている

堂島はそれを、段取りとして覚えていくしかない

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