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煙と灰のエアロスカール  作者: 犬山三郎丸


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エアロスカールの狂気

第21章エアロスカールの狂気

翌朝、門の周りはいつもより静かだった

静かなのに、空気は重い

吐き口の修理で蒸気が止まり、列が消え、灯りの下だけが白く残っている

静けさは落ち着きじゃない

締め付けだ


工房に戻ると、客が減っていた

減ったというより、止められている

門の事故で中層側の受け取りが遅れ、工業側の動きが鈍る

鈍れば底にも影響が落ちる

落ち方は遠回しで、だから余計に嫌だ


リコットは工具台を叩かずに言う

「昨日の件、表向きは事故で片づけられる」

「でも中層の人間は、事故の形が似てるって気づいてる」

「口には出さないだけ」


堂島は頷く

「隠す方が都合がいいからな」

「隠しても止まるものは止まる」


入口の影でシルビィが紙を出す

ほんの短い時間だけ

単語だけ

『門 白』

『帽子 黒』

すぐしまう

記録はそれで十分だ


夜、エリックが来た

門の役人が底まで降りてくるのは珍しい

それだけ昨日の事故が重い

エリックの顔には寝ていない疲れが乗っている

でも足は迷わない


「堂島」エリックが言う

「昨日の切れ端、見せろ」


堂島は布包みを出す

机の上じゃない

影の位置で

見せる時間も短く

必要な分だけ


エリックは切り口を灯りに当てる

「切断工具だ」

「同じ癖が中層側の現場にも残ってる」

「刃の幅と、潰れ方が一致してる」


堂島が聞く

「捜査になるか」


エリックは一拍置く

「表向きはならない」

「上は事故として処理したい」

「だが俺は追う」

声が少しだけ低くなる

「個人的に頼む」

「門の外側の点を拾ってくれ」

「昨日みたいに、死角と順番を残してくれ」


堂島は即答しない

頭の中で線を引く

恩返し

自分の足場

この世界で生きるための手順

それが事件と繋がるなら、逃げ道にはならない


「……了解」堂島は言う

「やる」

「ただし、規則は踏まない」

「門の内側には入らない」

「例外は作らない」


エリックは短く頷く

「それでいい」

「例外を作ると、相手はそこから入る」


リコットがエリックを見る

いつもの軽口が薄い

「門の人間が、個人的にって言うの」

「よっぽどだよね」


エリックは視線を逸らさずに言う

「よっぽどだ」

「昨日、白い噴きが一歩ずれてたら、死人が出てた」

「次はずらさない」


シルビィが短く

「次」

言い換える

「来る」


堂島は頷く

「来る」

「だから先に止める」


その夜、堂島は寝台の端に横になった

シルビィの線は変わらない

端、触らない

距離は一枚分

それでも今は、その距離が安心になる

距離があるから守れる

守れるから続く


天井の暗さを見ながら、堂島は自分に問いを投げる

戻るかどうか

帰れるかどうか

それはもう、答えが出ない問いだ


代わりに別の問いを置く

ここで何をする

誰に返す

何を返す


居候の後ろめたさ

助けられた借り

工房で動ける場所をもらった借り

門で見逃されない手順を作れた借り

借りは増えていく

増えるほど、返し方も増える


堂島は小さく息を吐く

転生前、工場の夜勤で蒸気が噴いたことがある

誰かが弁を間違えて開け、白い息が通路に流れた

人は慌てて走り、走って転び、転んで立ち上がれなくなる

だから堂島は怒鳴った

走るな、押すな、壁に寄れ

手順を言葉にして、順番を作った

怖さを形にして、扱えるものにした


昨日、同じことをした

だから声が厳しくなった

厳しくしないと通らない瞬間がある

通らなければ誰かが倒れる

倒れたら終わる


堂島は暗さに向かって言う

「俺はここで、返す」

「返しながら、足場を作る」

「それで十分だ」


隣でシルビィの呼吸が一定になる

短い声が落ちる

眠りの手前の声

「ドージマ」

一拍置いて

「無理、しない」


堂島は小さく息を吐く

「無理はしない」

「でも逃げもしない」


「……いい」

それだけ言って、シルビィは深くなる


堂島も目を閉じる

灰色の底の夜は静かに沈む

でも沈み方が違う

沈む前に、線が一本、胸の中に引かれている



---


同じ夜、門の上の通路

灯りの縁、白い霞の残り

黒い影が一つ立つ


丸い帽子

黒い杖

手袋

白い面

裂けたみたいな笑みだけが灯りを拾う


影は吐き口の修理痕を見下ろし、杖の先で床を軽く叩く

乾いた音

昨日聞いたのと同じ種類の音


誰にも聞かせない声が漏れる

笑いとも息ともつかない、薄い音


影は帽子の縁に指を添え、白い面を少しだけ傾ける

挨拶みたいに

それから、影は灯りの外へ溶けるように消えた


残ったのは白い灯りと、冷えた鉄と

そして、次に鳴るはずの乾いた音の予感だけだった

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