役人の追跡
第16章役人の追跡
門灯の白は、煤を照らすための白じゃない
汚れを見せないための白だ
底の灰色は息に貼りつく
中層の白は目に刺さる
どちらも優しくはない
エリックは格子の内側へ戻り、詰所の机に布包みを置いた
堂島が渡した針金の切れ端
短い
軽い
でも切り口がきれいすぎる
布の上から角度を変えて見る
触らない
余計な油を付けない
記録に残すなら形を崩さない
切り口は潰れている
一回噛んでから切った跡
ただの折れじゃない
狙って切っている
机の上には帳面がある
夜番の記録簿
受領票の控え
事故札の控え
紙は多い
多いのに真実は薄い
薄くするために多い
隣の帳面係が欠伸を噛み殺しながら言う
「また底の物ですか」
エリックは淡々と返す
「底で拾っただけだ」
「底で起きたとは限らない」
帳面係は肩をすくめる
「中層の事故は下層に出しません」
「それが決まりです」
エリックは頷く
決まりは盾になる
盾の裏に隠れる人間もいる
だから言い方を変える
「決まりはいい」
「今は、中層で起きてる事故の記録を見たい」
「事故札を出してくれ」
帳面係の手が止まる
止まった時点で、出したくない
エリックは言う
「出せないんじゃない」
「出すと困るんだろ」
帳面係が小さく返す
「あなたが線にします」
「線になったら、上が止めに来ます」
エリックは布包みを指で示す
「線にしないから増える」
「増えたら門が詰まる」
「詰まったら上も困る」
帳面係は目を逸らしながら、引き出しから薄い金属片を二枚出した
搬入札に似た形
だが用途が違う
事故が起きた時に内側だけで残す札
外へ出ない札
外へ出ないから説明しなくて済む札
エリックは触れずに刻印を読む
文字は擦れている
擦れ方が偏っている
同じ角だけ削れている
エリックが言う
「この擦れ方、同じだ」
「札は色んな人が触る」
「でも削れ方が毎回同じにはならない」
帳面係が渋い声で返す
「偶然です」
エリックは短く否定する
「偶然なら、切れ端は潰れない」
「偶然なら、同じ角だけ削れない」
「偶然なら、同じ場所で止まりが続かない」
帳面係の喉が鳴る
そして小声で釘を刺す
「あなた、夜に呼び出されすぎです」
「事故のせいで持ち場が増えてる」
「これ以上突っ込むと、今度はあなたが危ない」
エリックは短く息を吐く
危ない、は比喩じゃない
「分かってる」
「だから、先に記録を押さえる」
帳面係が紙束をもう一つ出した
事故報告の写し
項目は整いすぎている
原因は毎回同じ言葉に寄る
自然劣化
締め不足
想定外の負荷
便利な言葉だ
誰も悪くないまま終わる
エリックの目が止まる
同じ時刻
同じ区画
門へ向かう通路に近い場所
底と中層の境目に寄っている
エリックが低く言う
「わざと寄せてる」
帳面係がすぐ言う
「その言い方はやめてください」
「この部屋、耳が多い」
エリックは紙を戻し、布包みを手の影に隠す
耳が多い
目も多い
白い灯りは見える範囲が広い
だから見られる
その時、詰所の扉が開いた
制服の布が硬い男が入ってくる
上役だ
名前は出さない
出した瞬間に線ができる
上役はエリックを見て言う
「事故の記録を漁っていると聞いた」
エリックは言い方を崩さない
「確認です」
「同じ区画で止まりが続いています」
「門にも影響が出ます」
上役は冷たく返す
「門は仕組みだ」
「仕組みは回る」
「疑いで、仕組みを汚すな」
エリックは一歩も出ない
「疑いじゃありません」
「記録です」
上役の視線が机の布包みに落ちる
「それは何だ」
エリックは答える
「搬入の途中で落ちていた金属です」
「危険物ではありません」
「帳面に添えて保管します」
上役が鼻で笑う
「保管してどうする」
「下の揉め事を持ち込むな」
エリックははっきり言う
「下の揉め事で終わりません」
「中層でも起きています」
上役の目が一瞬細くなる
否定しない
否定できないからだ
上役は言い切る
「中層の件は内側で処理する」
「外に言うな」
「特に下層には出すな」
「余計なことをするな」
余計なこと
つまり黙れ、だ
エリックは頷く
頷かないと門が止まる
門が止まると底が死ぬ
底が死ねば中層も詰まる
仕組みは繋がっている
だから今は頷く
上役が去り、扉が閉まる
帳面係が息を吐く
「ほら、こうなるでしょう」
エリックは布包みを鞄の底へ移す
机の上に置かない
置いたら取られる
取られたら線が消える
エリックが低く言う
「内側で処理する、って言葉は」
「内側で消す、って意味だ」
帳面係が小さく言う
「あなた、まだ法を信じてるんですか」
エリックは答えを急がない
法は仕組みだ
仕組みは守る
でも仕組みの運び手は人間だ
人間が腐れば、仕組みは刃になる
エリックは短く言う
「信じてるのは法じゃない」
「記録だ」
「記録が残れば、勝手なことはできない」
帳面係が乾いた笑いを漏らす
「ここでは記録も消えますよ」
エリックは言い切る
「消える前に写す」
「写す前に点を集める」
「点が揃えば、消しきれない線になる」
帳面係は黙る
これ以上は巻き込まれる
エリックは詰所を出る
白い灯りの下に立つ
内側は明るい
明るいほど見られる
外側は暗い
暗いほど隠れられる
そして今夜、必要なのは外側の暗さだ
エリックは頭の中で段取りを組む
中層の事故は下層に出ない
だから下層の点が要る
下層で拾った点と、中層の記録を重ねれば線になる
線になれば、上役が消そうとしても消しきれない
その時、門灯の外側で小さな動きがあった
誰かが立ち止まり、すぐ去る
ただの通行人に見える
でも見ている場所が違う
門じゃない
人の位置だ
影の位置だ
エリックは追わない
追えば相手の時間になる
追った時点で理由を渡す
エリックは口の中で短く言う
寄せている
門に
もっと近くに
次に起きるなら境目のすぐそばだ
止めるなら段取りは前に出る
堂島の言葉が頭に残る
止められる距離で止める
エリックは棒の革を確かめた
法に従う手の形
でも今夜は法だけでは足りないと分かっている
白い灯りの下で、エリックは一度だけ息を深く入れた
そしていつもの硬い顔に戻す
門は仕組みだ
仕組みは気分で動かない
だが誰かが気分で仕組みを使っている
それを止めるには線が要る
線を作るために点を集める
点を集めるために外側の三人が要る
エリックは門の外側の暗さを見つめた
暗いほうに次が来る




