表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
煙と灰のエアロスカール  作者: 犬山三郎丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/18

点の追跡

14章点の追跡

門の灯りは中層側のほうが白い

煤の霞が薄いせいで輪郭がはっきりして見える

はっきりしているのに、温かくはない

ここは境目を守る場所で、守るために冷たい


エリックは詰所の机に布包みを置いた

昨夜、堂島たちが現場で拾った針金の切れ端だ

小さい、軽い、でも厄介だ

下層の事故は日常として流される

流されるから、こういう欠片が残ること自体が珍しい


机の向こうで帳面係が眉をひそめる

「また下の話ですか」


エリックは言い方を崩さない

「下の話で終わらない」

「中層でも似た事故が出ている」

「下で残った欠片が、上で繋がるなら繋ぐ」


帳面係は溜息を吐く

「中層の事故は下に出しません」

「規則です」


エリックは頷く

「だから規則の中でやる」

「記録を見せろ」

「事故札、あるだろ」


帳面係が引き出しから薄い金属片を二枚出した

搬入札に似た形だが用途が違う

事故が起きた時に、内側だけで残すための札だ

外に持ち出せない

下層には見せない

見せないまま終えるための札だ


エリックは指で触らず、目で追う

刻印が擦れて読みにくい

その擦れ方が偏っている

同じ角だけが、同じように摩耗している


エリックが低く言う

「これ、札を扱う手が同じ癖だ」

「同じ人間が触っている可能性がある」


帳面係が声を落とす

「ただの擦れです」

「札は皆触ります」


エリックは切れ端の布包みを少しだけ開き、切り口の角度を帳面係に見せる

「これもただの切れか」

「自然なら伸びる」

「これは潰れている」


帳面係が黙る

黙るのは、分かったからだ


エリックは続ける

「中層側の事故札、留め具の項目は」

「外れた、で終わってるか」

「切れた、が書けないか」


帳面係は歯切れ悪く答える

「外れた、で処理しています」

「切れたと書くと、誰が切ったかの話になります」

「話になったら、上が嫌がります」


エリックは短く息を吐く

「嫌がるから隠す」

「隠すから同じことが起きる」

「俺はその輪を止めたい」


帳面係は小さく言う

「あなた、危ないですよ」


エリックは目を上げる

「危ないのは分かってる」

「でも門は仕組みだ」

「気分で動かすなと言う側が、気分で隠すのは違う」


帳面係は何も返せない

この層では正しさは口にすると損になる

それでもエリックは損を選ぶ

損を選ばないと、境目はもっと腐る


エリックは札を元に戻し、布包みを閉じた

「俺は中層で調べる」

「下層は日常で流される」

「だから下の点が要る」

「点が揃えば線になる」


それが今の自分の仕事だと、エリックは心の中で確認した



---


底の工房は昼の熱を抱えたまま回っていた

止めれば詰まる

詰まれば焦りが増える

焦りが増えれば締め忘れが出る

締め忘れが出れば漏れる

漏れれば死ぬ

底の循環は短い


リコットは客を捌きながら堂島に言う

「さっきの現場、あれで終わりにして正解だった」

「現場に長居すると、見物が増える」

「見物が増えると、口が増える」

「口が増えると、揉める理由が勝手に生まれる」


堂島は頷く

「揉めたら相手の時間になる」

「時間を渡したら負ける」


リコットが一拍置く

「おじさん、言い方が分かりやすい」

「危ない時に余計がない」

少しだけ視線が柔らかい

父親を思い出している目だ

それでも言葉にはしない

言葉にしたら崩れるからだ


入口の影でシルビィが袋の口を結び直している

シルビィが短く言う

「今日は人が多い」

一拍置いて、分かる言い方に変える

「押される角、避ける」

「声が荒い所、通らない」


堂島は頷く

「それでいい」

「危なかったら袋は捨てろ、命より軽い」


シルビィは迷わず言い切る

「捨てる」


リコットが堂島へ話を戻す

「針金の切れ端は、もうエリックに渡した」

「次にやることは増やさない」

「増やすのは手順じゃなく、点だけ」

「場所と時間と、止まり方」


堂島が確認する

「点は俺がまとめる」

「現場は三人で見る」

「危ない所には入らない」


リコットが頷く

「うん、それで行こう」

「私一人だと客で手が離せない日がある」

「おじさん一人だと狙われる」

「シルビィ一人だと取られる」

「三人なら、見落としにくいし、変な口も出しにくい」


シルビィが短く補う

「三人なら、戻らない」

「戻ると、理由になる」


堂島は頷く

「分かった」

「戻らない」



---


工房の音が細くなり、木箱を揃える時間になる

札を添える

封を結ぶ

数を控える

例外を作らない


三人で門へ向かう

道が固くなる

壁材が新しくなる

灯りが増える

綺麗だからじゃない

拒むための仕組みが濃くなるからだ


門灯の外側、影で止まる

そこにエリックがいる

制服は新しいのに目が疲れている

中層で何かを見て、まだ飲み込めていない顔だ


堂島は影から出ずに言う

「針金の切れ端、そっちの事故札と似てるか」


エリックは短く頷く

「似ている」

「同じやり方の可能性が高い」

「俺は中層で調べる」


リコットが息を吸う

「下には情報が降りないんだよね」


エリックが言う

「降りない」

「だから下で拾った点が必要だ」

「下の事故は日常で消える」

「消える前に、点だけ残せ」


堂島は分かりやすく確認する

「俺たちは、現場で揉めない」

「危ない所に入らない」

「追わない」

「場所と時間と止まり方だけ残す」

「それをお前に渡す」


エリックは頷く

「それでいい」

「点が揃えば線になる」

「線になれば中層で動ける」

「上は隠す」

「でも隠す相手を間違えるな」


堂島は短く返す

「了解」


シルビィが一言だけ落とす

「揉めない」

それは誓いじゃない

底で生きるための手順だ


エリックは灯りの下へ戻る

影から灯りへ戻る背中だ

法に従う背中で、法の形が人を削るのも見ている背中だ


三人は門を離れ、底の暗い路地へ戻る

今日増えたのは事件の大きさじゃない

分担がはっきりした


下で拾う

上で繋ぐ

例外を作らない

揉めない

点だけ増やす


堂島は足を止めずに思う

返すために動く

巻き込まずに返すために、順番で動く

それがこの底で自分が立つ足場になる


底の夜は静かに沈む

静かなまま、次に繋がる線だけが、少しずつ太くなっていった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ