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煙と灰のエアロスカール  作者: 犬山三郎丸


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事件の片鱗

13章事件の片鱗

朝の工房は、音が多かった、金属を叩く音に客の声が重なり、蒸気の唸りがずっと背中に貼りつく

止める隙がない、止めたら詰まる、だから動かし続ける、それが底の仕事だ


リコットは工具台の前で手を動かしながら言う

「今日は札も修理も多いね、こういう日は余計な漏れが出る」


堂島は部品の置き方を揃え、口だけ短く返す

「了解」


入口の影でシルビィが袋の口を結び直している

堂島が目をやると、シルビィは短く言い換える

「今日は人が多い、押される場所、避ける」


その時、外の路地から焦った声が入った

「蒸気、出てる」

続いて、細い息みたいな音が途切れず聞こえる、しゅう、という漏れの音だ


リコットが顔を上げる

「近いね」


堂島が即座に言う

「現場を見る、広がる前に止める」


リコットは一瞬迷って、でもすぐ決める

「おじさん一人は無し」

「現場は止めたあとが危ない、揉める前に散らす必要がある」

入口の影を見る

「シルビィ、道、分かる」


シルビィは短く、でも具体的に言う

「行く」

「灯りの近く、通らない」

「人が固まる角、避ける」


堂島は頷く

「了解」

「三人で行く、五分で戻る、止めたらすぐ引く」


工房の客にリコットが言う

「すぐ戻る、ここ触らないでね、触ると余計壊れる」


それで順番が決まる



---


路地を二つ曲がると、白い息が顔に貼りついた

配管の継ぎ目から蒸気が出ている、細いのに止まらない、止まらないから危ない


人が三人、配管の近くに固まっている

誰かが濡れ布を押し当てている

それで済ませようとしている空気がある


堂島は距離を詰めず、声だけを通す

緊急の時は、言い方を厳しくする


「そこ離れろ、まず一歩下がれ」


男が顔を上げる

「大丈夫だって、いつもこうだ」


堂島は言い切る

「いつもで済む時もある、済まない時は一回だ」

「近いと火傷する、蒸気は見えにくい、まず距離」


リコットが横から、同じ方向の言葉を足す

「熱い空気が回るからね、近いと息もやられる」


男たちが一歩引く

押し合いじゃない、ただ間が空く

間が空いた瞬間に、堂島は上流側を見る

小さい弁がある、閉めれば止まる位置だ


堂島は指示を順番で出す

「次、弁を閉める」

「そこ、右に少しずつ回せ、急に回すな」

「固いなら二人で回せ」


男が弁に手をかける

少し回る

漏れの音が細くなる、白い息が減る


堂島が続ける

「次、布は当て直す、ただし手は突っ込むな」

「板か棒で押さえろ、指を近づけるな」


板切れで布が押さえられる

漏れはさらに弱くなる

ここで堂島は声を落とす

危険が下がったら、場を荒らさない


「止まった、もう触るな」

「ここから先は工房の道具で締め直す」

「今は散れ、集まると誰かが余計な口を出す」


男たちは頷き、ばらけていく

底の現場は、散れるうちに散るのが正しい



---


人が引いた後、堂島は配管の継ぎ目を離れた距離で見る

触らない、覗き込まない、見るだけで拾えるものだけ拾う


継ぎ目の下に、短い針金の切れ端が落ちている

留めに使う針金だ、本来ならねじって固定されている

切れて落ちているだけでも変だが、切れ方が妙にきれいだ


リコットがしゃがみ、指先だけで示す

「これ、自然に切れた形じゃない」

「疲れて切れたなら先が伸びる、毛羽立つ、でもこれは潰れてる」


堂島が聞く

「工具の跡か」


リコットは頷く

「歯が当たった潰れがある、しかも一定」

「誰かが切ってる可能性がある」


堂島は顔を変えない

ここで騒げば、揉める材料を配るだけだ


堂島は作業着の端布を出す

「直接は掴まない」

「揉めないために、今は隠す」


布で針金の切れ端を包み、内ポケットへ滑り込ませる

小さい片鱗だが、日常扱いで流れる前に残った片鱗だ


シルビィが周囲を見て、短く具体的に言う

「足音、増える」

「人、戻る」


堂島は即答する

「戻る」

「長居しない」



---


工房へ戻ると、音と熱がすぐ戻ってくる

リコットは何事もなかったように客の前へ戻り、手を動かす

でも堂島を見る目が昨日までと違う

現場で「止める順番」を作れた人間の目だ


作業の合間、リコットが小声で言う

「さっきの切れ端、確認させて」


堂島は人の目が届かない角で、布包みを少しだけ開く

リコットは目だけで見て、すぐ閉じさせる

「うん、これなら話が繋がる」

「壊れたじゃなく、切られた可能性があるって言える」


堂島は釘を刺す

「断言はしない」

「場所と時間だけ残す、それだけでいい」


入口の影でシルビィが紙を出す

ほんの短い時間だけ

単語だけ書く


『蒸気 漏れ』

『針金 切れ』


すぐしまう

危険のない瞬間だけの記録だ



---


夜、荷を預けに門へ向かう

今夜も三人だ

一人で抱えない、見落とさない、巻き込まないための形だ


門灯の外側、影の位置で止まる

そこにエリックがいた

制服がきれいで、目が疲れている

事故の影響で駆り出されている顔だ


堂島は影から出ずに言う

「現場で見た」

「蒸気漏れがあって、留めの針金が切れてた」

「自然断裂じゃない形だった」


エリックの目が鋭く動く

「切れ端は」


堂島は布包みを出す

手渡しはしない

内側に入らない

例外は作らない

格子の外、見える位置に置く


エリックは自分の布でそれを掴み、角度を変えて切り口を見る

潰れの跡を見る

それから顔を上げる


「これは中層側で回す」

声が低い

「下の事故は日常で流れる、だから証拠が残りにくい」

「残った物は価値がある」


堂島が確認する

「お前は中層で捜査するんだな」


エリックは頷く

「中層で似た事故が出ている」

「下には情報が降りない」

「だから俺が上で繋ぐ」

「お前たちは下で拾え」


リコットが一歩だけ息を吸う

言いたいことがある顔だ

でも堂島が先に線を作る


堂島は言う

「俺たちは三人で動く」

「危ない所には入らない」

「揉めない」

「拾うのは片鱗だけ、場所と時間も一緒に渡す」


エリックは短く頷く

「それでいい」

「場所と時間、止まり方、それが揃えば中層で動ける」

「次も同じ手順で来い」


堂島は返す

「了解」


エリックは持ち場へ戻る

影から灯りへ戻る背中だ

上で繋ぐ役として、彼は中層側へ踏み込んでいく


堂島は二人の方を見ずに言う

見ると決意が重くなるからだ

「俺たちは下で拾う」

「エリックが上で繋ぐ」

「例外は作らない」


リコットが小さく笑う

でも冗談の笑いじゃない

「いいね、その分担なら工房も回る」

それから、少しだけ真面目に続ける

「さっきの現場のおじさん、うちの親父みたいだった」

「危ない時ほど、言い方がまっすぐで、余計がない」


堂島は返さない

返すと照れる、照れたら崩れる

だから一言だけ

「……ああ」


底の夜は静かに沈む

でも今日は、小さな切れ端が一つ残った

日常で流れるはずのものが、流れずに残った

それが次へ繋がる最初の片鱗になる

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