影の依頼
第11章影の依頼
翌朝の底は、昨日より少しだけ空気が固かった
道が固いんじゃない、胸の奥の引っかかりが取れないだけだ
昨夜の門の灯りと列のざわめきが、まだ耳に残っている
シルビィの家を出て工房へ向かう途中、堂島は路地の流れを見る
人は多い、荷車も多い、それでも誰も立ち止まらない
昨日、門が詰まっていたことを知っているのは少数だ
知っていても口にしない、底はそうやって回る
工房に入ると、金属の音が朝から続いていた
リコットは客の相手をしながら手を動かしている
「次は蒸気止めるから、触らないでね、止めてから話す、動かすと余計に壊れる」
堂島は横で、部品を置く順番を作る
外したものは左、戻すものは右、締める前は手前、締めたら奥
紙に書かずに、置き方で段取りを残す
昨日からずっと同じことをしているのに、今日は意味が変わっている
工房だけ整えても、門で止まったら終わる、昨夜それを見た
昼前、中層側の使い走りが札を持ってきた
薄い金属片、擦れた刻印、いつもより多い数
リコットが指でなぞる
「継手と弁が増えてる、しかも急ぎだね」
使い走りは肩をすくめる
「急げってだけ、理由は言われてない」
リコットは笑わない
「言われてないんじゃなくて、言えないんだよね」
堂島が聞く
「中層の事情は、下には降りないのか」
リコットはレンチを置かずに答える
「降りない、事故でもトラブルでも、下には基本言わない」
「言ったら下が動く、動いたら混ざる、混ざったら面倒が増える」
一拍置いて、続ける
「でも匂いは出る、札が増える、門が急に硬くなる、夜勤が増える」
堂島は札を一度だけ見て返す
「だったら余計に、こっちは揃えるしかないな」
「札の向き、封の形、数の控え、受領票のしまい方、全部同じにする」
リコットが短く頷く
「それが出来ると負けにくい、門は例外を出さないからね」
その日のシルビィは、袋を軽くして戻ってきた
シルビィは小さな紙を一瞬だけ出して、単語を二つ書いてすぐしまう
『札 多い』
『門 硬い』
危険のない瞬間だけの記録だ
夜になって工房の音が細くなると、中層へ預ける木箱を二つ用意した
中身は継手、短い配管、座金とねじ、薄い革、細い弁
拾い物じゃない、最初から使う前提で整えた部品だ
堂島は封の紐を同じ形に結び、札を刻印が見える向きに添える
「いつも通り」を崩さない、それが門に対する唯一の勝ち方だ
門へ向かう道は、昨日より人が多かった
外窓口の前に箱が積まれ、列が出来ている
夜なのに昼みたいに詰まっている
堂島はそこで確信する
上で何かが起きた、その内容は下には来ない、でも影響だけは降りてくる
リコットが低い声で言う
「やっぱり夜勤が増えてる」
堂島が聞く
「夜勤が増えると、何が分かる」
リコットは列と役人の数を見て答える
「上で止まったってこと、止まったから人を増やしてる」
「止まった理由は言わない、でも止まった影響だけは下に出る」
シルビィは門灯の外側、影の中にいる
外套の縁を押さえ、呼吸が浅い
中層付近はシルビィにとって線の外だ
堂島は声を落として二人に確認する
「やることは一つだ」
「札を出す、封は触らない、数は控え通り、受領票を取る」
「止められたら理由を言わせる、規則に戻す」
「怒鳴らない、押さない、前に出ない」
リコットが息を吐く
「了解、おじさんの言う通りにやる」
番が近づいたところで、背中側から呼ばれた
「堂島」
振り返ると、門灯の外側の影に、警吏が立っていた
制服、棒、黒く光る靴、名札
エリック
昨日、門で話した男だ
そして今夜、窓口側に立たされている顔をしている
疲れがある、でも姿勢は崩れていない
事故の影響で駆り出されている、その形が分かる
堂島は影から出ずに返す
「……ああ」
エリックは周りを一度見回す
門の中で余計な話を出来ないのは、昨日言った通りだ
だから門の外で声をかけている
エリックが言う
「上で何かが起きた」
「内容は下には出ない、出せない」
「そのせいで、今夜は俺が出ている」
堂島が短く返す
「門が硬い理由はそれだな」
エリックは頷く
「そうだ」
それから一拍置いて続ける
「頼みがある」
「公には言えない」
「だから個人として言う」
堂島は急がない
「内容を言え」
エリックは言葉を選ぶ
「下でも似た事故が起きてる」
「蒸気が噴く、止めるべき所が止まってない」
「下の事故は日常扱いで流れる、記録が残らない」
「上の事故は隠される、下に情報を出さない」
「このままだと、同じ手口が繰り返される」
堂島は眉を寄せる
「同じ手口だと思ってるのか」
エリックは断言しない
でも逃げない
「可能性として切り分けたい」
「上も下も、材料がないと捜査にならない」
「俺は規則の中でしか動けない」
「だから、外側の目が欲しい」
堂島は理解したことを言葉にする
「俺が拾えるのは、事故の手口と共通点だけだ」
「誰がやったかは追えない」
「危ない場所には踏み込まない」
「それでもいいなら、協力する」
エリックは短く
「それでいい」
「手口が揃えば俺は動ける」
「揃わなければ、事故は事故で終わる」
堂島は条件を出す
「一つだけ守る」
「リコットとシルビィは巻き込まない」
「門に余計に近づけない」
「俺が外側で拾って、外側で渡す」
エリックの目が一瞬だけ揺れる
羨ましさに近い
でも言葉にはしない
警吏の線を守る
「それが一番いい」
エリックは言い切って、最後に念を押す
「門の中で話そうとするな」
「内側に足を入れたら拘束、例外はない」
堂島は短く返す
「了解」
エリックは持ち場へ戻っていく
影から灯りへ戻る背中だ
法の側に立ちながら、法が人を削る形も見ている背中だ
その後の手順はいつも通りだった
札を出す、封は触らない、数を合わせる、受領票を取る
荷は通る
例外はない
でも今日は一つ増えた
荷の段取りとは別に、事故の手口を拾う段取りが増えた
帰り道、リコットが先に口を開く
「さっきの、エリックだよね」
「おじさんに何か言ってた」
堂島は言える範囲だけをはっきり言う
「中層で何か起きてる」
「下には情報は降りない」
「でも門が硬くなってる、それが影響だ」
「エリックはそのせいで夜に駆り出されてる」
リコットは黙って頷く
納得しきれない顔だけど、食い下がらない
それが底の距離だ
シルビィが小さく言う
「エリック、夜、いる」
堂島は頷く
「……ああ」
それから、分かりやすく線を引く
「シルビィ、門の近くには来るな」
「影から出ない、それでいい」
シルビィは短く、でも意味がはっきりした言い方で返す
「近づかない」
「影、出ない」
工房が見えてくる
熱と油の匂いが戻ってくる
堂島は歩きながら思う
助けられた借りがある
返したい
でも返し方を間違えると、二人を危険に寄せる
だから段取りで返す
巻き込まずに、止める順番を作る
門は今日もそこにある
上は隠す、下は薄くする
その間に、同じ手口が何度でも入り込む
堂島はそれを、段取りとして拾うしかない
足場は、そうやって増えていく




