断罪劇、二度目の開幕
運命の夜会。
王宮の「白百合の間」は、その名にそぐわない異様な熱気と緊張感に包まれていた。
表向きは「リゼット嬢の快気を祝う会」。
しかし、集まった貴族たちの誰もが、それがただの建前であることを知っていた。
これからこの国の歴史に残るであろう壮絶なスキャンダル、クライフェルト公爵令嬢の公開断罪劇が始まるのだと。
彼らは、好奇と悪意とそして恐怖が入り混じった目で、主役の登場を今か今かと待ちわびていた。
広間の中心にはアルブレヒト王子が、正義の執行者を気取って傲然と立っている。
その傍らには病み上がり(という設定)で、血の気のない青白い顔をし、守ってあげたくなるほど儚げに佇むリゼット嬢。
彼女は、時折わざとらしく咳き込み、周囲の同情を巧みに買おうと必死に演技をしていた。
『フン、今頃クライフェルトの屋敷で、泣きながら許しを乞う準備でもしている頃だろう』
王子は、自分の思い通りの脚本が、完璧に進むことを信じて疑っていなかった。
『だが、もう遅い。今日、この場所であの傲慢で、忌々しい女の鼻をへし折り、俺の前にみっともなくひざまずかせてやる!』
その時だった。
会場の高い天井から吊るされた、全てのシャンデリアの光が、まるで意思を持ったかのように、一点に集中した。
広間の最も大きな扉が、重々しく開かれたのだ。
そこに立っていたのは、アリアンナ・クライフェルト。
しかし、その姿は誰もが予想していたものとは全く違っていた。
彼女が纏っていたのは、罪人が着るような、地味で慎ましやかなドレスではない。
それは夜の闇よりもなお深く、そして銀河の星屑をその身に直接散りばめたかのように繊細に、そして妖しく輝くミッドナイトブルーの『リバティ・ドレス』だった。
その誰にも媚びず何ものにも縛られない、女王のような威厳に、会場は水を打ったように静まり返った。
そして、彼女は一人ではなかった。
その右隣には妹を守ることを誓った、忠実な騎士のように兄フェリクスが、一切の感情をその顔から消し去った冷たい表情で付き添っている。
彼の存在そのものが、クライフェルト家がアリアンナと共に最後まで戦うという、無言の意思表示となっていた。
アリアンナは、広間の中心へとゆっくりと堂々とした足取りで進んでいく。
その圧倒的なオーラの前に貴族たちは、まるでモーゼの奇跡のように自然と彼女のために道を開けていた。
ついに、彼女は王子とリゼットの目の前で歩みを止める。
王子は、その予想外のあまりに堂々とした姿に一瞬怯んだ。
しかし、もう後には引けない。
彼は、震える声を隠すようにことさらに大きく、芝居がかった馬鹿げた口調で叫び始めた。
「アリアンナ・クライフェルト! よくもぬけぬけと、その罪深き身でこの場に姿を現せたものだな!」
「君の罪は、もはや明らかだ! その醜い嫉妬心から、このか弱きリゼットを卑劣な毒で害そうとした罪、今ここで潔く償ってもらおう!」
その言葉を聞きながらアリアンナの心は、不思議なほど凪いでいた。
一度目の人生でわたくしの世界を粉々に破壊した、あの絶望の言葉が。
今は、ただのどうしようもなく滑稽で、そして哀れな三流役者の独演会の台詞にしか聞こえない。
糾弾される、絶体絶命の罪人であるはずのわたくし。
その唇に、まるで心から面白い芝居を鑑賞している観客のように、優雅でそして絶対的な余裕の笑みがすっと浮かんだ。
そのあまりの余裕に、糾弾しているはずの王子の方が、次第にじりじりと追い詰められているかのように見え始める。
アリアンナが、予想通りに狼狽えず泣き崩れもしないことに焦った王子は、さらに愚かな言葉を重ねた。
「な、何がおかしい! 己の罪を認め、リゼットに、そしてこの僕に心から謝罪をするなら今が最後のチャンスだぞ!」
そして王子が、一度目の人生の、あの忌々しい決め台詞を言おうと、大きく息を吸い込んだ、まさにその瞬間だった。
「まあ、殿下。その辺りで、よろしいのではなくて?」
凛とした、しかし有無を言わせぬ、絶対的な力強さで。
わたくしは、彼のつまらない茶番劇の言葉を、ぴしゃりと遮ったのだ。
わたくしは、それまで浮かべていた慈愛の笑みをすっと消す。
そして、真冬の凍てついた湖面のようにどこまでも冷たい瞳で、愚かな王子を射抜いた。
そして続けた。
「あなたのそのあまりにお粗末で、そしてあまりに退屈な独演会には、正直心の底から飽きてしまいましたの」
「わたくしの、貴重な人生の時間をこれ以上無駄にするのは、金輪際やめていただけますか?」
その一言で、会場の空気は完全に、そして劇的に変わった。
糾弾されていたはずの哀れな罪人が。
逆に、断罪者であるはずの王子を「退屈だ」と一蹴したのだ。
主導権が、完全にこのわたくしの手に渡った瞬間だった。
わたくしは、呆然と立ち尽くす王子と顔面蒼白のリゼット、そして固唾をのんでこの歴史的な瞬間を見守る愚かな貴族たちに向かって。
まるでこれから始まる最高のショーの司会者のように。
優雅に、そしてどこまでも不敵に告げた。
「さて。――それでは、皆様」
「ここからは、このわたくしの舞台と参りましょうか」




