リバティ・ドレスのお披露目
「――革命家、ですと?」
わたくしの挑発的な言葉に、頑固な仕立て屋ブランシェ氏の眉が、ぴくりと動いた。
わたくしは、畳み掛ける。
「ええ。わたくしはあなたに、ただのドレス作りを依頼しているのではありませんわ。歴史を創るための
協力者になってほしいと、そうお願いしているのです」
王妃教育で叩き込まれた膨大な美術史の知識を、今こそ武器として解き放った。
「ブランシェ氏。古代帝国時代、女神の彫像たちが纏っていた衣服を思い出してごらんなさいな。あれらは、身体を締め付けることなく、肉体の持つ、自然で流れるような美しさを最大限に引き出していた。それこそが、真の美の原点ですわ」
次に、商人としての現実的な視点を彼に突きつける。
「このデザインなら長時間の夜会でも令嬢方は疲労を感じません。つまり、夜会の主催者からの覚えも良くなり、結果としてあなたの店の評判は、今以上に上がるのです。何より…」
わたくしは、とどめの一言をそっと彼の耳元で囁いた。
「この歴史的な試みに対する報酬は、通常の三倍ではいかがかしら?」
歴史、美、評判、そして抗いがたいほどの金。
わたくしの巧みなプレゼンテーションに、ブランシェ氏の職人としての誇りと商人としての計算高さの両方が、激しくそして心地よく揺さぶられたようだった。
彼の顔が、みるみるうちに紅潮していく。
「……分かりました、お嬢様!」
ついに彼は、大きな声で叫んだ。
「そこまで仰せならば、このブランシェ、わが生涯最高の仕事をお約束いたしましょう! 歴史を創ってご覧にいれますとも!」
それから数週間、まるで自分の城に通うかのように、足繁く「メゾン・ブランシェ」の工房へと通い詰めた。
ただ任せるだけではない。ブランシェ氏と、時には朝から晩まで激しく議論を交わしながら、二人で一つのドレスを創り上げていく。
生地は歩くたびに、まるで天の川の星屑を振りまいたかのように繊細に、そして上品に輝く最高級のシルクサテン。
色は、誰にも媚びず何ものにも縛られない、自立した女性の魂を象徴するかのような、深くそして気高いミッドナイトブルーを選んだ。
そしてついに、そのドレスは完成した。
それは、まさに革命だった。
身体を拷問具のように締め付けるコルセットはなく、胸の下で柔らかく切り替えられたエンパイアラインが、自然でしかし驚くほど美しいシルエットを描き出している。
袖は風をはらんで踊るように軽やかで、スカートは何層もの薄いオーガンジーが重なり、動くたびに月明かりの下の湖面のように、優雅な波を描き出す。
わたくしは、そのドレスを、こう名付けた。
『リバティ・ドレス』と。
初めてそのドレスに袖を通し、鏡の前に立った時。
わたくしは、生まれて初めて心の底から満足のいく深呼吸ができたことに、感動で少しだけ震えた。
『(もう、誰かのために息を殺す必要はない。わたくしは、わたくし自身の呼吸で生きていくのよ)』
運命の夜会。
王家主催の季節の始まりを祝う、最も格式高い宴。
ここが『リバティ・ドレス』の最初で最高のお披露目の舞台だった。
会場では、わたくしの最近の奇行――ジャム事業やら商人ギルドとの対立やら――が貴族たちの格好のゴシップの的となっていた。
「今日も、あのクライフェルト嬢は、何かやらかしてくださるのかしら?」
そんな、嘲笑と好奇の入り混じった囁きが、あちこちから聞こえてくる。
その時だった。
会場の高い天井から吊るされた、全てのシャンデリアの光を一身に浴びながら、わたくしがその姿を現した。
瞬間、会場の全てのざわめきが、まるで魔法にでもかかったかのように、ぴたりと止まった。
誰もがわたくしの姿に釘付けになっていた。
重厚で、華美で、まるで歩く宝石箱のように着飾った孔雀のような令嬢たちの中で。
わたくしのどこまでもシンプルで、しかし流れるような気品に満ちたシルエットは、あまりにも異質で、そして誰の目にも圧倒的に美しく映っていた。
息をのむ音。
扇子で、驚きに開いた口元を隠す貴婦人たち。
「あれは…ドレス…?」
「まるで、女神様の寝間着のよう…」
「でも…なんて、お美しいのかしら…」
嫉妬、侮蔑、驚愕、そして何よりも、抗いがたいほどの「羨望」。
あらゆる感情が渦巻き、会場の全ての視線が、わたくし一人にレーザー光線のように集中していた。
そこへアルブレヒト王子が少し困惑した、そしてどこか非難めいた表情で近づいてきた。
「アリアンナ、その…なんだ、そのはしたない格好は…」
しかし、わたくしは彼の言葉など、まるで心地よい夜風のように意に介さなかった。
にっこりと、完璧な淑女の笑みを彼に向けると、ちょうどホールに流れ始めた、軽やかなワルツの調べに合わせ、誰に誘われるでもなく、一人、くるり、とフロアの中央で踊り始めたのだ。
『リバティ・ドレス』を纏ったわたくしの踊りは、これまでの令嬢たちの決められた窮屈なステップを踏むだけの退屈な踊りとは全く違っていた。
軽やかに、楽しげに、まるで音楽の精霊が戯れるように舞う。
わたくしがターンするたびにドレスの裾が、夜空に広がる天の川のようにきらめきながら壮麗な円を描き出した。
その姿はもはや人間の令嬢ではなく、神話の物語から抜け出してきた月の女神そのもののように幻想的だった。
最初はわたくしの奇行に眉をひそめていた人々も、その息をのむほどに美しく、そして自由な光景に、次第に心を奪われていった。
彼らは、目の前で一つの凝り固まった「常識」が、鮮やかに打ち破られ、新しい圧倒的な「美」が誕生する瞬間を目撃していたのだ。
『ああ、ドレスとは、本当はあんなにも自由にあんなにも楽しげに着るものだったのかもしれない…』
息苦しいコルセットの中で、たくさんの令嬢たちの胸に初めて、「自由」という名の甘くて少しだけ危険な憧れが芽生えた瞬間だった。




