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どうせ悪役令嬢なら、二度目の人生は自分ファーストで! ~冤罪で断罪された完璧淑女、時間を遡って好き勝手に生きてたら、なぜか周りがひれ伏し始めました~  作者: ヲワ・おわり
第5章:胡散臭い商人と秘密の契約

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商人ルークの揺さぶり

 試食会が、熱狂的な盛り上がりを見せる、その最中だった。

 不思議なことが、起こった。

 あれほどわたくしのテーブルに殺到していた人波が、すっと、まるでモーゼの奇跡のように静かに左右に分かれ、一本の道を、作り出したのだ。


 その道の先から、一人の男が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 上質な黒い外套を、少し着崩して纏い、その長身は、人混みの中でも一際、抜きん出て目立っていた。

 そして、その顔を見て、わたくしは息をのんだ。

 先日、路地裏で最悪の出会いを果たした、あの傲慢で美しい紫電の瞳の男だった。


 わたくしは、一瞬身をこわばらせる。

 しかし、すぐに気を取り直し、今はただの街娘のふりをしようと、警戒心を最大限に高めて、相手を真っ直ぐに見据えた。


 男は、わたくしの前に立つと、先日とは打って変わって、人懐っこい、しかしどうにも胡散臭いとしか言いようのない、完璧な商人の笑みを浮かべた。

「やあ、お嬢さん。景気のいい商売をしているじゃないか。俺は、流れの商人、ルークと申します。以後、お見知りおきを」


 彼は、わたくしが差し出した試食のパンを受け取ると、そこに塗られたジャムを、吟味するように、ほんの一口だけ、味わった。

 そして、その紫の瞳を、満足げに細める。


「…ふむ。味は、文句なしの一級品だ。素晴らしい」


 彼はそこまで言って、しかしわざとらしく言葉を切った。

 そして、わたくしの目を、射抜くように、まっすぐに見つめて、続けた。


「だが、そのやり方では、ただの『美味しいおやつ』で終わる。小銭稼ぎにはなっても、本当の『商売』には、決してならない。もったいない。実に、実に惜しいことだ」


 その言葉は、まるで冷たい水のように、わたくしの浮かれた心に、すっと染み込んできた。

 図星だったのだ。

 わたくしも、心のどこかで分かっていた。このままでは、ただの人気取りで終わってしまう、と。

 この男は、わたくしが抱える問題の、まさに核心を、たった一言で、いとも容易く、突いてきたのだ。

「(この男一体何者…? 何が目的なの…?)」


 わたくしは、負けじと、気の強い街娘の仮面を被って、言い返した。

「あなたに、一体何が分かるっていうのさ。見ての通り、大盛況じゃない。これ以上、何を望むって言うのよ?」


 その猫のような挑発に、ルークと名乗る男は、心底楽しそうに喉を鳴らして笑った。

 そして指を一本、すっと立てる。

「第一に、生産性。そのジャム、どうせ鍋で手作りだろう? この凄まじい需要に、供給が全く追いついていない。商機を逃しているぞ」

 彼は、二本目の指を立てる。

「第二に、保存性。その可愛らしい瓶詰め、長期保存の工夫がまるで見られない。これでは、遠くの街へは運べない、ただの生菓子だ」

 三本目の指。

「第三に、輸送コスト。これだけの量を、安全に、そして迅速に運ぶには、専門の護衛と、何台もの頑丈な馬車が必要になる。その莫大な費用を、君一人で、どうやって捻出するつもりだ?」


 そして最後に、彼はまるで子供に言い聞かせるかのように、わたくしの額を人差し指で、とん、と軽く突いた。

「そして何より、致命的に欠けているのが、ブランド戦略だ。『美味しいジャム』というだけでは弱い。誰が、どんな思いでこのジャムを作り、それを食べることで、客はどんな幸福な体験を得られるのか。その『物語』がなければ、人々はすぐにもっと目新しいものに飛びついて、君のことなど、綺麗さっぱり忘れてしまうだろうさ」


 彼の指摘は、全てが、わたくしがこれから考えなければならないと、漠然と分かっていた、まさに核心部分そのものだった。

 わたくしは、目の前の男の、底知れない知識と、全てを見通すかのような慧眼に、もはや戦慄すら覚えていた。


 言葉を失ったわたくしに、ルークはさらに踏み込んでくる。

「どうした、お嬢さん。図星かな?」

 しかし、わたくしは、ここで引き下がるアリアンナ・クライフェルトではない。

 わたくしは、彼を真っ向から睨みつけ、問いかけた。

「…あなた、一体誰なの? ただの流れの商人が、そこまで詳しいはずがないわ。本当の目的は、何?」


 その魂からの問いに。

 ルークは、初めてあの胡散臭い商人の笑みを、すっと消した。

 そして、あの日の路地裏で見たような、全てを見透かす、本物の、紫電の瞳で、わたくしを、見つめ返した。

 彼は、静かにしかしはっきりと告げた。


「わかるさ。俺は、本物を見抜く目には、少しばかり、自信があるんでね」

 彼は、そこで一度、言葉を切る。


――このジャムという、商品の、まだ誰も気づいていない本当の価値も。そして、こんな無茶で、無謀で、しかし最高に面白い商売を、たった一人でやろうとしている、君という人間の、その底知れない才能もね」


 その言葉に、わたくしの心が、大きくそして確かに揺れた。

 彼は、わたくしの家柄でも、外見でもない。

 わたくしの「才能」そのものを見抜き、そして評価している。

 それは一度目の人生も含めて、わたくしが、誰からも一度も言われたことのない言葉だった。


 彼は、再び、あの人好きのする商人の笑みを浮かべると、動揺するわたくしに、そっと、手を差し伸べた。

「少し、場所を変えて、話をしないか? 君のその素晴らしい『宝物』を、ただの道端の石ころで終わらせないための、とびきり面白い提案があるんだが」


 その誘いは、まるで悪魔の囁きのように甘く、しかし、抗いがたいほどの、魅力に満ち満ちていた。

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