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どうせ悪役令嬢なら、二度目の人生は自分ファーストで! ~冤罪で断罪された完璧淑女、時間を遡って好き勝手に生きてたら、なぜか周りがひれ伏し始めました~  作者: ヲワ・おわり
第5章:胡散臭い商人と秘密の契約

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鉄壁のギルド

 わたくしの事業計画は、まずこの王都の市場で『女神のルビー』の価値を認めさせることから始まる。

 そのためには、避けては通れない、巨大な門が存在した。

 王都の商業の全てを、その掌中に収めていると言われる、絶大な権力機関――「王都商人ギルド」。


 兄フェリクスの口添えで、わたくしは何とか、多忙を極めるギルド長本人との面会の約束を取り付けることができた。

「いいか、アリアンナ。ギルド長のヨルゲン氏は、一筋縄ではいかない狸親父だ。くれぐれも、失礼のないようにな」

 馬車の中で、兄様は珍しく真剣な顔でわたくしに忠告した。


 わたくしが訪れたギルド本部は、まるで石造りの砦のように、重厚で威圧的な空気を放っていた。

 内部では、恰幅の良い商人たちが、金の匂いをぷんぷんとさせながら忙しく行き交い、その活気は、わたくしがこれまで知る、どの夜会よりもある意味で華やかに見えた。


 ギルド長室でわたくしを迎えたのは、ヨルゲンと名乗る、噂通りの狸のように丸々と太り、人の良さそうな笑顔を、その顔に貼り付けた初老の男だった。

 しかし、その笑顔の奥にある瞳だけは、笑っていなかった。長年の厳しい商売で培われたであろう、全てを値踏みするような、鋭い計算高さの光が、その奥に宿っていた。


「これはこれは、クライフェルト公爵家のご令嬢、アリアンナ様。ようこそお越しくださいました。して、本日のご用件とは?」


 わたくしは、前置きもそこそこに、持参した『女神のルビー』の小瓶を、彼の前に差し出した。

「わたくしが開発いたしました、新しいコンフィチュールですわ。まずは、一口、お味見になってみて」


 ヨルゲン氏は、少しだけ訝しげな顔をしたが、公爵令嬢の頼みを無下にもできず、銀の匙で、ほんの少しだけジャムをすくい、口に運んだ。


 次の瞬間。

 彼の、人の良さそうな笑顔の仮面が、ほんの一瞬だけ、ぴしり、と凍り付いたのを、わたくしは見逃さなかった。

 その瞳が、極上の美味に出会った驚きで、大きく見開かれている。


 しかし彼は、さすがは狸親父だった。

 すぐに、元の人の良い笑顔に戻ると、わざとらしく、手を叩いて見せた。

「いやはや、これは素晴らしい! 実に素晴らしい逸品ですな、アリアンナ様! さすがは、美食家で知られるクライフェルト公爵家のお嬢様だ!」

 彼は、わたくしを褒めそやすと、しかし巧みに本題をはぐらかし始める。

「…しかし、ですな。これほどまでに高品質で、手間のかかった最高級品となりますと、一般の市場に出すには、あまりに高価すぎる。残念ながら、これに見合う販路を確保するのは、なかなかに、難しい相談でございましょうなぁ」


 その、見え透いた建前を聞きながら。

 わたくしの心は、驚くほど、冷静だった。

 一度目の人生で、わたくしは王妃教育の一環として、この国の経済構造、特に、この商人ギルドが、いかにして市場を独占し、その既得権益を守り抜いてきたかを、徹底的に学ばされていたのだから。


『(…よくも、まあ、白々しい嘘をおっしゃるものだわ)』

 わたくしは、内心で、彼の言葉を翻訳する。

『(あなたが本当に言いたいのは、こうでしょう? 『この素晴らしい商品を市場に流せば、我々が独占販売している、高価で味の落ちる王宮御用達の菓子類の売り上げが、激減してしまう。それに、あのクライフェルト公爵家が、直接商業に本格参入などされたら、我々の既得権益そのものが、根底から脅かされる。だから、丁重にお断りして、この話は、ここで握り潰すに限る』…と)』


 わたくしには、彼の言葉の裏にある、その黒い本音が、手に取るように分かっていた。


 ヨルゲン氏の、のらりくらりとした言い訳が、まだ続いている。

 わたくしは、その言葉を、遮るように、すっと、音もなく立ち上がった。

 そして、満面の、完璧な淑女の笑みを浮かべて、こう言った。


「よく分かりましたわ、ギルド長」

「は、はぁ…」

「あなた方には、この『女神のルビー』の、本当の価値が。そして、この事業が、この国にもたらすであろう、輝かしい未来の可能性が、全くお分かりにならないのですね」


 わたくしは、テーブルに置いたままだったジャムの小瓶を、そっと、自分の手元へと引き寄せる。


「結構ですわ。価値の分からぬ方に、このわたくしの宝物を、無理にお売りするつもりは、毛頭ございませんもの」

「わたくしは、わたくしのやり方で。この宝石の、真の価値を、この王都の人々に、知らしめることにいたします」


 呆気にとられる狸親父に、わたくしは、一度だけ、優雅に、完璧な淑女のカーテシーをしてみせる。

 そして、少しも臆することなく、堂々とした、女王のような足取りで、ギルド長室を、後にした。


 商人ギルドという、最初の、そして最大の壁。

 それに、見事にぶつかって、砕け散った、わたくし。


 けれどその瞳には、絶望の色など微塵も浮かんでいなかった。

 むしろ、「ああ、面白くなってきた」とでも言うように、不敵な、そして楽しげな光が強く宿っていた。


 既存のルールが、通用しないというのなら。

 その、退屈なルールそのものを、このわたくしが、根底から変えてしまえば、いいだけの話なのだから。

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