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どうせ悪役令嬢なら、二度目の人生は自分ファーストで! ~冤罪で断罪された完璧淑女、時間を遡って好き勝手に生きてたら、なぜか周りがひれ伏し始めました~  作者: ヲワ・おわり
第4章:領地改革は「美味しい」から

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女神様の厨房

 わたくしは馬から降りると、ルビーベリーの低木に駆け寄った。そして朝露に濡れて輝く、血のように鮮やかな赤い実を一粒、そっと指で摘み取る。

 陽光にかざすと、それはまるで、心臓を持った小さな宝石のようだった。

 意を決して、それを、おそるおそる口に含む。


 ――衝撃。


 最初に脳天を突き抜けるような、鮮烈な酸味が、舌の上で炸裂した。思わず、顔をしかめてしまうほどの酸っぱさ。

 しかしそのすぐ後に、ベリー系の果実が持つ、芳醇でどこか花の蜜のような華やかな香りが、鼻腔をくすぐるように駆け抜けていく。そして最後に、凝縮された太陽の光のような、濃厚でしかし品の良い甘みが、舌の上にいつまでも残るのだ。


「――これは、宝物よ!」


 わたくしの唇から、確信に満ちた声が漏れた。

「(この強烈な酸味は加熱することで、深いコクと旨味に変わる。この華やかな香りは、砂糖の甘さと合わさることで、何十倍にも膨れ上がる。そして、この最後に残る上品な甘みは、その全てをまとめる、黄金の蜜となる…!)」


 一度目の人生で得た、膨大な食に関する知識が、わたくしに、まだこの世に存在しない「完成形」の味を、はっきりと幻視させていた。


 わたくしは、兄フェリクスに手伝わせ、持てる限りの袋に、山のようなルビーベリーを詰め込むと、一目散に、代官の館へと馬を走らせた。

 そして、昼食の準備でてんてこ舞いになっている厨房の扉を、バン! と、淑女にあるまじき勢いで開け放つと、そこにいた全員に向かって、高らかに宣言した。


「――これより、この厨房は、わたくしが使わせていただくわ!」


 厨房にいた料理長をはじめとするスタッフたちは、一斉に、ぽかんとした顔でこちらを見た。

 泥だらけの乗馬服姿の公爵令嬢が、鳥の餌にしかならないと誰もが見向きもしなかった、酸っぱい実を山ほど持ち込み、厨房を乗っ取ろうとしているのだ。

 誰もが、「ああ、お姫様の気まぐれが始まった」と、呆れと困惑の表情を浮かべていた。

 兄様が、「まあまあ、可愛い妹の社会勉強に付き合ってやってくれ。何かあったら、俺が全責任を持つからさ」と、必死に間に入って、料理人たちをなだめてくれる。本当に、頼りになる兄だ。


 こうしてわたくしの、生まれて初めての商品開発は始まった。

 大きな銅鍋に、ベリーと砂糖を入れ、火にかける。

 しかし知識と実践は、全くの別物だった。


「あら、火が強すぎたかしら。少し焦げてしまいましたわね」

「まあ、今度は砂糖が少なすぎたようね。ただ酸っぱいだけの、赤いお湯になってしまったわ」


 失敗、失敗、また失敗。

 けれど不思議と、少しも嫌ではなかった。

 完璧主義者だったはずのわたくしが、失敗を全く恐れていないのだ。

 エプロンはベリーの紫色の汁で汚れ、額には汗が浮かび、頬には煤がつき、もはや公爵令嬢の見る影もない。

 しかしその瞳は、子供の頃に兄様と秘密基地を作った時のように、キラキラと輝いていた。

「あら、この焦げも、少しビターで、これはこれで大人の味ね!」「次は、庭から摘んできたハーブを入れてみましょうか!」

 心から、この作業を楽しんでいた。


 最初は、「やれやれ」と、遠巻きに見ていた料理人たちも、そんなわたくしの姿に、次第にその見る目を変えていった。

 失敗を恐れず、ただ純粋に、「美味しいもの」を追求するわたくしの姿に、彼らは、いつしか忘れかけていた、料理人としての熱い初心を、思い出していたのかもしれない。


 ついに、見かねたベテランの料理長が、口を開いた。

「…お嬢様。火加減は、鍋肌の泡が、ふつふつと、宝石のように輝き始めた時が、潮時でございます」

 その一言を皮切りに、他の料理人たちも、堰を切ったように、助言を始めた。

「お嬢様、その強すぎる酸味を和らげるなら、隠し味に、ほんのひとつまみ、岩塩を入れると、味が締まりますぜ」

「香り付けなら、そのミントの葉も良いが、こっちのレモンバームの方が、ベリーの香りを殺さずに、爽やかさを加えてくれるはずだ」


 わたくしも、彼らのプロとしての知識に、素直に耳を傾ける。

「まあ、さすがはプロフェッショナルね! 教えてくださって、ありがとう!」

 わたくしの、何のてらいもない素直さと、底なしの情熱が、頑固な職人たちの心を、ゆっくりと一つにしていった。

 いつしかそれは「お嬢様の道楽」から、「全員で、この領地で最高のジャムを作り上げる」という、熱い共同作業へと、姿を変えていた。


 そして。

 わたくしの持つ、未来の「知識」と、料理人たちが持つ、長年の「経験」が、銅鍋の中で、完璧に融合した、その時。


 奇跡は、起こった。


 それまで、どこかくすんだ赤色だった鍋の中の液体が、ふっと、光を放つように、鮮やかな、吸い込まれるようなルビー色へと変わったのだ。

 そして厨房中に、これまで誰も嗅いだことのない、濃厚で甘く、そしてどこか気品のある芳醇な香りが、満ち満ちていく。


 完成したジャムを銀の匙でそっとすくい、味見をした料理長のその皺だらけの目から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。


「…こ、これは…。ジャムなどという、ありふれたものでは、断じてない。まるで、我々を見守ってくださる、この土地の女神様が、我々にだけ、そっとお与えくださった、奇跡の味だ…!」


 その、心からの賛辞を聞き、わたくしは、煤で汚れた頬のまま、満面の笑みを浮かべた。

「ええ、そうね。ならば、このジャムの名前は、こう名付けましょうか」


「――『女神のルビー』、と」

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