テレビを消すと「今見てたのに」と起き上がるゾンビ
いつもありがとうございます
おふざけで「ゾンビ」と表現しています。ご理解ください。
エッセイではありません。
よろしくお願いします。
《side妻》
ソファーに座りぐったりと首を項垂れたまま目を瞑り、ぴくりとも動かないゾンビ。
しかしその手にはしっかりと携帯が握りしめられていた。
目を瞑ったゾンビが食い入るように見ているように見える携帯の画面に流れるのは、この道30年のオヤジが50人前の焼きそばを作る動画。
オヤジが頭にタオルをきゅっと巻き、大きな鉄板の前に立つ。
カンカンッとヘラの金属音を鳴らしたらスタートの合図。
シャッシャッと手際よくヘラを動かして、申し訳ないほど少ない肉とキャベツと麺を混ぜていく。
そして途中、バラっと豪快に揚げ玉を加えてさらに混ぜる。
それぞれの具材が麺と満遍なく混ざったのを見計らい、どろりとたっぷりソースをかける。
その間、オヤジの動かすヘラが止まる事はない。
タタンシャッシャッとリズミカルにヘラを動かし、黄色かった麺が茶色く染まっていく。
そんな焼きそば動画が手元で流れているというのに、ゾンビが座るソファーの前にあるテレビの大画面には、芸人が旅する映像が流れている。
2人組の芸人がふらふらと気ままにあちこちを巡り、アクティビティを楽しみ、ご当地グルメを満喫する旅番組である。
道中2人の掛け合いに「あっはっは…」とわざとらしい既製の笑い声が流れても、その声にゾンビが反応することはない。
遠くから確認してもゾンビは死んだように見える。
いや、もう死んでるのだが。
ゾンビの左手から床に滑り落ちたのだろう、足元に転がるテレビのリモコン。
今、私に課せられたミッションは、ゾンビに気づかれないよう、リモコンを回収する事だ。
完全に気配を消すと、私の気配が消えた事で身の危険を察知したゾンビが目を覚ます可能性があるので、どれだけさりげなく近寄れるかがポイントである。
うっかりテレビの前を通り、光を遮断してしまっても目覚める危険がある。
その他の小さな事に気をつけながら素早くゾンビに近寄り、足元のリモコンに手を伸ばしそのままテレビを消す。
刹那、ゾンビがカッッと目を剥き「今観てたのに」と言ってリモコンを奪い返そうと手を伸ばしてきた。
ソファーから立ち上がらず伸ばすゾンビの手が届かないよう、リモコンを持つ手を高く上げて言う。
「今完全に寝てたよね?」
ゾンビは言う。
「観てたよ!」
何故ここで認めないんだろう。無駄に長引くだけなのに。
「寝てたじゃん?」
「観てたって!」言い張るゾンビは譲らない。
「じゃあ2人は何食べてた?」
「 ……………………………… 焼きそば ……………………………… 」
「それ、オヤジが作ってただけで誰も食べてないけど?」
「…」
「観てなかったの認めなよ」
「…」
いつもこれ。
ほんと、疲れるんだけど。
★☆★☆
《side複数人のゾンビ》
会社での休み時間、俺のデスクから少し離れた所でコーヒーを飲みながら後輩の寺田と遠藤の2人が話している。
「テレビのコマーシャル、あれ長いじゃん。その間YouTube観ようと思ったんだよね。で、YouTubeの方が面白くてテレビ忘れちゃってさ、気づいたら寝落ちしてて…嫁が怒ってテレビ消してるわけ」
寺田ぁぁ!同志よ!俺もそれで嫁に怒られたんだ!
「ああ、わかるわかる!俺もよくやっちゃうわ」
遠藤!!お前も同志か!!
「だろ?んでさ、嫁に「寝てるならテレビ消して!」って言われるんだけど「起きてるよ!」って言って喧嘩になっちゃうんだよね」
「わかるわ。俺も同じだわ」
うんうん、俺も同じだ。
「嫁に「起きてる!」って言ったけど、あれさ、俺、寝てるわ」
そう言って寺田が笑う。
「わかる!寝てるんだけど、寝てるの認めたら負けた気がするんだよな!」
遠藤!その時点で俺もお前も負けてるんだよ!
「そうなんだよ!認めたら負けって思って「寝てない」って言うんだけど、完全に寝てたわ〜って」
「そうなんだよな〜。で、嫁に「じゃあなんて言ってたか教えて」とか言われても言えるわけないよな。寝てたんだから」
なんで2人とも楽しそうなんだろう。
笑って話すことで贖罪になるなら俺も仲間に入れてくれ!
「負けたくないって思ってる時点で負けてるよなぁ…」
「ちゃんと反省してるけど、またやっちゃうんだよな」
「やっちゃう、やっちゃう(笑)」
コーヒーを飲み干した2人。
笑いながらカップをゴミ箱に捨て、仕事に戻っていった。
「俺だけじゃなかった…」
謎の安心感に包まれながら、今度の週末は寝てたらちゃんと寝てたと認めることにしようと誓う俺。
★☆★☆
「じゃあ、明日のお天気言ってみて?」
リモコン片手に冷たい目で俺を見下ろす嫁に、何も言えない俺だった。
エッセイではありません。