1 気づいたら「腹がへってた・・・。」
彼は何かの膜の中に包まれて、土の中に埋もれて居ました。
「なんだろう・・・ここは?」
土に包まれた薄暗い入れ物の中で、生まれて初めて意識を持った彼は、そう思いました。
でも本当は、まだ彼は生まれてません。
意識は生まれましたが、身体は、まだ産まれてなかったなかったからです。
7月の始め。
彼は今から13日前の夜に、この土の中に卵として産み落とされてから、ずっと細胞分裂を繰り返して、卵の外に出るための身体を・・・いや、卵の外の世界で生き抜く為の身体を作ってきたのでした。
そしてさっき、生まれて初めて自分の存在に気が付いたのです。
「暗くて・・・暖かくて・・・安心する・・・。」
彼は、自分の身体の感覚を確かめるようにして動かしました。
それは、土の中に産み付けられたいくつもの卵の中の一つの中で蠢いたムカデの一種・・・今はまだとても小さな『ゲジ』の幼虫でした。
それから2日後の夜。
彼はそれまでとても居心地が良かったと思って居た卵の中が、狭くて窮屈に感じてきました・・・。
「体を折り曲げてやっとだよ・・・狭いな・・・苦しくなってきた・・・。」
彼は、そう思って、細長い体の節から生えた8本の脚を動かしました。
そして、自分を包んでる卵の膜を蹴飛ばしたりしてみました。
すると、少し前にそうしても、まるでびくともしなかった膜が、少し押っつけられるだけの力が自分に付いてることに、彼は気が付きました。
「なんだ?・・・これなら・・・これを繰り返せば、外に出られるかも知れないぞ!」
彼は、そう思って、休んで力が回復したら卵の膜を蹴飛ばしたり、頭を動かしたり、顎を開いたり閉じたりしてみました。
それで彼は自然と思いました。
「僕の顎を使って、この膜を噛みちぎったら、外に出られるんじゃないかな!?」・・・と。
そして、思った通りに彼はやってみました。
すると卵の膜は簡単に噛みちぎれたのです。
しかも、薄暗い土の中に居たと思ったら、そうでは無く、卵は湿った土が少し掛けられてただけでしたから、だから彼は、簡単に地面の上に這い出る事ができたのでした。
「なんだ・・・。どうして、こんな簡単な事が今までできなかったのかな・・・僕は・・・。」
彼はそう思うと、頭の先とお尻の先から伸びた長い触覚と、頭にある複眼を使って辺りの様子と自分が今まで入って居た卵の状態を確かめました。
気が付けば、彼はとても軽い細長い節でできた身体とはいえ、重力にも負けないだけの力を付けた細長い8本の脚で大地に立って居ました。
辺りは暗かったのですが、彼には良く見えてました。
彼の複眼は暗い所でも、良く見えるようにできてたからです。
彼は直ぐに移動を始めました。
それは、彼は、このままここに居るのは、嫌な感じがしたからでした。
「とにかく・・・どこか、隠れられる所へ行こう・・・。」
彼はそう思って、空になった卵を足早に後にしました・・・。
卵から彼が立ち去った後・・・。
その周りからは、数匹の別のゲジが産まれ出てきました・・・。
彼が少し移動すると、身を隠すのにちょうど良い枯れ葉がありました。
「ここなら、きっと安全だろう・・・。」
落ち葉の下のジメジメした心地好い空気は、彼を暖かく迎えてくれました・・・。
「はぁ・・・良かった・・・。」
彼は脚の動きを止めて、頭とお尻から伸びる4本の触覚を振りながら自分の周りを確かめながら、枯れ葉かの下から辺りを覗き見ました。
「なんか・・・一安心したら・・・腹がへってた・・・。」
彼は、産まれて直ぐでしたが、もう『何か』を食べたいと思いました。
でもそれは、葉っぱとか、土とかではありませんでした・・・。
その『何か』とは虫・・・。
自分よりも弱くて小さな虫(蟲)だったのです。
つづく




