第51話 ─国境の城塞─ 神よ擁護をたれたまへ あまりにつらき災な来そ*
農園を出発してから2度目の休憩。
ウィルマの提供した城塞情報によると、傭兵や労務者が利用する店が幾つかあるということなので昼食は城塞内で摂ることになった。
俺とマヤ、残り3人という組み合わせで、食事は異なる店か露店商で購入するが、昼の遅い時間に到着予定なので選択の余地がなければ、俺は冷えても食べられる物をテイクアウトして、皆より2時間後に食べるということで話は落ち着いた。
お昼過ぎ、行く手に聳える高い壁が見えてくる。城壁は低い所で9m、1番高いところは12mぐらい。凡その目安としてビルの3階から4階といったところか。
城壁越しの空に昨日までは無かった大きな灰色雲が広がっている。
城塞の名称は「シュガローフ」。
エァル国に通じる主街道はボックステッド子爵領の領庁ファグス・クレナであり、行商人等であれば2泊3日の行程で到着する。
もう一つの男爵領に通じる支街道は、長年誰も道路の補修を行っていないために、荒れ地の中に道らしきものが残っているという状態のようだ。
現在、城壁の補修は終了し内部施設も粗方整備を終えている。
傭兵や労務者相手の商売人用の施設と、農作業従事者用の住居建設が進行中とのこと。
在住者(正規兵・傭兵を含む)は200人前後。未登録者が数十人。未成年と老人の割合は合わせても1割未満という歪な年齢構成比になっている。女性は2割前後で、基本的に人妻か娼婦のどちらからしい。
周辺地形の特色として、ポコポコと小さな丘が点在している。
作物が生育すれば小麦色や緑色の海に島が浮かんでいるように見えたのだろうか。
高さが5mもない丘の幾つかは「イドウム」と昔から呼び慣らわされている旧い墓だそうだ。
城門が間近に見えてきたなと眺めていると、槍を持った門番がこちらを指差し大声をだしている。
城門からわらわらと槍を携え4人の男たちがこちらに駆けてきた。半球形の兜を被り、皮鎧を着用している。
「この馬車は何だ! 今直ぐ馬車を止め、全員降りてこい!」
現場の指揮官? 責任者? らしき人が道を塞ぎ、他の者たちは馬車を取り囲み槍を構える。
槍を向けられた子爵の馬が威嚇するように嘶く。
「この馬車はボックステッド子爵の持ち物です。今回は貴族が乗車しておらぬため外装を剥いで使用しています」
馬をいなしてから御者台を降りたウィルマは腰から鞘のついた短剣を外し、正面で詰問する男に鞘ごと手渡した。
短剣を受け取った男は鞘に描いてある紋章を確認すると、直ぐにウィルマへ返還する。
「失礼した。但し、これより早馬にてファグス・クレナへ確認の者をだす。その者が帰還するまで此の地にて滞在を願うが、よろしいか!」
男はそこまで言ってから、馬車を降りてぞろぞろと連れ立ってウィルマの側に歩いてきた俺たちに目を向ける。
「……何だお前たちは」
そこで男の思考が止まる。
誰が次に口を開くのかと様子を眺めていると、門の方向から馬蹄の響きが聞こえ馬がこちらに駆けてくるのが見えた。
目の前に馬で乗りつけてきた長身で筋肉質の中年男性は、上等そうな皮鎧を着用しているがヘルメットは被っていない。男はどさりと馬から降り立つ。槍を構えていた男の1人が慌てて轡を抑えるため馬に駆けよる。
「盗品の疑いのある貴族用馬車がやってきたと言うから駆けつけてみれば、頗る付きの別嬪さんが4人もこんな何もない鄙地にお越しとはな。何しに来た!」
観光に来たと、子爵に言われたことをそのまま伝えるのは駄目だろうなぁと、ウィルマを見る。まぁ何か考えているだろう。
ウィルマは何かを言いかけては口を噤み、又、口を開こうとしては閉じる。
何かに耐えるように1度俯いたかと思うと振り返り、少女たちを左右に従えた俺の顔を見つけると、縋るように俺の目を見つめてきた。
ウィルマと見つめ合うのはこれが初めてな気がしたが…… このポンコツ。何も考えていなかったのか……
もしかしたら、ウィルマは俺の後ろにいる誰かを見ているのかもしれない。
俺たちのウィルマさんが、俺のような変な男を当てにするわけがないではないか。
そう思い直して、俺も後ろを振り返ろうとする。
「隊長!」
最初に馬車を止めて、ウィルマの短剣を確かめていた男が隊長と呼んだ男に何事かを耳打ちする。
「子爵?」
隊長と呼ばれた男は、改めて馬車と俺たち1人1人を見定めていく。
なおも男は何事かを耳打ちしている。
「それには及ばんだろう。こんな馬車泥棒がどこの世界にいるんだ」
そう言うと、槍を持ってこちらに駆けつけ、馬車を取り囲んでいる面々に「通常業務に戻れ」と指示をだす。
「さてと、ここでは話せないのか、俺には話せないのか知らんが、お前たち! ついて来い」
隊長と呼ばれた男は後ろを振り返りもせずに、側にいた馬に乗ると常歩で城門に向かって行く。
馬車に乗り込む前に一応確認しておくか。
「ウィルマさん。俺が仕切って良いのか? それとも任せて大丈夫なのか?」
御者台に歩きかけたウィルマの動きがピタリと停止した。
「バカな事を言わないのならあんたで良いと思うけれど、何を言うのか先に馬車内で話しなさい」
言いたいことだけを言ってリンは最初に馬車内へ。
何故かマヤとロミナは、俺の顔を見て肯いてから馬車に乗り込む。
今のは俺を信頼しているという肯きなのだろうか。首を捻りながら少女たちに続いて馬車に乗り込んだ。
「それで、あんたは何を言うつもりなのかしら?」
俺が車内に入ると、座る間を待つことなく詰問調の声が飛んできた。
「何って、正直に言えば良いんじゃないの? 日本人の俺に『改修された城塞と人類生活圏の端を見に行ってはどうか』と、子爵が馬車を用意したことを」
……なんだろう。この珍しいものを見ているという空気感は。
「そっそうね。それで良いと思うわ」
3人全員が取って付けたような笑顔で肯いている。
リンは日本での食事中や変な事を考えたときに笑顔を見せたが、ロミナの笑顔はこれが初めてな気がする。
こいつらは俺を何だと思っているんだ?
馬車が止まった。
「ここで待ってろ!」
野太い声が聞こえたので外を見ると、隊長と言われている男が内壁の門前に立つ金属製の札甲を着用した若者と話している。
こちらを指差して何やら説明すると歩いて戻ってきた。
「お前たちはあの小屋だ」
内壁の門と道路を挟んだ反対側にある小屋を指差す。
隊長と呼ばれた男を先頭に小屋に入ると中には4人の男たちがいた。
入室と同時に談笑が止み、男たちは立ちあがる。
「間もなく総司令官殿がお越しになる。見苦しくないように手早く室内を片付けてくれ」
「お嬢さんたちは左側の壁に寄っておいてくれ。代表はお前で良いのか?」
そういうと男は俺の前に立つ。その眼光は、先ほどの門前での軽薄さから一転し真剣な探りを入れてくる。
「訪問の経緯を述べる者という意味なら私です」
「おかしな恰好をしているが貴族家の家臣なのか?」
「いえ違います。日本から球冠鏡で話しかけた相手は貴族でしたが私は平民です」
「その話しかけた相手がボックステッド子爵ということか?」
「そうです」
「目的は?」
「子爵に行ってこいと言われたので」
少女たちは揃って顔をこちらに向けたが、何も言おうとはせずに成り行きを見守る。
「かーっ、お前正気か? 本当に子爵はそんな提案をしたのか?」
男は片手を髪の中に突っ込みわしゃわしゃと動かしながら、心の底から呆れたというゼスチャーをとる。
もう1度質問を繰り返そうとしたのか何か言いかけたが、思い直したのか男は黙り込む。
「総司令官殿にはきちんと話せよ」
そう言うと男は室内の片付けをしている男たちのところに行き、追加の指示を出しはじめた。
脇腹を誰かが突く。そっちを向くとリンが俺の耳に顔を寄せる。掛かる息がこそばゆい。
「何でちゃんと言わないのよ」
「同じ話を何度も繰り返すの、嫌いなんだよ」
「それ、馬車の中で話したことは2度言わないってこと?」
「いや、それは数に入れていない」
リンは続けて言葉を吐こうとしたが、俺が男の方に目配せすると何も言わずに正面に体を向けた。
男はこちらをじーっと見つめていたが、俺が目配せして会話を打ち切ったので視線を外した。
考え事をしていたので、どれくらい時間が経過したのかわからないが、ノックもなく不意にドアが開いた。そういえば隊長とよばれた男もこの部屋に入るのにノックをしていなかったな。
金属製の札甲を着用した若者2人が部屋の中に入ってきて、確認するかのように室内を目で嘗め回す。
2人共。女性が並んで立っているところを見たときだけ目の動きがゆっくりだったが表情に変化はなかった。
互いに肯きあうと1人が前に出て、もう1人が後ろに下がる。
背の高い老人が入室してきた。この人も金属製の札甲を着用している。
一旦室外に出た若者も老人に続いて再入室している。
いつのまにか部屋の奥からこちらに移動していた隊長と呼ばれている男がドアの側に来ていた。
老人の方が少し背は低い。
「ボックステッド子爵の使いとは、そこに突っ立ている者たちか?」
老人は近づいてきた男に問い質す。その声は低く、室内によく響いた。
「いやぁそうだろうと思ったんですが、こいつら俺には話せねーのか、目的をはっきりと言わねーんで困っています」
「ふむ」
老人は部屋の奥に目を向けると、男の部下らしき者たちを指差す。
「あの者たちを退室させよ。部下が周囲を警戒しておるが、更にその外側の警戒を命じてくれれば助かる」
「手前は残っても宜しいんで?」
「2度手間は好かん。ここにおれ」
「わかりました」
男は振り向くと部下らしき者たちに命じる。
「お前たち聞こえていただろ。総司令官殿の言われた通りにしろ」
部屋に残ったのは俺たち5人と、隊長と呼ばれた男と、金属製の札甲を着用した3人となった。
老人は部屋の中央に歩いて行き、1脚だけ用意されていた椅子に腰掛ける。続いて若者2人がその後方で待機するために歩きだす。
男は俺たちと老人の中間で、双方の視線を遮らないように壁側に立つ。
「先ずはお前たちが何者なのか名乗ってくれ!」
老人は俺たちの方を見ているが、誰にも視線を合わせずに威厳のある声でそう言い放った。
「但馬と言います。日本という国で低脅威度ダンジョンを探索しています。ダンジョン内で習得したオーブ4個を使用して、各貴族家からご支援を賜っております。4個目のオーブでボックステッド子爵家と接続したところ、子爵から『人類生活圏の端まで見て廻ってはどうか』との提案を受け馬車を提供していただきました」
隊長と呼ばれている男は俺の説明が不満なのか、又片手を髪に突っ込んで搔きまわしているが発言しようとはしなかった。
「マヤ・カトーと申します。オールバラ伯爵家の家令テイラーに雇われている伯爵家の陪臣です。家令の命により但馬さんの護衛を務めております」
マヤはいつものように綺麗なお辞儀をしている。それを見て気がついたが、俺は一切頭を下げていなかった。この娘たちは俺がうっかりミスをしたのだと、後で言いわけをしたら信じてくれるのだろうか。
「リン・グリンプトンでございます。ファーンズワース卿のご令名は生前の父グリンプトン子爵から聞き及んでおります。本日はお目通りが叶い天にも昇る心持ちです」
老人の眉が少し動いた気がした。元貴族なのに、今の自己紹介では相手が誤解する余地があると思うが大丈夫なのだろうか。
「ロミナ・ファーガスと申します。ファーガスはセカンドネームとして名乗るように家令から命じられておりますが、平民でございます。クーム侯爵にお仕えしております。但馬様の護衛です」
老人の表情に変化があったようには見えないが、男の方は口が少し開いている。
「ウィルマ・ウォーデンです。ボックステッド子爵邸にて何度かご同室の栄に浴しています。今回はこの者たちの案内をボックステッド子爵より命じられました」
老人は肯くと座ったまま口を開いた。
「知っておる者もいるだろうが、リカード・ファーンズワースだ。トクマト教会よりこの城塞シュガローフ総司令官の任を授けられた」
ファーンズワースは視線を男に向けた。
「あぁそういや言ってなかったな。俺はニック・ザ・グラブだ。城塞内警護のために傭兵隊を率いている隊長だ」
「これで互いが何者であるか、確認は済んだな。お前たち、何をしにここへ来た!」
何でこの爺さん、俺を睨むんだ?
* 上田敏訳詩集『海潮音』パウル・バルシュ「春」新潮文庫 1952




