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第5話 ~1話の数年前~ 会議という名の……

 所謂イワユルゴーストップ事件* で、巡査と兵隊が殴り合いの喧嘩をして以来、日本の警察と陸軍は仲が悪いと言われているが、管轄に重なるところがあるのだから、対等な組織同士であれば何処の国でも程度差はあれ、仲は悪いんじゃないだろうか。

 まぁゴーストップ事件で信号無視云々と言っても、赤信号では道路を横断するなと法に定められたのは戦後の話なのだが。

 現在の防衛省は実に大人しい。常に警察庁に譲歩し、決して警察の管掌カンショウを犯さない。


 進行役を自任している内閣府の若い男が手に持ったペーパーの文言(モンゴン)を声に出して読み続けている。

 何を話しているのだろうかと注意を向け、きちんと聞こうとすると唐突に裏返った男声が室内に響いた。


「北米って、アメリカやカナダに古代文明なんかないじゃん!」


 机に貼ってある紙には国土交通省危機管理官とある。相撲取りのような体格と、相撲取りのような肌つやで、特徴的なドングリ眼をパチクリさせながら同意を求めるかのように左右に笑顔を向けてキョロキョロしている。

 スポーツ推薦でエスカレーターに乗ったままキャリア官僚に潜り込んだ口か、それとも国交省だからアッチ枠かな?


 気がつくと室内を沈黙が支配している。半数ぐらいの出席者が何故か僕を見ている。

 僕の後ろに何かあるのだろうか。

 タメしに振り向いてみようかと思案してると、隣の席の樋口さんが何か言おうとしていた。



 その時。



「頭わりーな。おい。北米に古代文明なんかないことは小学生だって知ってるぜ!」


 半ズボン男が何か言っているが、僕の周辺視は国交省の男が場の主導権を横取りされたことで露骨に顔をしかめたのを捉えた。あいつ。無知な男のふりをして何か企んでいたのか。狸め。そういや外観も狸だな。

 分かってる。コレは僕の仕事だ。公衆の面前で恥をかされた男と、かした男の顛末テンマツは、明治の文豪** を持ち出すまでもない。


 僕は内閣府の男を目で押さえて国交省の男性に話しかける。

「え~と。北米においては、先プエブロ。通称アナサジ文化をはじめとして、ミシシッピ文化等複数が確認されており、ここ数十年で徐々に日本でも知られてきています。まぁ日本の教科書*** では大きく取り上げることは今後もないでしょうが」

 今、顔を伏せたのは文部科学省か。文科省は何をしに来たんだ?


「近年の話題とするのならば、今までは文明がなかったとされているアマゾン河流域でも考古遺跡の発掘調査が進み、何らかの文化が存在していたことは確実視されています」


「ほぉ~そいつは知らなかった」


 北米は知っていたがアマゾン河流域は知らなかったな。複数の声が聞こえる。これだから蘊蓄語りはやめられない。


「惜しむらくは、今回のダンジョン騒動でアマゾン河上流の調査発掘は数十年単位で遅れるでしょう」


「何故ですか?」


 樋口さんが可愛らしく首をかしげる。


「それはね。中南米諸国の大半は一応近代国家の体をなしているけど、内実は中央集権化が未達の中世社会だから。今、ブラックマーケットで出回りはじめているダンジョン産は、大半が中南米のダンジョンからでてきたものをその地のファミリーか反政府武装集団が売りに出した物だよ」


 この人は何を言っているのだろう。キョトンとした顔のまま樋口さんは話の続きを待っている。


 このまま脱線話を続けていいのだろうか。逡巡シュンジュンしていると、無視されている半ズボン男が爆発した。


「お前はさっきから何を言っている。俺はそんな話を知らない。お前の話は全て出鱈目だ。どうせ怪しげなネット情報を情報の真偽も確かめずに喋っているのだろうが、コピペ乙~~ 」


 僕は内閣府の若者に言い放つ。


「中途半端な時間ですが、1時間休憩にしませんか。戻ってくる前にこの状況が改善されていないのなら、こんな会議に意味はない。皆さんお忙しい身のはずです。学級崩壊状態で雁首ガンクビ並べてもしょうがない」


「か~腹が(イテ)ィ。お前面白すぎ。事実を指摘され、議論に負けたから泣いて便所に逃げ込むのかよぉ。気持ち良いぐらいに負け犬のテンプレ並べてやがるぜ~」


 アレの下品さに同席を嫌ったのか、次々と席を立った出席者が部屋を出ていく。

 目つきの悪い男はスマホを取り出して誰かに指示をだしている。

 そういえば、重要会議に分別していいはずなのに、会議前のボディチェックも通信デバイスの提出も要請されていない。この国のセキュリティはどこまでもザルのままだな。

* 1933年(光文8年)に大阪市の天六交叉点で起きた巡査と陸軍兵の喧嘩と、それに端を発する警察と陸軍の対立。ゴーストップとは信号機のこと。

別名は、天六ゴーストップ事件。天六事件。

満洲事変後の中国大陸におけるゴタゴタの最中に起こったこの事件は、軍部が警察の管制に従わず、政軍関係が異常になる切っ掛けの1つとなった。


** 夏目漱石『こゝろ』角川文庫 2004 「先生と私」より抜粋

「かってはその人の膝の前にひざまずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬をしりぞけたいと思うのです。私は今よりいっそう寂しい未来の私を我慢する代わりに、寂しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己とにみちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの寂しみを味わわなくてはならないでしょう」


*** インターネットの普及で、生徒側から四大文明という用語の至当性についての突き上げが多いのか、近年では長江文明もあるので四大文明とは言わなくなっているという躱し方が教師間で推奨されている。勿論この問題の本質は、中国のプレゼンスが低下しないのであれば、これまで四と言っていたのを五に修正して譲歩してやってもいいという話ではない。そもそも四大文明という用語を用いているのは日本や中国等の片手の指で数えられる少数国のみ。

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