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第40話 君のまちがいは いつもおびえる心

オリジナルの40話は『The Outsider -memorandum-』「異世界に呼ばれるのは日本人限定がお約束?」に移動しました。但馬の能書きを堪能されたい方、ご用とお急ぎでない方はそちらへの移動をお薦めいたします。

 昼食へと向かう車中の空気は随分と華やいだ気がする。そんなにズボンが嫌だったのか……


 車は軽自動車同士であればギリすれ違えるかという狭い路に入って行く。

 この辺りは空襲で焼け残ったのか、戦後の早い時期に家を建てたのか、古い民家がぽつぽつと残っていて、高度経済成長期・第2次ベビーブーム・バブル時代と、日本の直近百年間の民家見本市という景観になっているので、街並みに統一感が全くない。ムシろ最近建てられた家の方が異様な場違い感をカモし出している。


 開店してから10年経っていないはずの、目指す日本料理店に到着した。店指定の駐車場に車をとめる。

 20年前であれば、こんな辺鄙というか都会の隙間のような場所に、ランチで4000円も要求する店を出店しようとは誰も考えなかっただろうし、地銀や信金も審査を通さなかったのではなかろうか。


 俺は小学校への通学路だったので、この辺は自転車の通れない路地にまで精通していたが、外からやってきた人はナビがなければ店にたどり着けないと思う。


 古い民家を部分的に改装した店内に入る。土間の三和土タタキには金をかける気がなかったのか妙にみすぼらしい。かすかに炭の香りがする。

 如何にも近所のおばちゃんがパートでやっていますという感じの中途半端な服で中年女性が玄関口に出てきた。前掛けがなければ店員かどうかの判断がつかないのだが、夜営業ではまともな服を着た店員が出迎えるのだろうか?


「先程お電話をさせていただきました但馬です。今からでも大丈夫でしょうか?」


「はい聞いております」


 にこやかな笑顔のおばちゃんに導かれ、俺たちは屋内へと足を踏み入れた。新品の靴下を履いた少女たちは、廊下を歩きながら古い木造家屋特有の軋む音や土臭い壁の臭い等、警戒と好奇の入り混じった視線を周囲に投げかけながらついてくる。引き戸を開けられた部屋に入ると正面に中庭が見えた。桜。いや、アーモンドの花が少し残っている。日当たりの悪そうな庭だから遅れて咲くのか。今までとは明らかに違うグレードアップした部屋に通されていることに気がついた。何時も1人で食べにくる俺は上客と見做されていなかったという事実を突きつけられ、少しだけ心がささくれる。


 久しぶりなので何処が上座か一瞬迷ったが、とりあえず床の間の前に座った。

 この部屋のように明確な席次が定まらないようにワザとあしらえた部屋はうっとおしいだけだ。


 そういえば外国人は畳に座るということが苦手らしいけれど、このたちは大丈夫なのだろうかと見回すと、各々が慣れているように畳の上に座っている。野外やダンジョンで地面に座ることもあるのだろう。


「ランチは真コース4人様と聞いております。変更やお飲み物のご注文はありますか?」


「私は車の運転がありますし、このたちは未成年ですのでコースだけで結構です。ただ…… この3人は生魚を食べれていないので、焼き魚か他のものに変更が可能であればお願いします。時間的に無理なようでしたら生魚は残すかも知れませんが、アラカジメめご承知おきください」


「変更が可能かどうか聞いてまいります」


 仲居さんが退室すると唯一会話を理解できたであろうリンが苛立ちながら「食べられるのなら食べたい」と言ってきた。


「変更できなければそのまま食べれば良いけれど、こちらが要求して向こうが応じてくれたのに、それを又変更してもらうというのはめて」


「どうしてよ? こっちは客なのよ。食べたいものを食べたいと言って、何が悪いの?」

 リンは不満を隠そうともせず、あからさまに頬を膨らませた。


「こういう店は料理の1品1品にそれなりの手間をかけている。店がどの段階から何にどの程度の手間をかけるかはわからないけれど、入店した時点で下拵シタゴシラえを始めていたのなら、既に素材を無駄にさせたかもしれない。こちらの要求に応じてくれると仲居さんが伝えてくるさいには変更した調理をはじめている。それを再変更して最初のものでいいなんて言ったら間違いなく気を悪くさせる。そんなことはできない。生魚が食べたいのなら別の機会にタメして」


「だから、それがわからないって言ってんの! あんたのそういう、面倒くさい理屈が!」


「あのぉ但馬さん。お店の人が気を悪くするからできないとオッシャっておられるのですか?」


「相手側の立場をオモンパカって行動するのが日本社会の美徳だよ」


 引き戸が音もなく開いていくと先程の仲居が顔を出し、料理の変更に応じるため少し時間がかかると告げてくれた。


「今、どちらのお言葉で話されていたんですか?」


 大阪のおばちゃんであればこれぐらいは許されるという剥き出しの好奇心で聞いてきた。本当に中途半端な店だよな。ここ。オーナーは従業員教育にも力を入れて欲しい。まともな日本料理店のつもりでいるのなら。


「東欧寄りの西アジアですが、事情あってSNS等に書かれては困りますので、国名等への詮索は止めてもらえますか」」

 俺は無表情で、仲居の目をまっすぐ見て釘を刺した。


「書きやしませんよ。こんなお綺麗な子らに囲まれて鼻高々やね!」

 屈託のない称賛。彼女の瞳には、未知の存在への純粋な好奇心しか宿っていない。

 仲居の言葉を理解できたリンは露骨に得意そうな表情を浮かべている。


 若い頃から何度も思っていたけれど、俺の連れが美人だと褒めることが、初対面でその場限りの他人にとって何の意味があるのだろう? 見れば誰でも思う事について相手の同意を求める行為。この歳になってもどういう返事を望まれているのか未だわからない。

 生涯で、1度で良いから言い返してみたい「ウラヤましいのか」と。


「ありがとうございます」

 何でお礼の言葉の無理強いをさせるのだろうかと不満を感じつつ、会話は終わりだとの意思表示を込めて仲居の顔を見ずに返事すると、向こうも引き戸を閉めて下がってくれた。部屋に再び静寂が戻る。


「食事がくるまで少し時間がかかるけれども生魚は出さないでくれるそうだよ」

 日本語の会話がわからないマヤとロミナに説明する。ロミナと視線が合うと向こうから話し掛けてきた。


「日本人ばかりが私たちの国にやってくるのは、但馬様のオッシャった美徳と関係があるのでしょうか?」


「そう! それよ! どうして来るのは全員日本人なわけ?」


「私も気になります! 但馬さんは日本の他にも色々な国があるようなことを言われていましたよね。でも私たちを『異世界人』と呼ぶのは日本人だけです。どうして他の国の方はいらっしゃらないのでしょう?」

 彼女たちの目が、答えを求めて俺に集中した。


「何か誤解があるようだけれど、その質問に俺が答えられたら逆に変じゃない?」


「でも、気になります!」


「何故かはわからないけれど、もし俺が超常の力で異世界へ人を送り出すなら、高い人口密度の都市で夜に子供や女性が出歩いても、犯罪に巻き込まれる恐れの少ない治安の良い日本から人を選ぶだろうなとは思うし別に不思議はない。あぁ日本では絶対に犯罪に巻き込まれないとは言っていないよ」


「たいした自信ね。あんたにとって日本は特別だということだけはわかったわ。あんたがもう少しお利口さんなら、そういう考え方は間違っているということに気付けたのに、本当に残念だわ」

 リンは口の端を吊り上げ、侮蔑の色を隠さない。


「だから誤解があるって。何故日本人だけが異世界と接触できるのかではなくて、異世界と接触できるのは何故日本なのかという思考実験をしているのだから、日本が特別な理由ではなく、日本を特別にしている理由だったら思うところがあると俺は言っている」


「えっと……どう違うのですか?」

 マヤは眉間にしわを寄せ、混乱した表情で首を傾げた。


「但馬様は、明白な原因が有るという前提を基に異世界との接触という事象が起こることへの考察をしているのではなく、異世界との接触という結果から事象への類推をすることであれば可能であり、それを思考実験と呼ばれているのではないでしょうか」

 ロミナは静かに、しかし明確に、彼女の論理による図式を開陳した。彼女の言葉は、乱れた空気を一瞬で整えるかのように響いた。


「つまりあんたは『日本が特別だという理屈を講釈した』と言っているんでしょ! 何も誤解なんかないじゃない! あんたが大バカだという事実は、レトリックを駆使して誤魔化したところで、あたしたちは騙せないのよ!」

 リンは畳をバンバンと叩きかねない勢いで、前のめりになった姿勢になり叫ぶ。息が荒い。



 誰も納得したという顔をしてくれない。少女たちは、それぞれ異なる感情を瞳に宿したまま沈黙している。リンは床の間の掛け軸を、マヤは卓上の陶器を、ロミナは俺の顔を、それぞれじっと見つめている。


「お待たせいたしました」


 引き戸が開き膳が運び込まれてきた。多種多様な料理を少量ずつ、美しい器に盛り付けて提供する日本の伝統的なコース料理。少女たちが口々に称嘆ショウタンしていく。リンも、口論の不満を忘れたかのように、目を輝かせて膳を覗き込んでいる。


 20年ぐらい前だったろうか。温泉宿に泊まると夕食の前に変な儀式につきあわさせられることが何度かあった。

 部屋の灯りを最小にして「料理の演出でございます」と言って仲居さんは色々やっていたが、俺は心底つまらなそうな顔をして眺めていた。

 あの頃。仲居さんは、今俺の前で無邪気にハシャぐ少女たちのような反応を俺に期待していたのだろうな。

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