第39話 嘘には2種類ある 過去に関する事実上の嘘と未来に関する権利上の嘘である
……洗面所からの歓声で目が覚めた。今日は普段よりも早起きしたせいか、いつのまにかソファで寝落ちしていたようだ。
時計を見ると正午過ぎだった。あの娘たちは今まで浴室に籠っていたのだろうか。
リビングに3人の少女たちが連れ立って入ってきた。何気なく視線を向けて眺めていたが、湯上りで薄紅色に上気した顔のロミナに目が釘付けになる。
ロミナに見惚れていると、違う方角から不愉快オーラが漂ってきたので慌てて言い訳をはじめる。
「ロミナ。魔法のことでちょっと聞きたいことができたのだけれども、今、いいかな?」
「わたくしにお答えできることでしょうか?」
「君たちが風呂に入る前に衣類乾燥機の話をしたけれど、衣類の素材によっては縮んだり型が崩れたりするかもしれない。服を駄目にしてしまっては申し訳ないので、ダンジョンに入って[食糧、水を清める]の魔法で服を乾かすことに変更したい。何か問題あるかな?」
「承りました。これよりダンジョンに向かいますので、皆さまには少々お時間を頂戴致します」
そう言い終えると他の2人から濡れた衣類を受け取ろうと手を伸ばす。
「あっ! ちょっと待って。ロミナは自身や周囲の者に[不可視]の魔法をかけることもできる?」
「可能です」
「これからの行動を手早く説明するからソファーに座ってほしい。衣服はこのポリ袋に入れておいて」
1人1人が受け取ったポリ袋に濡れた衣類を入れテーブルに置くと、全員着席してくれ……なかった……
受け取ったポリ袋の感触が珍しいのか、ガサガサと音を立てることに夢中になっている。座れと言っても、一向に腰を下ろす気配がない。リンがマヤと顔を見合わせ、何かを無言で訴え合っている。
「その袋は君たちにあげるから、続きは後で気が済むまでやってもらえないかな」
漸く音が止み、ソファーに座ってくれた。
「外出前、全員に軟オーブ(赤)を渡すので病気治癒薬として飲んでほしい。必要ないと思っているだろうけれど、別に害はないのだから飲み物替わりとして飲んで。飲めないのなら同行できないから、帰ってもらう」
マヤを除く2人は案の定不満気な顔をしているが、そのまま話を続ける。
「次に、日本では独身男性の家に少女が出入りしていると官憲に通報される可能性があって、もの凄い面倒事になるから出発前に姿を見えなくしてね。日本には魔素がないか若しくは極く薄いので魔法は使えない。マヤは[不可視]の魔道具を持っているのだけれど、君たちの世界で使用するより消耗が激しいらしい。ロミナとリンさんはそういう魔道具を持ってるかな?」
ロミナは首を横に振る。
「あたしのショールは[インヴィジビリティ]が使える魔道具よ」
リンが自慢気に肩にかけた赤いショールを両手でひらひらとさせる。
「マヤ。絶対に必要な事ではないので、気をつかわなくていい。嫌だったら嫌とはっきり言ってほしい。赤髪の娘が俺の家に出入りしているよりも、黒髪の君の方が目立たなくて済む。できたら魔道具をロミナに貸してあげて欲しいのだけれど、嫌かな?」
マヤは数秒間何事かを思案していたけれど、笑顔で肯いてくれた。
「弓と2人が腰に下げている短剣は、ここに置いて外出してね」
「嫌よ! 短剣は良いけれど、この弓は我が家に代々伝わる魔弓なんだから! 絶対に手放さないわよ!」
帰れと言いたいところだが、魔弓と聞いて急にリンに興味がわいてきた。さて何と言って説得しようか。
「リンさん。日本での外出中だけはバックパックに弓を入れて外から見えないようにしては如何でしょうか?」
「この弓が入るバックパックを誰かが持っているのなら、マヤの言う通りにしてあげるわ」
マヤが解決策を出してくれたので、俺は登山用の1番大きいバックパックを取りに行った。
戻ってきてリンにバックパックを手渡す。中を1度覗き込み、空なのを確認すると弓を入れてくれた。
バックパックを背負ったリンに、各部のアジャスターを調整することで体にフィットさせることが出来ると教えてあげる。
言っちゃあなんだが、何処の田舎娘だよという恰好になっている。無論そんなことをわざわざ言ったりはしない。
「家を出たら車…… 馬が繋がれていない馬車のような物で、自力走行できる乗り物に案内するから無言でついてきて。右前が御者席なのでそこには俺が座る。左前は1番背の高いロミナが座った方が良いと思うけれど、左前の席と左後ろの席はロミナとリンさんのどちらでも良いから2人で相談して手早く座る席を決めて。で、申し訳ないが一番小柄なマヤは俺の後ろの右側後席に座って欲しい。かなり狭苦しい思いをさせるけれど、事故を起こしたときには4つの座席で1番安全と言われている席だから我慢してほしい。もし耐えられないようなら、3人の座る位置を10分か20分間隔で替わることにしようか」
3人が頷いたので、打ち合わせ通りにしてもらうことを約して少女たちをダンジョンに送り出す。
軟オーブ(赤)を4個テーブルに置いて待機しているが、寝てしまわないようにTVの音量をやや上げて、お昼のニュースを眺めて時間を潰す。
不意に誰かが入室してきた気配がすると、目の前のテーブルから3個のオーブが浮き上がり変形し消えていく。俺も手を伸ばしてオーブを病気治癒薬に変化させ飲み干す。
「うわ~」
運転席のドアを開いているとリンが姿を現す。リンは右後席の狭さに眉をひそめると、左前の助手席側に立って何か言いたげに俺を見る。
……あぁ。ドアの開け方を知らないのか。俺は車の周りを1周してドアを開けてまわる。
ドアを閉める前、1人1人にシートベルトを締めるように言って、ベルトとドアの開け閉めの遣り方を説明していく。
ようやく出発できる。
2人の服のサイズは、入浴前マヤに巻き尺を渡して測っておいてもらったので、最初に行くのは財布に優しい庶民向け大手衣料店だ。レジ袋が無料でついてくるので、母の衣服はここでばかり購入している。ちなみに、庶民向け大手衣料店レジ袋の“ゴミ袋”としての再利用はかなり使い勝手が悪い。
「何時までも服選びを続けていると食事の選択肢が減っていく」と告げておけば、手早く着る服を決めてくれるだろう。
壊れそうなメゾソプラノをロンドン交響楽団が下支えするアリア。『天使の声』とSQNYが煽って宣伝していたCDを車内で流す。2曲目を聞き終えることなく店についた。
時計に目をやると、十二時半少し前だった。
店内の内装を眺め、陳列してある衣服を手に取るマヤ。機嫌がどんどん良くなっていくのが傍目でもわかる。余計な事を言わないでくれると助かるのだが。
どうやら俺が甘かったようだ。時刻は13時少し過ぎ。何時迄待っても買う服を決めてくれない。リンはちらちらとマヤの着ている服を盗み見ては首を傾げ、店内の探索を何時迄も続けている。
この店をどれだけ探してもマヤと同等の服なんか売っていないのだから、ほどほどの服で妥協して欲しい。
少女達が人間なのか今なお確証がもてない。ロミナの機械的な反応だけで判断するわけにはいかない。マヤとリンの反応は人間らしいと言えるが、余りにも教科書的な反応をされると逆に疑いたくなる。上げて落とすを繰り替えせば、リンのようなタイプは馬脚を露しそうな気もするが、どんな反応を見せられても疑わしいと思ってしまうだろうから意味がない。
意外なことだがロミナも買う服に迷っている。彼女は目についた服をデザインや色の合わせに頓着せず、直ぐに決めてくれると思い込んでいた。
マヤに、下着は食事の後で別の店(百均)へ買いに行くから、服だけを手早く選ぶようにロミナに言って欲しいと頼む。
何事かを話し込んだ後マヤが困ったような笑顔で戻ってきた。
「ロミナ様はこれまで衣服をご自身で購入した経験がないそうです」
俺はマヤにロミナの服のサイズを聞いて歩み寄る。
「俺が服を決めていいかな?」
心底助かったという表情を見せるロミナ。はじめて人間らしい表情を見せてくれた気がする。
「色の好みで嫌いな色や好きな色はあるの?」
ロミナは興味なさそうに首を横に振る。
「年齢相応の少女向けの服と、大人しめの服、活動的な服。どれが良い?」
「大人しめの服をお願いできますか」
マヤの視線を気にすることなく俺はロミナの全身を上から下まで2回眺めた。
3回目は自重した。
マヤの服が黒髪の反対色である白を基調にしているので、ロミナのイメージカラーは赤髪と反対色の青緑が良いかなと店内を見てまわる。
……あったよ。この店だとババ臭い青緑しかないだろうと全く期待せずにいたのだが、上品な淡い青緑のワンピースに目が留まった。その服を手に取りサイズを確認しロミナの所に持って行く。新しい布のほのかな匂いが鼻をかすめる。
試着室へ入って行くロミナと入れ替わりに、リンが不機嫌そうにやってきた。
「ねぇ。マヤが着ている服を探しているのだけれども、どこにも見当たらないのは何故かしら?」
「その店は今日定休日。この店にはないよ」
「なんだそうなんだ。私の着る服もあんたが選んでくれない? ちょっと疲れたわ」
「色の好みで嫌いな色や好きな色はあるの?」
「そうね。黒が良いわ」
「少女向けのかわいらしい服と、大人しめの服、活動的な服。どれが良い?」
「活動的な服がいいわね」
もう1度店内を見て回り、膝下丈のデニム製黒スカートと、飾りのない白ブラウスと、黒いサマーセーターをリンに手渡す。肩にかけた赤いショールが良い仕事をしてくれそうだ。
リンは何か批判できる材料がないかと、手渡された衣服を数回裏表を確かめ、不満げな表情のまま試着室へと入って行った。
「但馬さんのズボンとお揃いでしたね」
背後からマヤがポツリと呟く。
一瞬下手を打ったかと思ったが、それ程機嫌の悪くない声だったので軽く流す。
「ん? あぁそういえばそうだね。気付かなかったよ。マヤもデニム製のを1着買っとく?」
「この店ではいいです」
この店は、なのね。確かに俺が昔買った安いジーンズは酷い代物だった。安物買いの銭失いとはこういうことかと実感したから、この店で買わないというマヤの選択は正しい。
待っている間に昼飯を予定していた店に予約を入れておく。
あの店。場所が悪いのか、単に人気がないのか、昼の営業時間を切り上げて早くに店を閉めることがある。
マヤが俺のスマホに興味をもったので画面を見せながら説明していると、ロミナが試着室から出てきた。何故か俺の母親の服を着ている。
「さっきの服。気にいらなかった?」
問われたロミナが返事に詰まる。
「……いえ?」
そういえば説明していなかったな。
俺は店員を呼んで、着替えて退店するので値札等のタグを切り落としてほしいと頼む。
ロミナと擦れ違いにリンがやってきた。
「まあまあの服ね。このままこの服を着ていても良いのかしら」
リンはどこか勝ち誇ったような声と、伏し目がちな表情で話しかけてきた。俺は再び店員を呼んで同じことをお願いする。




