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第38話 淋しがり屋のペテン師と哀しい嘘つき

 足を洗い終えた少女達3人がリビングに入ってくる。

 時計を見たら午前11時の少し前。

 カレンダーに目を向ける。ベランダでアレを見つけたのは8日前のことだった。

 マヤを部屋に呼んだのが3日前の事。


 この部屋にこれ程の人が集まったのは、母が1度目の入院から自宅へと戻ってきたとき以来だ。パンデミック以前の事だったが、それは何年前のことだったか。


 水屋の漆器や陶磁器に見惚れているリンを横目ヨコメに話しはじめる。


「ロミナは日本の図書館に興味ある?」

 部屋に呼ばなくても良かったのではないかと思いつつ確認をとる。


「……」


 こちらの問いかけに答えずにロミナはじっと俺を見つめている。


「貴女! 自分で決められないのならついてきなさい! ところで、この中で自己紹介をしたのはあたしだけというのはどういう事なの?」


 あぁそういえばそうだった。でもどこまで話して良いのだろうかとマヤに視線を向ける。


「私はマヤ・カトーと申します。後数ヶ月で成人年齢に達しますが今はまだ15歳です。オールバラ伯爵家のお屋敷で住み込みをしていますが、伯爵家ではなくテイラー家令にお仕えしている平民です」


 リンはマヤの装備とセミロングの髪をみて首をカシげている。


「リン様。どうかいたしましたか?」


「えっ、ううん。こそばゆいから様づけは不用よ。リンと呼んで。あっあたしは17歳になったばかりだからマヤとは1つ違いね」


 マヤが俺を見る。また、様づけ呼び云々の話をぶり返すのかと思いながらロミナを見る。


「ロミナ・ファーガスと申します。ファーガスはセカンドネームとして名乗るように命じられている18歳の平民です。今は縁あって、クーム侯爵にお仕えしております。リン様」


 リンが眉をピクリとさせ、俺を見る。


「これはあんたがさせているのかしら?」


「これとは?」


「リンでいいと言っているのに、様づけすることよ!」


「俺のせいにされたけれど、ロミナはどう敬称呼びしていくのが正解だと思う?」


「わたくしごときが皆々様を様と呼ばないのはマコトに畏れ多きことでございます」


「貴方ねぇ……  では『さん』と呼びなさい。いいわね、これは命令よ! 貴女もよ、マヤ」


「二人とも、『リン』のことを『リンさん』と呼ぶことに納得してくれた?」


「あらっ? 誰があんたに呼び捨てを許したのかしら?」


「あっごめん。じゃぁ俺も『リンさん』と呼べばいいのかな? それとも『グリンプトン様』と呼ばせるつもりなの?」


「……そこはかとなく腹立つわね。確かタジマだっけ? あんた。あんたの『さん』呼びや『様』呼びって、あたしをバカにしているように聞こえるのは不思議な話ね」


「いや、それこそ気のせいだと思うけれど?」


「あんたはあたしのことをリン様と呼びなさい!」


「君が俺の雇用主ならそう呼ぶが、俺が君の雇用主だよね。年長者にそういう言い方を強要するのなら、さっきの男のところに今直ぐ帰ってくれ」


「但馬さんは私との最初の会話で、私のことを『マヤさん』と呼んでいいかとオッシャっていました。『リンさん』では駄目なのでしょうか?」


 何故かマヤが仲裁に入ってきた。俺ってそんなに見苦しいことを言っているのだろうか。


「それでいい……  日本には貴族がいないのよね。野蛮人に文明人の常識を押し付けても理解できないわね」


「話もマトまったようですし、出かける前に着替えたいのですが、買っていただいた私の服はどこに仕舞われたのでしょうか?」


 そういえば、それがあった。室内に立ち込める嫌な空気から逃れるように話を切り替える。


「出かける前に、2人を浴室に連れて行って髪を洗ってきて。その髪で日本の街は歩けないから」


「気にはなっていたのだけれど、マヤとそいつの髪ってここで洗ったの?」


「はい!」


「ふ~ん。まぁ良いでしょう。浴室って湯舟はあるのかしら?」


「えっと」


 マヤが俺を見る。

 

「君たちが入る前に湯舟に湯を入れておくよ。髪と身体を洗っているあいだに、湯も溜まるだろうから。知っているとは思うけれど、必ず体を洗ってから湯舟に入ってね」


「わたくし、髪や身体を洗うことはできません」


「何か宗教的な理由でもあるの?」


「そのような理由ではございません。侯爵邸への帰還時にあらぬ疑いをもたれることをわたくしは畏れます」


「君が許されているのは、日帰りでの俺のダンジョン探索補助だけということ?」


「いえ。場合によってはオールバラ領への同行も許されております。10日以内に1度戻ることができれば、その期間内の外泊も許可をいただいております」


「野外で髪や身体を洗うことのできる日本の製品を使ったと言っておけば、風呂で洗ったのか、日本にはそういう製品があるのか、わからないと思うけれど?」


「但馬さん! そのような物が本当にあるのですか?」


「今、ここにはないし、使ったこともないが、登山用品店に行けばあると思う。携帯洗濯パックだと、コートや毛布は無理だけれど、少量の衣服だったら水さえあれば野外で洗濯もできるね」


 マヤが物凄く何か言いたそうな顔をしている。


「あんたが今言った物を2つとも用意しなさい。向こうに帰ってから長期のフィールドワークで使い物になるのかどうか、あたしが試してあげるから」


「良かったねマヤ」

 ぽかんとした表情のマヤは子供っぽくてかわいい。


「何が良かったのでしょう?」


「日本の製品は日本の軟水を使う事が前提だから。外国の水を使うとどうなるのかは実際に使ってみなければわからない」


「その軟水? とは何のことでしょうか?」


「雑に説明すると、水の中に含まれる元素が少ないのを軟水、多いのが硬水。食事が不味いと言われることがあるのは硬水中に含まれる元素のせい。日本でも昔は温泉地の宿では硬水が使われることがあって、そういう宿でだされる豆腐という食べ物は臭くて不味かったが、宿を訪れるものは薬だと思って我慢して食べていた。近年では食事の不味い宿と噂が広まることを嫌ったのか、温泉地特有の臭くて不味い豆腐を客に供することはなくなった。日本の製品は、もしかしたらそっちの水と相性が悪いかもしれないから、君たちの世界で使用したら頭皮が痒くなったり髪が痛むかもしれない。マヤが実験台に名乗り出る必要がなくなったから喜ぶべきだと思うのだが、どうだろうか?」


「ふざけんな!」


 リンが怒声をあげる。感情を抑制しようとしないこのの言動には、この短い時間ですっかり慣れてしまった。


「用意しろと言われても、日本のダンジョンでは魔素の影響なのか洗剤のタグイは使えなくなるのに、そっちの世界に持ち込んでも使えるかどうかわからないよ」


「いらないわよ! そんな物」

 リンは顔を真っ赤にして、苛立ちをあらわにしている。


「但馬様。そういうお話でしたら、やはりわたくしは髪を洗えないということになるのではないでしょうか?」


「魔素の薄い所であれば使えるし、日本の水だから問題ないよ。もし家令が大量に用意しろと言ってきたら今の話をしてあげて。王族や貴族の手に渡って苦情がでても俺は一切の責任をとる気がないし、俺のせいにされたくないから渡す気はないと」


「あんた! あたしを様づけで呼ぶことには拒否したのに、何でロミナには様づけで呼ばせているのよ!」


「日本人は、歳が1つでも上の年長者には敬うよう教育されているから何の問題もないし、年下が理由もなく年上を様づけで呼ばせようと強要するのは日本人を怒らせるだけ」


「貴族制のない非文明国人が言いそうな小理屈ね」



 ……取り敢えずこのの望む本を与えて、何時でも追い払えるようにしよう。その後第4層への同行を頼むかどうかは、もう少し様子を見てから決めた方がいいか。



「マヤ。3人分の着替えを持ってくるから先に洗面所へ2人を案内して。防具を外すのはいいけれど、俺が着替えを持って行くまで服は脱がないでね」


「はい。お二方、どうぞこちらへ」


 ババシャツには見えない肌着と、尿漏れパンツの新品を2着ずつタンスから出しているとき、別のことに思い至り紙とペンも用意する。


 俺が用意した着替えにズボンがあることをリンたちに抗議されたが、マヤとの同じり取りで納得してもらった。


「外で騒ぎを起こす前に、日本のトイレについて説明するから来て」


 車椅子が入れるようにしてあるので、通常の個人宅よりは広いトイレだが、4人は入りきれない。マヤとだけ一緒に入り後の2人は廊下から見てもらえるような位置取りにした。


「この便座の蓋はこういう風に手で上にあげるのだけれど、トイレによっては入室と同時か便座に近づいたら反応して開く蓋もある。魔法ではないが、そういう魔法道具だと思ってくれればいい」


 そう言い終わると俺はそのまま便座に座る。


「当たり前の話だけれど、実際に使用するときはズボンや下着を自分でおろしてから便座にしゃがんでね。用が済んだらこのロール紙(トイレットペーパー)を引き出して、こういう風に手で破いて使ったら捨て、このレバーを捻ると水で流れていく」


 そこで1度立ち上がり便器の中に紙が残っていないことを示す。


「ここまでが最低限の作法だけれど、日本のトイレはロール紙(トイレットペーパー)を使わずに温水と温風で後始末をすることもできる。この便座の横についているのがそれをするための操作パネル」


 持ち込んだ紙に実寸大で操作パネルを書き写し、書き写した紙とペンをマヤに手渡して操作パネルそれぞれの意味をマヤの世界の言葉で書いてもらうと、停止ボタンだけは赤で目立つように丸を付け、書き終えた紙を壁にピンで留める。


「もし意図せずに機械が動きだしたら、驚いて立ちあがる前に必ず赤で表記したボタンを押して機械を止めて。床を濡らしたら、濡らした人に床掃除をやってもらうからね」


 1人1人の顔を見て念をおす。


「最後に、ロール紙(トイレットペーパー)を手で破れるか実際に座って試してみて」


 誰も動かない。


「マヤ。俺がさっき座ったようにそこに座って」


 女性陣の緊張感がとけたような空気が流れる。何か誤解があったようだ。

 その後は順番に座り、ロール紙(トイレットペーパー)を手で破れるように何度か手真似で指導した。


「これから風呂に入るのだから、温水洗浄を試したい人は試してもいいよ。俺はリビングに戻る。誰も試さないのなら、浴室に移動して浴室の操作パネルを説明する」


 3人は顔を見合わせているだけで誰も何も言わない。

 浴室への移動を口にしようとするとマヤが便座の方へと1歩前に出た。

 それを見て俺はトイレのドアを閉めリビングへと向かう。


 短い悲鳴が3度聞こえた後、3人が顔を赤らめてリビングに戻ってきたので浴室へ連れて行き、湯舟にお湯を入れながら浴室の操作パネルも説明する。これは失敗しても惨事にはならないので口頭で済ました。

 ちなみに、浴室は先々《サキザキ》で介護されることを念頭に、男2人で左右から介添えしてもらいながら俺が入浴できるように広くとってあるので、俺と少女3人が入っても余裕があった。


 洗面所に戻ると衣類乾燥機を指差して、入浴中に服を洗っておけば外出から帰ってきた頃には乾いていると告げると全員が洗濯もすると言うので、長い事使っていなかったタライを物入れから出してきて、洗濯用洗剤と柔軟剤の説明もする。


 染料によっては、洗剤による色落ちや、他の衣類に色が移るかもしれないから、1度に洗濯物を洗剤に漬けこまないで、色落ちしても目立たない所で1度試してから洗いはじめるように言いおくと廊下に出た。


 ……衣類乾燥機のマニュアルを取り出して念のために確認しようとしたけれど、そもそもマヤたちの衣類って、素材はリネンなのかコットンなのかウールなのか。

 麻は衣類乾燥機を使わない方が良さそうなので、ロミナに[食糧、水を清める]で乾かすべきなのか確認して、ダンジョン内で乾かした方が良いような気がしてきた。


 衣類乾燥機っていらないのでは。

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