第32話 世界の半分は他の半分がどんな生活をしているかを知らない
市立科学館が数ヶ月前に全館リニューアルされたことは知っていたが、1人だと来ることもなかっただろう。
プラネタリウムの最終プログラムがはじまるまで少し時間に余裕があったので、惑星や銀河系といった基本的な天文知識をマヤに説明しながら、館内を見て回る。何故か楽器も陳列されていたが、マヤの世界の楽器とは似ているけれど同じものではないらしい。
「この楽器は、どうしてここにあるのでしょう?」
マヤが不思議そうに尋ねる。
「確かに。楽器にも意味があるのだろうけれど、ここで何を伝えたかったのかはわからないね」
真剣に理由を考え込むマヤの様子が可笑しくて思わず笑みがこぼれた。
ちなみに館内でのマヤのお気に入りは、平面台の下にある花をライティングと鏡の組み合わせで台上に浮かんでいる様に見せかけている仕掛けだった。
宙に浮く不思議な花に触ろうと、何度も手を伸ばし空振りを繰り返す姿がなんとも愛らしい。声を掛けないと1日中続けていたかもしれない。
俺は、核分裂連鎖反応シミュレーションをピンポン球で模擬実験できる装置がよくできているなと思った。
最終プログラムがはじまる時間が近づいてきたのでプラネタリウムに向かう。
平日なので人は少ない。できるだけ四方の壁から離れている席に座るとマヤにサークレット(通訳)を手渡す。
照明が徐々に暗くなり、スクリーンに今日最終のプログラムが投影される。
数十年振りに訪れたプラネタリウム。まどろむような心地よさに包まれながら、星々の美しさに感動した。
寝てる? 室内に証明が戻り、館内アナウンスは閉館時間になったことを告げている。
「マヤ?」
「はいっ!」
元気のいい声が返ってくる。
「退屈だったかな?」
「そんなことはありません。こういった柔らかな椅子に包まれることも、見慣れた満天の星をただ見続けるために、素敵な音楽を聴きながら長い時間を費やすという、とても贅沢な経験も、これまで1度もありませんでしたし、夜空一杯の星々のことをこれまでは漫然と見ていましたが、こんなに星々が美しいとは全く思っておりませんでした。今日は素晴らしい場所に連れてきてくださったことをとても感謝しています」
プラネタリウムのリラックス効果というやつかな。不満があるようには見えない。マヤの嬉しそうな顔を見ていると心が温かくなるのを感じた。
学芸員がさっきからこっちを見ているし、そろそろ退室しないと何か言われそうだ。
立ちあがってマヤに手を伸ばす。
サークレット(通訳)に視線を向けている意味が直ぐには理解できなかったようだが、躊躇いがちにマヤは返してくれた。
駐車場へと歩いて行きながら、いちおうの確認として聞いておく。
「夕食をすましてから帰る? 何時までには戻らなければいけないといった門限みたいなものはあるの?」
「ありません! おいしいものが食べたいです!」
……まぁ俺も、子供の頃は親戚と外出したら飯をおごってもらって当然と思っていたか。マヤの弾む声に昔の自分を重ねる。
さて自分から話をふったのだが困ったな。月に2度行く店には連れて行きたくない。月に1度の店でも店員はいつも1人で食いにくる俺のことを覚えているだろう。何よりも夕方にランチはやっていない。この時間でできるだけ安くすますことができて、且つ後日1人でランチに行ったときに、店員からチラチラとこないだの娘は誰という視線を受けないですむ店。
あの店にするか。車をとめる場所が煩わしいが。
目当ての店に着いた。もうちょっと遅い時間だと、この道の奥は未成年女子を連れ歩けば間違いなく私服警官か防犯協会の者に呼びとめられることになる。
ここのうどん屋には天ぷらを食べに月1で来ているが、店の雰囲気的に店員が友達感覚で話しかけてくることはない。と思う。
ちなみに、川を越えた向こう岸の蕎麦屋には月1でかつ丼を食べに行っている。
ついでに言うとそこから更に先に行ったところの焼き鳥屋。2年間程、真夏にも月1で通っている。昼はラーメンしか出していないが、俺はその店で焼き鳥を食べたことがない。
マヤは店外に設置してある食品サンプルを見て驚いていた。それは蝋や樹脂に色を付けているだけで食べられないと教えてあげたら更に驚かせることになった。
何を食べるか悩んでいるマヤに、この店の寿司はやめておいた方がいいよと言ってあげたら、俺は何を食べるのかと聞いてきたので天ぷら定食を指さした。同じものでいいとようやく決めてくれたので店内へ。
俺の予想通り、運ばれてきたどんぶりの大きさにマヤは3度目の驚きをみせてくれた。目を丸くし、思わず口元を両手で覆っている。
無理に全部を食べなくていいと言っておいたのに、マヤが完食できたので逆に俺も驚かされた。
帰り道。お世辞にも治安が良いとは言えない地区だけに、駐車場までマヤには[不可視]の魔道具を使ってもらった。マヤは不安そうに周囲を見回していたが、姿を消すと安心したようにそっと俺の服の袖を掴んだ。
車の助手席に座るマヤにシートベルト着用を促す。
マヤは指輪を不思議そうに眺めていた。
「まだ十数回は[インヴィジビリティ]を使えるはずなのに、後数回使用すれば魔石に溜められた魔力がなくなりそうです。この辺りは魔素が少ないのでしょうか?」
それを聞いて俺は試しに魔法を使ってみることにした。
「[不可視]」
目の前に置いたスマホは透明にならない。ダンジョン外で俺は魔法を使えないようだ。
こっちの世界で当たり前のように存在する[鑑定]。
魔道具の開発に成功しているのだろうか。
それとも公表されていないだけで、異世界との交流はそれなりに行われているから、魔道具の類が輸入されているのか。
あと可能性としては、魔石とやらを使えば俺も現代日本で魔法を使えるのだろうか……
個人で検証してもどれだけの時間がかかるかわからない。組織っていいよなぁ。




