表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/67

第30話 春風以接人(春風を以て人に接す)

 駅前に着いた。地下鉄を含め複数の鉄道会社の駅があり、JRの駅別乗降客数では日本で20番以内 ……50番以内? ……恐らく100番以内には入っていると思う。知らんけれど。


 駅ビルで服を買おうと車を駐車場に駐めた。コンクリートの壁に囲まれた駐車場は、駅周辺の喧騒から隔絶されているから音が入ってこず、静寂が支配している。助手席側のドアを開けても、マヤは無反応のまま真っ直ぐ前を見つめていた。その視線の先にあるのは殺風景な壁だけで、特に気を引きそうなものはない。


「マヤ?」


「ここで待っていますから早く服を買ってきてください」


 意地でも俺の顔を見る気がないらしい。


「悪かったって謝ったのだから許して。こういう場所で駐車車両に君を残していくと余計な面倒事が起こる可能性があるし、女性服のサイズなんか俺にはわからないのだから俺だけ行っても意味がない」


 マヤは視線を落とし、唇をきつく結んだ。

「但馬さんは変な服を着た私を人目に晒せば楽しいのでしょうけれど、私はそんな辱めには耐えられません!」


「いや。それは語弊がある。変とは言ったが、色々違う意味で変な服を着ている男女は街中に一定数いてるから、今の君の服を見て誰もが変だと思うわけじゃない。変というのは俺の好みの服ではないという意味で言っただけだし、外に出れば、多分君は何故この場所には歳若い売春婦がこんな時間から大勢オオゼイいるのだろうかと疑問をもつと思う」


 マヤは顔を上げて、信じられないものを見るような目で俺を見つめた。

「そんなところに連れてきて、但馬さんは私に何をさせるおつもりですか?」


「初対面のときに言ったよね。文化的な差異からくる誤解の可能性については。海外では売春婦しか穿かない短いスカートを日本の女性は真冬でも気にせず穿いている。それに日本に限らないけれど、こっちの世界で女性がズボンを穿いていることは珍しいことではないよ。少なくともマヤがズボンを穿いていることを指して奇異な目で見られることは絶対にない。批判的に見る女性がいるとしたら、今穿()いているジャージが繁華街を歩くのには相応しくないと、他人を批判的に見下したがる心の()()()()女だけだから、そんな女から指を差されて何を言われてもマヤが気にすることはない」


「気にします……」

 真っ直ぐ前を見ていたマヤは顔をウツムかせ、コンクリート壁に囲まれた音のしない駐車場で、耳をすましていなかったら聞こえないほどの小声でツブヤいた。


「では、こうしよう。ここから店に行くまでの半時間。マヤが気恥ずかしさに耐えてくれたら、マヤが一生忘れられない素晴らしい体験のできる施設に連れて行ってあげる。だから()の後ろに隠れて、周囲の声や視線を無視し顔を伏せながらついてきて」


 マヤは顔を上げ、ようやく俺に視線を向けた。その瞳には、疑いと同時に微かな期待の光が宿っている。

「本当に生涯忘れられないような素晴らしい施設に、私を連れて行ってくれるのですね?」


「約束する」

 家を出る前に一応確認したから大丈夫なはずだ。何も知らなかった中学生のときに行ったら、ポケコン* を手に持った眼鏡しかいなくて場違い感が半端なかったが、今は、天文オタの日、一般向け、アベック(死語)向け、という風に曜日別で内容を変えることはやっていない。と思う。


 車から降りたマヤは俺の目の前に立つと、背伸びをして息がかかるほどに顔を寄せる。

「……信じていいですか?」


 ここは全力でボケるべきなのだろうか? 関西人と親しくなるということがどういうことなのか、マヤが今の内から知っておくことは今後のことを思えば決して悪くない選択だ。





「今日。別れるときに。信じてよかったと必ず言わせてみせる」

 俺は内なる悪魔の抗しがたい誘惑に打ち勝ち、真面目モードを維持することに成功した。

 マヤは小さくウナズいた。

* ポケットコンピュータ。関数電卓の延長にあるプログラム電卓から派生した製品。BASICやC言語等のプログラムを走らせることもできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ