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第25話 天が下のすべての事には季節があり すべてのわざには時がある

<オールバラ伯爵領-コッツウォルズ領庁-執務室>


 球冠キュウカン鏡から出てきたマヤは家令に目礼すると執務室から廊下にでる。

 そのままドアを開放した状態で家令に向き直り待機する。


 鏡から入室したマヤにちらりと視線を向けた家令は読んでいた書類に再び目を落とし、最後まで読み終えると印をつき黒のケースに置いた。

 部屋で待機している青年に目で指示をだす。青年は衝立ツイタテで鏡の前を塞ぎ、鏡とドアの中間の位置に戻る。


「あの者は槍に満足しておったか?」

 家令はマヤに視線を向ける。その声は平坦で落ち着いていた。


 一礼したマヤは少し考えてから答える。

「[アナライズ]で性能を確認した後、マジックアイテムであることには喜んでいたように見受けられました」


「もっと高性能な物を受け取れるとの胸算用がカナわず落胆しおったか?」


 家令の問いに、マヤは歯切れ悪くうつむく。

「そうかも知れません」


「ふん。三圃制についてはどうか?」


 家令の問いが三圃制に移ると、マヤの表情は不満げに歪んだ。

「やはり、あの人は駄目です。手伝いはしても指導はしないと断られました。出来ないのなら出来ないと正直に言うべきです」


 家令は肘掛けに腕を置き、静かに組んだ指先を見つめた。

「手伝いとは?」


「詳細を知ることのない事業への情報提供は時間の無駄だと言っていました。三圃制を取り入れるのであれば、それを行う土地の状況を知りたいそうです。具体的には、年間の気候や月毎の降水量と温度? 過去にその土地で栽培した植物の生育例と病害虫による失敗例。土壌のペーハー値?、水質? 色々数え上げていましたが何を言っているのか半分もわかりませんでした」


「確かにわからんな。わかるところもあるが、そんな情報を領外の者に教えるわけがなかろう。それを伝えなければ一切協力しないと言っておったか?」


 家令の言葉に、マヤは首を横に振る。

「概説書を用意するので、三圃制の意図するところを読み取って試行錯誤を重ねて欲しいそうです」


「それでよい。その概説書とやらを持ってくるように伝えよ」


「はい。わかりました」


 必要な質問を終えた後、家令は改めてマヤを見る。負傷していないことを確認し、今、気がついたことを尋ねる。

「想定したよりも随分と早い帰還だったが、ダンジョン攻略は順調か?」


 この問いに、マヤの顔から再び苛立ちが滲み出た。

「全く問題ありません。ですが但馬さんが何を考えているのか、さっぱりわかりません。低脅威度ダンジョンなのに地図を丹念に書いて時間を浪費しています。あの程度のダンジョンであれば早朝から始めていさえすれば第5層や第6層まで1日で到達できるのに、第3層への入り口で探索を打ち切りました。それに私がいるのに、新しく見つけた透明オーブを使って他領の者と接触しました。本人は実験と言っていましたが何の実験なのか教えてくれません」

 マヤの口調は後半に掛かると早口になり、抑えきれない不満が言葉の勢いを増していく。


「他領とは具体的に何処の者と接触したのか、わかるか?」


「あの爬虫類を連想する顔は見覚えがあります。クーム侯爵家の家令でした」


「あぁ、マリルボーン伯爵家でお前を見ていたのだったな。それにしてもクーム侯爵と接触したのか」


「さぞかし美しい女性を用意するのでしょうね」


「噂の紅宝石、ロミナであろうな。国内の著名な芸術家たちが彫刻や絵画のモデルにしたいと申し込んでおるが、侯爵は誰にも応じていないそうだ」


 マヤの大きな瞳が、獲物を捉えた猛禽のごとく鋭く細められた。だが次の瞬間、己の短慮と家令への無礼を悟られぬよう、誰もいない部屋の隅へと視線を逃がした。


「マヤよ。何があってもロミナに危害を加えようとはするなよ」


 不満顔がより強くなったが、マヤは構わずに家令を正面から見据える。

「怪我をさせない手加減ぐらいはできます。それとも、家令さんは私ではその女性に勝てないとオッシャっているのですか!」


「そうだ。お前では勝てない」


「そんなこと! やってみなければわからないではないですか!」

 マヤは家令の目を真正面から睨み、挑むように声を荒げた。


「わかるのだ。落ち着け! ロミナは侯爵のお気に入りだ。貴族の出であれば妾か愛人にしていると侯爵が公言したとも聞いた。又、とある準男爵。王の直臣ではない陪臣だが、嫁に欲しいと侯爵に申し入れた際に『美姫』と譬えたためにその場で切り殺された。侯爵は『平民を姫に譬えたことが貴族制を軽んじているから処刑したのだ』とその場で言ったそうだが、誰もそんな言いブンを信じてはおらん。貴族主義の権化である侯爵だが、平民の娘に貴重な高位スクロールである[コンティンジェンシィ]と[スペル・トリガー]を与えておる。その発動条件は誰にもわからぬのだ。害意のある者が近づいたら発動するのか、お前の剣先がロミナの肌に接触した瞬間なのか、どういう条件であれお前が何かしようとしたら、その瞬間にお前の人生は終えておる。ゆえに決して危害を加えようとするでないぞ」

 家令は、諭すように、そして警告するように言葉を続けた。しかし、マヤは信じられないといった様子で唇を噛みしめる。


「高位スクロールの取得成功率はかなり低いと聞いております。侯爵は希少なスクロールを成功するまで平民に与え続けたということですか? 今の話は全て噂にすぎないということはありませんか?」


「それがな。ロミナはスクロールの取得に1度も失敗したことがないそうだ」


「……但馬さんは、私の前で低位スクロールを6本立て続けに所得しました。本当の話かどうかは確認できませんが、その前にも20本成功させているそうです。ですが、低位でもそんな成功率は有り得ないと聞いております。ましてや高位スクロールの取得に1度も失敗していないなどとは到底信じられません」


「疑い深いお前の資質は、お前の職務にはとても有用だがな、低位スクロールであったとしても26本連続で成功させたという話が本当であれば、但馬も化け物だぞ。お前や私のようにスクロールを手に取っても、何が書かれておるのかさっぱりわからぬ魔法特性のない者があれこれ推量で決めつけるな。我らの理解の及ばぬ彼等アレラは人外の域に達しておる」

 家令は一度話を止めてから、厳かに言い渡す。

「ロミナ=ファーガスは我らの理外におる。決して侮るな」


「そんな話、信じられません。信じたくありません」


「今日はもうよい」

 家令はそう言うと腕を振り、控えている青年にドアを閉めさせた。


 閉じたドアを見つめ続けるマヤは我に返ると礼もせずに自室へと向かう。

 マヤにしては珍しく、カスかな足音が廊下に残った。

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