第21話 脱皮できない蛇は滅びる その意見を取り替えていくことを妨げられた精神たちも同様だ それは精神ではなくなる
その言葉に家令は思わず眉をひそめた。マヤらしくない言い回しだ。
「何故そう思った?」
意想外の言葉に家令は戸惑いながらも話の続きを促す。
「あの人。私がノーフォーク農法は皆が駄目だと言っていると教えてあげたら、だらだらとノーフォーク農法は駄目だと言い続けるんです。皆が駄目だと言っている事を駄目だと言うだけなら私のような子供にでもできます。そのうえ、ノーフォーク農法が通用しないとわかると、今度は三圃制とかいう農法を薦めてきました。何故日本人の言う事を私たちが聞き入れると思っているのか、呆れてものが言えませんでした」
家令は、じっとマヤを見つめる。その目は静かだが言葉の裏を推察するために、耳だけではなく、マヤの表情の微細な変化を捉えようと視覚も活用しはじめる。
「それだけかね?」
マヤは一瞬だけ口を閉ざし、家令の問いに応じるために再び可憐な唇を開いた。声は冷静さを保っていたが、その裏で、抑えきれない不満と家令への戸惑いに揺れている。
「他にもあります。あの人。自分や日本を特別だと私に信じ込ませようと何度も何度も繰り返していました。自分が他とは違う特別な人間で他の人たちよりも優れているのだという自称は、私の同世代の男の子たちも、それより少し年齢の高い男性も、私の気を引きたい時に必ず言う常套句です。このお屋敷の外で知り合った男性で、私が他の人たちとは違う特別に優れている人だと思った男性なんか1人もおりません。十分な人生経験を積み重ねていれば、もっと気の利いた事の1つも言えたはずです」
その口調には、侮蔑というよりも失望に近い感情が滲んでいた。家令はマヤを見つめたまま、軽く眉を上げる。
「他には?」
家令が呆れた表情をしていることにマヤは気づかない。苛立ちで、家令の反応を読み取る冷静さを欠いていた。
「まだまだあります。石でできているフライパンを石ではないと嘘をついたり、こちらの世界には何百年も前から日本人が来ているのに、向こうの世界での直近の数年間という短い期間の日本人が、数百年前から現在までのこちらの世界へ来ているという、正気が疑われる事を断定的に言っていました。あとサークレット(通訳)も何を気にしているのか、私にはわからない意図不明なことを訊ねては勝手に納得していました。それに私ぐらいの年齢であればまともな武器を用意できるのに、何の役にもたたないお粗末なモノでダンジョンに入って行ったそうです。あぁそういえば武器が欲しいと言っていましたね」
マヤは早口で一気に捲し立てる。
「ん? どういう武器だ」
「なんでもいいそうです。ダンジョンがどれだけ危険なのか、あの人は全くわかっていません。口調も失礼です! 最初はとても丁寧に話されていて好感をもったのに、突然子供を相手にするような物言いにかわりました。勝手に館内を歩いてまわったのが気に障ったのかとも思いましたが、私をあちらこちらへと連れまわそうともします。行動に一貫性がありませんから、とても気疲れしました」
「あの者に惚れたのか?」
「家令さんも冗談を言われるのですね。全く可笑しくありませんけれど」
マヤの声が更に低くなった。
「ふむ。そうか。許せ。お前の態度がパーティで意中の者から全く相手にされなかった姪とよく似ていたからな」
「大変失礼な言い様に聞こえるかもしれませんが、今されている表情を改めてくださるようお願いいたします。家令さんが思し召されているような事実はありません」
「あぁ気付いていないのか。たまに毒を一言吐くことはあっても、お前が他人をそのように悪しく言う態は初めての事だぞ。一体どうしたというのだ今日のマヤは。私にはあの日本人がお前の言う様な思慮に欠けた人物には見えなかった。寧ろ智に勝ち過ぎる者であろう」
「私は接触した相手への所感を命じられるままに述べただけです」
家令は興が乗ったとはいえ、子供相手にやりすぎたかと少しだけ自制すると露骨に話柄をかえた。
「気になっていたのだが、その手に提げている袋には何が入っておる?」
空気を読んだマヤも落ち着きを取り戻し、姿勢を少しだけ和らげた。
「お土産だそうです。私には布をガラス器と陶器は相応しい方々へ送って欲しいと頼まれました」
そう言うと青年が近づいてきたのでマヤは袋ごと手渡す。
青年はちらりとマヤを見た後、袋を上から覗き込む。部屋には戻らず廊下で中の物を床に並べていく。
手を品々の上に翳すと何と言ったのか聞き取れない小さな言葉を呟いた。
得心した青年は袋を廊下に置いたまま3品を両手に持つと入室しようとする。
「待て。その袋もこちらに持ってこい。その袋の[アナライズ]も忘れるな」
青年は廊下に引き返すと家令の指示通りに紙袋も持って再入室し、机上の空いている場所に3品を置くと、脇に挟んだ紙袋を机の脇に置こうと移動する。
「寄越せ」
家令は最初に紙袋を受け取ると矯めつ眇めつ眺める。次に木箱入りの泉州タオルセットからタオルを1つ1つ取り出すと布の品質を確かめていく。
タオルを無造作に木箱に戻し、その隣に置いてある磁器を手に取って眺めているとマヤが声をかけてきた。
「その陶器は高価なものなのでしょうか?」
「ん? そうでもない。いや、高価は高価だが昔ほど高価な品ではない」
心ここにあらずといった風で家令は箱から江戸切子を取り出す。ガラス器を灯りに翳す家令の姿勢が静止するが、息を止めていたことに気付いた家令は、ゆっくりと息を吐き出すと慎重に江戸切子を卓上に置く。
「あの日本人はこれ等での交易を望んでいると言っておったか?」
「いえ。面倒事に巻き込まれたくないそうです」
「ふん。そうか。そうだろうな。勿体を付けおって」
家令は憮然とした表情を見せる。
「ミスターテイラー。私からもよろしいですか?」
「何だ?」
「はい。その陶器は」
「陶器ではない。これは磁器という」
青年はマヤを少し睨むと家令に視線を向ける。
「失礼いたしました。その磁器にはどれ程の価値があるのでしょうか?」
「価値か。そうだな。お前を雇う数年分といったところか、昔はこの程度の磁器でも桁が幾つか上だったが、今は日本人が持ち込んできた物がそれなりに流通しておる」
「ガラス器の方はその磁器よりもお高いのでしょうか?」
平静な声でマヤも会話に加わる。
「これか。これはわからん。日本人の言い草ではないが表に出すと面倒事を呼び込みそうな品だな。だからどこの家も秘蔵しておるのだろう。表立った値段なんぞつかん。どこぞの美術品好きの侯爵相手には交渉に用いることもできよう」
「そのような高価な物を贈ってきた日本人にはどのような魂胆があると、ミスターテイラーは考えておられますか?」
「それはお前が容喙しなくてよい。既に交渉は始まっておるのだ。ひかえよ」
「失礼いたしました」
「マヤよ。この布はお前にとのことだが、私は3品と紙袋、全てをご主人様にお見せすべきだと考えておる。異存はあるか?」
「ございません」
「マヤ! 不遜だぞ! 何だその目つきは」
青年が1歩前に出て叱りつける。
「よい。今日のところは不問にしておく。マヤよ日本人との接触は他の者に譲るか? 私はこのままお前に任せたいのだが」
「御心のままにマヤは従う所存です」




