第2話 向ふの縮れた亜鉛の雲へ*
……確か、世界の8つの文明圏。あれ? 9つだっけ? の地域に、数年前から出現しはじめたんだよな。これ。
この国の現行の都道府県区分ではなく、令制国の一之宮近辺に出現する可能性が高いそうだが、この近くには文献に記載されなかった非公式の宮があったのだろうか?
報道されていることが正しいのなら、1メートル?、1ヤード? 以下の霧は低脅威度ダンジョンへの入り口らしいが、国への通報義務を怠ると罰則はあるのだったか?
最初の頃は通報が相次いだのと、マニュアルが整備されていなかった為にかなり混乱したそうだが、常識的に考えて通報しないわけにはいかないよな。
……うん。俺は今、自分自身に対して嘘をついている。
しなければいけないことはわかっているのに、したいことを優先しようとしている。
実際問題ダンジョンは金になる(かも知れない)。
まだネット上でこの国のダンジョン関連の意思疎通が可能だった頃。
初物ダンジョンにはオーブがゴロゴロ転がっており、いくらでも取り放題だ。という書き込みが散見した。
同時に、この話は書いても数時間以内には削除されるというネット伝説も流布された。
試しに俺も書き込んだら2時間後には削除され、それを書き込んだ地域BBSには半年間書き込みができなくなったから、削除云々が嘘ではないことを知っている。
……それに、まぁ、その、なんだ。特養には洗濯物代行サービスを申請しておけば、特養からの引き落としと母の年金振込口座は同じだから問題はおきない。
季節がかわったら気候に合った服が必要になるが、俺と連絡をとれなくても姉が対応してくれるだろう。
* 宮沢賢治『新編 宮沢賢治詩集』角川文庫 1995『春と修羅』第1集「屈折率」より
七つ森のこっちのひとつが
水の中よりもつと明るく
そしてたいへん巨きいのに
わたくしはでこぼこ凍ったみちをふみ
このでこぼこの雪をふみ
向ふの縮れた亜鉛の雲へ
陰気な郵便脚夫のやうに
(またアラッディン、洋燈[ラムプ]とり)
急がなければならないのか
** 約91cm