第18話 非難は愚者でもできる 理解は賢者しかできない
思考の堂々巡りに陥ったままマヤは抜け出せそうにないので、別の話で助け舟をだしてあげる。
「サークレットでの通訳ってどういう風に訳されているのかな? 例えば『主人公』という言葉を別の言葉で言い換えるとどうなるの?」
「『演劇等での中心人物』、若しくは宗教談義において、『本来の自分』という意味で使用しています」
「『幽玄*』だと?」
「中国という国での本来の意は『幽深知難』。それが伝わった日本では複数の意味があって、一般的に認知されているのは『神秘性を帯びたもの』です。芸術分野では『優美』、ほかには『茫漠不明』という意味で使われることもあります」
「つまり俺の日本語知識を読み取っているのか。そういうことであれば誤訳の余地はないかな。安心した」
「……はぁ、そうですか」
不得要領な返事。気まずい。「何言ってんだ? こいつ」という表情を見せるマヤに、もう少し補足して説明した方が良さそうなので言葉を思案していると。
「ダンジョンには行かないのですか?」
……もしかしてこの娘。早く仕事を終わらせたいのか?
「確認していなかったけれどダンジョンに同行してもらえるということでいいの?」
「はい。そのように申しつかっております」
「報酬はダンジョン内で取得した物を分配すればいいのかな?」
「いえ。報酬は家令さんから頂戴しておりますから不要です」
「え? え~と、君の仕事ってダンジョン初心者の補助?」
「ダンジョン初心者ではなく、家令さんの補助です。それと報酬ではないのですが、ダンジョン内で見つかったアイテムで家令さんが興味をもった品については、代金をお支払いいたしますので譲ってください」
……アイテムは気にするのか。まぁそれぐらいはしょうがないか。どのみち俺1人では行き詰っていたしな。
「わかった。ダンジョンへの同行は明日からお願い。その前に俺のダンジョン装備を見て欲しい。先に言っておくけれど、君を怒らせようとしているのではなくて、昨日まで実際に装備していたものだよ」
そう言うと俺は装備を置いてある隣室へマヤを案内した。
・木製バット
・物干し竿に五寸釘を打ち込んだ投槍 70cmが6本、150cmが3本
・機動隊の旧装備一式。
ヘルとツナギ(防水難燃加工 ダンジョン仕様の耐衝撃斬撃部分プロテクト込み)
籠手/手袋/脛当/安全靴
・ポンチョ
・龕灯
・ヘッドライト
・バックパック[カメラバック]
ファイヤーピストン/ポリエステル仮撚糸ロープ10m/夏用毛布/蝋燭3本
泉州フェイスタオル 中厚手3枚/結束バンド50本/スチールボール6mm200個
鈴10個(音がしないようにタオルに包んである)/パラフィンオイル500ml 3本
防水マッチ25本 /タバコ1箱/レジ袋M10枚
衣類圧縮袋(ハンドポンプ付き) 特大2枚 大2枚 中2枚
ナイロン テグス(釣り糸)200号 500m
・水筒 真空断熱式 750ml
・防災用のミルクビスケット1缶
・公社製腕時計
・多機能ナイフ
・方位磁針
マヤは俺の手製投槍を手に取ると興味深そうに、いや、冷めた目で眺めている。
そういう顔もするんだなぁと横から顔を見ていると、こちらの視線に気がついて向きなおる。
「なんですか、コレ?」
「自作の投槍。日本は治安が良いことでこっちの世界では広く知られているけれど、まともな武器が手に入らない国でもある。俺もソレが有用な武器だとは考えていないよ。できる範囲で最大限工夫した産物がソレ」
「話になりません」
「話ができるように、まともな武器の入手を君に期待できるととても嬉しい」
「どういう武器をお望みですか?」
「今は赤オーブで打撃と投槍と槍を持っているけれど、硬オーブ(橙)もあるから別のスキルを取ってもいいよ。特に拘りは無い。ただ、俺に前衛は望まないでね」
「わかっています」
「他に必要な物ってある? 軟オーブ(赤)を10個と軽傷治癒の魔法は日に3回使えるから、医薬品は用意していないよ」
「幾つか用途の分からない物があります。ダンジョン内でタバコを吸われるのですか?」
「いや。俺はタバコを吸ったことはない。それは…… 口で説明するのが難しいけれど、簡易時限装置とか、袋に油を移しかえて目標に投げつけた後、投槍で火を点けるのに使えるかなと頭の中で考えている。実際に試した事はないから上手くいくかどうかはやってみないとわからないが」
マヤは眉をひそめて何かを考え込んでいる。明日は代わりの人がやって来そうな雲行きだ。
「あれっ? タバコが通じるんだ」
「タバコもジャガイモもありますよ」
「それって日本人が君の世界に持ち込んだの?」
「おそらく違うと思います。周囲が止めるのを聞かずに『ジャガイモは食べられる』と言って、食べて死んだ日本人の話は…… 広く知られています」
今。マヤは言葉を選んだな。
「どうして日本の人たちはジャガイモを食べられると思い込んでいるのですか?」
「ほとんどの日本人は芽が出たジャガイモには注意するけれど、芽さえでていなければ問題ないことを知っている。ただ、問題となるのは“元々有毒植物だったジャガイモを数百年かけて毒性を薄めていったのだ”ということを日本人の大半が知らない事。君の世界では誰もジャガイモを食べられるように改良しなかったとするならば、原種に近いものだったのではないかな。翻訳アイテムの弊害だね。原種に近いジャガイモを日本人が見ても、それがジャガイモだとは気がつかなかったと思う。君の世界の誰かがそれはジャガイモだと言ったから、その日本人はジャガイモであれば食べられると考えてしまったのだろう」
「ノーフォーク農法はご存知ですか?」
「あぁ、ノーフォーク農法は実現しているんだ」
「いえ。家令さんやその他の方々にその話はしないでくださいね」
「何故?」
「その言葉を口にすると、会話を打ち切られます。過去には怒り出した日本人が良識に欠ける振る舞いを行ったので処刑されたこともありました。残念なことにその農法を押し付けようとしてくる日本人はかなりの数になりますし、不幸な結果に終わった日本人も比例して……」
* 能勢朝次『幽玄論』河出書房 1944




