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第14話 自己紹介(主人公)

 翌日。防具を着込んだ後、ダンジョン第1層の奥までやってきた。

 ヘルメットのバイザーは上げておき、ヘッドライトは切り、龕灯ガンドウを足元に置く。

 球冠キュウカン鏡とやらに接続する約束の頃合いだ。透明オーブとサークレット(通訳)を左右の手に持つ。


 大岩の上に置いたアームレットに透明オーブを載せる。楕円状の光が照射され、3Dホログラムディスプレイのような映像が壁に映し出された。

 衝立ツイタテはなく初回の時と同じく執務室全体が見渡せる。今回は2日前に少し会話した青年が左手の方にあるドアの前に立ち、隣には少女も待機している。

 白髪の老人は10メートル程離れた木製机に座っている。


「時間か」

 老人はそうツブヤくと、ドアの方を指さす。小柄な少女が老人に対して控えめに頭を下げると、こちらに顔をむけた。



 余談だけれども、数十年前の古い映画やドラマを今観返(ミカエ)すと驚くことが多々ある。何故当時はこの女優を美人だと思っていたのだろうかと。


 だが、何事にも例外はあり、欧米映画だと『マッキントッシュの男*』の某夫人は今でも美女にみえる。日本だと丘田八八だろうか。他のアイドルが歌っている昔の映像が時々TVで放映されても特に思うところはないが、丘田八八は別格であると今でも思う。

 十代の丘田八八を白人顔に寄せた黒髪黒目…… 大きな瞳が可愛らしい少女がこちらを見て微笑んでいる。


 誰かが俺のPCの中を見ているのか、何かが俺の頭の中を覗いているのか、この少女のプロフィールを語られても、それは事実なのか、それとも何処かの工場で2日前に製造された炭素体ユニットに用意された設定なのか、俺には判断できないだろう。

 何故、俺が可愛いと思うタイプの少女が都合よく登場するのか……


 目の前の老人が異生命体のアバターなのだろうかと、俺は少女を無視して老人の方を見る。

 老人は少し意外そうな顔をしている。


「日本人は少女を好むと聞いていたが、お前は男が好みなのか?」


 何かとんでもないことを言い出した。違う、そうじゃない。


「男が好みなのであれば、スケジュールを調整する必要があるから数日待ってくれ」


「えっと。そうではなくてですね。今この場で彼女と対話をはじめてもよろしいのでしょうか?」


「うん? お前はアームレットを持っておるのだろう。それをその者に与えて、お前が今いる日本のダンジョンで共に過ごせばよい。その者であれば役に立つ」


 色々知っているらしい…… しかし「日本人は少女を好む」ってのはちょっと引っ掛かる。トリノにあるエジプト博物館が所蔵している通称『エロティックパピルス』はピラミッド建設中の労働者居住区(アト)で発見された物だが、おっさんと若い女がやってる場面ばかりで、エロに関しては洋の東西を問わないのに、妙なレッテルづけを日本人にしてやがる。

 閑話休題

 大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。どうしようかとシバし考えたが、木製バットの先にアームレットを引っ掛けて、画面に突っ込む。


 少女は老人に目礼すると、こちらに歩み寄り、躊躇なくアームレットを掴み自身の左腕に装着し、画面の中から俺の目の前に出てきた。

 ダンジョンの固着した空気が、異世界から持ち込まれた良い空気と微かに混ざったような気がするのは、可愛らしい少女の魅力ゆえの気のせいだろうか。

 同時に、日本が世界に誇る某ジャパニーズホラーの一場面** も連想したが、そう思ったことは誰にも話せない一生の秘密になる予感もした。



「改めまして、こんにちは。マヤ=カトーと申します。カトーは家名ですので、どうかマヤとお呼びください」


 カトー……「カルターゴー デーレンダ エスト***」とか言っちゃうんだろうか、言って欲しいなぁ。

 そういえばカエサル**** の愛人の弟もカトー…… 変なフラグが立ちそうなので余計な事を考えるのはやめておこうか。


「こんにちは。但馬タジマと言います。あぁ但馬は家名です。知っているでしょうが日本人は親しくならないと名前呼びをしません。それと、日本では仏教という宗教の変な影響なのか、異様に双方の年齢に基づく礼儀に拘ります。互いの年齢差も大きいので不躾なお願いですが、私のことは敬称込みで但馬さんと呼んでくれますか。もちろん貴女が同意してくれるなら、私も貴女をカトーさんと呼ぶことにします」


「名前は教えていただけないのでしょうか?」

 そういうと右手の人差し指を1本だけ伸ばして顎にそえ、首を傾げるという可愛らしい仕草を見せる。


 当たり前のように魔法のある世界で本名を伝えても問題ないのだろうか。

 迷う事、数秒。今後の信用関係構築の為に諦めて本名を名乗る。

「私の姓名は但馬雅尭(マサタカ)です」


「よろしくお願いいたします。但馬さん」

 そう言うと少女は、ゆったりと頭を下げはじめる。上げるスピードの方が下げた時より若干速い見事な45度のお辞儀をして見せた。


「こちらこそ。よろしくお願いします。カトーさん」

 同様の答礼をしたつもりだが俺の方は綺麗なお辞儀になっていただろうか。社交用のお辞儀を最後にしたのはいつだったか……


「私のことは、どうかマヤとのみお呼びください」

 微笑んではいるけれど目が笑っていない。


「ごめんなさい。マヤ。さて、これからどうしますか? このままダンジョンに入っていけるで立ちのようですが、私としては双方の立ち位置の確認と文化的な差異からくる誤解を招かないために、今日は夕方までお話しをしたいです。ここで会話を続けるか、日本にある私の自宅でゆっくりと話しませんか?」


 大きな瞳が印象的な少女が、表情を動かすことなく数秒考えこんでいる。

 上半身は皮鎧で防護し、腕の関節部は部分的な防具を取り付けている。

 少女の細い腰に据えた片手剣の重量がマヤの腰回りに掛かっているのが見て取れ、片手剣が実戦武器であることを物語っている。

「はい。ご要望にはできるだけ応じるようにと言われておりますので、ご招待に応じさせていただきます」


 ……翻訳すると「行きたくないけれど命令されているから行ってやるよ」ってことかな。

 数億・数兆の知性体が、この世界でいうTVのようなもの越しに見ているかもしれないのだから何をする気もないのだが、まぁ警戒するのは当然か。


「私の頭に被るよりマヤの方が似合いそうなので、このサークレット(通訳)はマヤが被っておいてください。では行きましょうか。ここは私だけが出入りしているダンジョンの第1層になります。赤の硬軟オーブと赤スクロールとアイテムが幾つか置いてあっただけで、スライムやゴブリンといった敵性生物とは今のところ遭遇していません。あ、スライムやゴブリンで通じていますか?」

 歩きながら、ざっくりとした話をはじめる。


「はい。スライムは不定形のゼラチン状原生物。ゴブリンは直立した人型で身長が1メートル位。がっしりとした手が身長に比して異様に長い種族のことです」


「自衛の為に第2層でそれらを何体か消滅させたことがあって、あぁスライムは公開されている日本のダンジョンでの事でここではないけれど、何か作法や社会通念的に問題とされることってありますか?」


「何をお尋ねになられているのか主旨を完全には理解できませんが…… 私たちの世界では、敵に遭遇した際は即座に排除するのが常識です。生かしておいて良いことはありませんから」


「あぁ、私たちの世界では生き物をむやみに殺すなと主張する人たちがいて、そういう人たちは自分たちの考えを他者に押しつけたがる傾向が強いので、マヤたちの世界にもそういう人たちがいるのかどうかを確認したかったのです。それと質問の順番を間違えました。マヤは何という国の人で、君を紹介してくれた老人の社会的地位も教えてもらえますか? それとマヤが私のサポートをすることになった経緯も話してください」


  マヤは何かを考えているのか少し返事が遅れた。

「私はエァル国のオールバラ伯爵領に居所キョショしています。老人というのは家令さんのことでしょうか? オールバラ伯爵家の家令を務めております。もしかして護衛の任に堪えるかということがご質問の主旨であるのならば、私は騎士だった父に厳しく鍛えられました。オーブによらず自己鍛錬で片手剣(緑)相当を得ておりますのでご安心ください」

 左隣りにいたマヤはここで会話を止めると俺の前に回り込んできた。身長差が2、30cmあるので真正面に立ったマヤは自然に俺を見上げるかたちになる。これまで浮かべていた微笑が表情から消え素の顔を俺にむけた。魅力的な大きな瞳が心持ち細くなっている。

「私がここにいる経緯…… 家令様が伯爵家の名において、但馬さんを『守護すべき対象』に指定されたからです。私のような陪臣には、それ以上の事はわかりません。私は家令さんの命を受け、盾としてここへ参りました。私の剣が通じる限り、但馬さんの命は保障されます。但馬さん、私は但馬さんを守ります。それが私の帰る場所を守ることになると信じていますから」


 ……ラノベ的美少女とのキャッキャウフフの同棲生活という線は消えた。俺が安易に考えているより異世界との交流は重そうだ。

 それと、俺の知っている地球にはエァル国という国がもしかしたらあるのかもしれないけれど、ここまで聞かされたら、もう異世界で確定ということでいいか。

 日本の事を知っているのに、自分たちの社会を特異な例として扱わないのだから。

*『マッキントッシュの男』1973 米英制作のスパイ映画


**『リング』1998 日本映画 物語終盤の貞子が画面から出てくるシーン


*** 「カルタゴ滅ぶべし」共和政ローマのマールクス=ポルキウス=カトー=ケーンソーリウス(大カトー)の言葉とされている。その日の議題に関わらず演説の最後にこう言ったと後世の者が脚色したらしい。


**** ガイウス=ユリウス=カエサル ローマ共和政末期の終身独裁官。『ガリア戦記』の作者。

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