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第11話 服を着せかえても人形は言葉など知りません

 第1層の帰り道はマッピングもせずに最短距離で只管ヒタスラ帰路を急ぐ。

 アレは無理。ゴブリン。あんなものとバットで殴りあうなんて、俺には無理。

 大体、何でゴブリンなんだ? スライムか狼じゃないのかよ。


 スライムは粘菌がモソモソ動いているという認識だったから、多少の躊躇はあっても叩き潰せたが、俺は狼を殴り倒すことすらしかしたらできないかもしれない。


 小説やゲームとは違う。このダンジョンは現実なのだと、俺はこのとき、ようやく理解した。


 殺すつもりで生き物を攻撃する際、当てたときの感触が先に立つと体が強張コワバってしまう。

 マキャヴェッリは乱戦だと槍が使えないと言っているが、接近戦をやる気が完全に失せたソロプレイヤーにも使うなとは言わないだろう。


 webの動画で前近代の戦闘再現スタイルを見ると、盾装備で短槍1人対、盾装備で片手武器1人の戦いでは、槍使いは苦しそうな戦い方をしていたが、ゴブリンが必ず盾を装備しているとは限らない。それに、コスパ的に思いつくのは投槍しかない。


 仮に電池切れにならないという前提でヘッドライトを使用し、両手が使えるようになっても、ソロで常時弓を片手に持ち、もう片方で矢か片手武器を随時使い分けるというのは、咄嗟のときに対応できる自信がない。


 ダンジョン出口前で身に着けた装備を外し、ベランダ経由で自宅に入ると残り2つの硬オーブ(赤)を手に持ち、槍と投槍のスキルをとった。

 着替えを済ませた後はダンジョン装備を部屋に持ち込み、自作武器の材料を調達するためホームセンターへ行く。

 買ったものは、物干し竿3本、五寸釘、そしてモルタル 。


 帰宅後、さっそく作業に入った

 1本の物干し竿のジョイント部を強引に引っ張ると、70cmが2本、150cmが1本の3本に分かれた。

 70cmのはキャップが付いていない方、150cmは両端、端から5cmぐらいの所に五寸釘の先端が外側に飛び出すよう斜めに打ち込んだ。

 70cmはそれぞれ90度間隔で4本と120度間隔で3本、150cmは両端に4本と3本、五寸釘を打ち込み、投げた槍が目標に突き刺さるようにした。

 ついでに買ってきたモルタルを物干し竿の開口部から流し込み、モルタルが竿から流れ出さないようにガムテで塞ぐと竿を引っ繰り返し、モルタルが硬化するまで壁に立てかけておく。

 命中時の衝撃で釘が抜けたり駄目にならないように耐久力を上げ繰り返し再利用するためと、先端部の重量増加で投擲トウテキ時の安定とダメージアップを狙ったが、まぁやらないよりましという程度の気休めだ。多分4、5回も使えれば釘はよく保った方だろう。


 元より長く使うつもりはなく当面の間に合わせなので、効果的な釘の刺しかたや繰り返し使う際の耐久力がある構造を検証する気はない。


 9本の投槍を麻紐で括って片手で持ち上げられるようにしたが、こんなものを持ってベランダを通り抜けるところを隣室の老夫婦に見られるとロクなことにならないだろう。だから明日の昼前に老人への時差確認を終えた後、日没を待ってからダンジョン第2層へ向かうことにする。


 俺の部屋はマンションの角部屋で、ダンジョン入口は隣室との隔板カクハンにあるから、出入りを隣人に目撃される心配はないけれど、今までベランダ内をうろうろすることのなかった俺が、洗濯物を干したり取り込んでいるわけでもないのに、何度も出入りしている物音をだすのはそろそろ不審をかうかもしれない。


 早めに昼食をすますと、投槍を除いた装備一式をダンジョンに持ち込む。

 今回は時差の確認のためだけなので長時間ダンジョンに滞在するつもりはないのだが、念のため設置型のランプ(電池)と方位磁石と安物の電池式腕時計を最初の部屋の地面に置いておく。今のところ方位磁石と時計の指す針に狂いはない。


 透明オーブを手に取り、老人の居た部屋をイメージするが反応はない。

 アームレットの上にオーブを載せたが、これでも反応しない。

 仕方がないので防具を着込むと昨日オーブが反応した部屋に向かう。

 第1層の奥であれば、昨日オーブは反応していたのだから。作動するだろう。


 ヘッドライトを170度大角度の投光照明に切り替えると、ちらちら天井を見上げながら最短距離で昨日の部屋に向かう。10分弱で到着した。


 この部屋だとオーブは問題なく機能するようだ。

 昨日と同じように壁に映像が映るものだと眺めていると、絨毯の裏地? タペストリーか? のようなものが映し出された。


 どうしたものかと思案していると、布地が動いて知らない若い男が現れ、こちらの顔を凝視しはじめた。

 サークレット(通訳)を手に持って、見知らぬ男に昨日と同じ時間であることを確認すると帰路についた。


 日没後、投槍を麻紐で縛るのに少し手間取る。持ち上げて移動するときにはある程度固定できて、下に置いたときは紐が緩んで槍を容易に抜き取れるようにしたかったが、中々脳内イメージ通りにはいかなかった。


 第2層の最初の部屋。縦長の5メートル四方ぐらいの空間。昨日は真ん中ぐらいまで進んだところで、ゴブリンと遭遇した場所。

 龕灯ガンドウを床に置き通路奥を照らす。バックパックも床に置き、左右の手に投槍(短)を1本ずつ持ちヘッドライトの灯りを奥に向ける。


「おい!」


 思わず声が出た。昨日は小学生ぐらいの背丈だったのに、今、奥から悠然とこちらに歩いてくる二足歩行生物の背丈は中学生ぐらいあった。


「……俺が言うのもなんだが、この脚本を書いている奴はかなり性格が悪そうだ」

 震えそうになる下半身を武者震いだと言い聞かせ、槍の柄を強く握りしめた。心臓の鼓動が速くなるのを意識しないように眼前の生物を観察することに集中する。


 悠々とした所作は、こちらを格下と見下しているようで、ちょっとイラッとしたが、何かいるかもしれないと予め予期していたから昨日ほどには慌てることもなく、俺は小声で[光球]と5メートルぐらいに近づいてきたゴブリン? の眼前に灯りが輝く様をイメージする。


 何かを叫びながら顔をそむけた瞬間を見逃さず、俺は1本目の槍を投げる。命中を確認せず左手に持っていた槍を右手に持ち替え2本目も投げつける。

 距離が近いせいか、目標がそれなりに大きいせいか、スキルの補助なのか、槍は2本共対象に命中した。

 1本目は骨に当たったのか刺さらずに落ちたが、2本目は突き刺さったままだ。

 倒れた後もなおモソモソと動いているので、数歩歩きながら近づいていき、投槍を2本追加し、完全に動かなくなるまで待った。心臓の鼓動が耳元でやけに大きく響く。


 合計4本の投槍でようやく動きが停止した数秒後、目標は消滅し床の上に1cm角の立方体が残った。

 そういえば、昨日はコレを拾わずに逃げ帰ったんだったなとバックパックにしまいながら辺りを見回したが、目に見えるところには小石1つ落ちていなかった。


 もしゴブリン? が消滅せずに死体がそのまま残っていたら、投槍での攻撃すらできたかどうか自信がない。

 生き物に投槍が命中した際の痛みを想像すると躊躇チュウチョしそうだ。

 死体の消滅が、生物を殺しているのではないという考え方を補強してくれる。

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