第10話 撃鉄の落ちる音
あの老人。当世風の服を着ていないし、一般に知られていない魔道具にも何故か知識を持っていた。
そして、その知られていない魔道具を俺が所有し、何も知らない道化である俺が作動させても不審に思わない。秘匿されている物にはそれだけで価値があるのに、悠長に3日という時間を俺に与えた。
つまり俺がこの透明オーブを持ち続けても、それを俺が誰に話そうと、あの老人にとって問題のない些事ということか。
俺のことを初見で日本人と決めつけたのは、鑑定魔法を使ったのだろう。
だけど、何を望むってのは何だ? 俺は何を望めた? そして、その対価は何だ? あの老人にとって価値ある何かを俺が所有していたということなのか?
3日後には分かること。これ以上判断する材料もないことであるし、透明オーブとアームレットの鑑定(赤)を済まそう。
・透明オーブ
一定距離内の球冠鏡への転移可能。転移可能距離は魔素濃度に準ずる。未登録の場合、アームレットに接触させることで近隣の球冠鏡を捜索し自動で接続する。最初に繋いだ球冠鏡に固定。
・アームレット
透明オーブと球冠鏡が、接続登録済みであれば、このアームレット装着者は双方向に転移可能。
神の創り給いし夜々は
夢とさまざまな鏡で武装している
人間が空ろな映像にすぎないことを自覚するように
それゆえ夜はわれらを怯えさせる
…………
…………
カルタゴの遺跡を前にして一席ぶったパットン* ではないが、ボルヘスの詩** が脳裏に浮かぶ。
まぁなんとなく予想はしていたが、誰かが仕組んでいることはほぼ確定だね。異世界人なのか未来人なのか地球外の生命体なのか、それらを超越した何かなのかはわからないけれど。俺が普段どういうネット小説を読んでいるのかよくご存じなのは間違いない。
だけど、当人の意思確認もなく強制参加させるってのは、俺がいなくなっても後の世に影響がないと誰かに保証されたようで不愉快極まりない。それとも、俺に何かをやらせようとしている誰かは、死亡か重篤な怪我をしたら回復させて、ベランダでアレをみつけた頃の俺と取り換えて記憶を消すサービスぐらいは期待していいのだろうか。
根拠の希薄な勘だけれども、あの老人は異世界人という設定にしておこうか。
用意するとか言ってた人物。今後出会うかもしれない商人、貴族、王族、それらの内の誰か、若しくは幾人か、俺と接触してくる何かがこの舞台を用意しているアバターの可能性もあるけれど。
あの服装やインテリアでSFとか現代ゾンビパニックものの可能性は考えるのも馬鹿馬鹿しい。チュートリアルはどこまでで、どこからがスタートなのか。
はじまりのファンファーレはどうせ俺には聞こえない。
さて、露骨に手を抜いているのを悟られないように気をつけながら探索を続けようか。これだけ舞台装置を準備しておいてチュートリアルの段階でゲームオーバーという演出は二流の仕事だ。仮にもショービジネスの世界に身を置いているのだから、視聴者のクレームが殺到するようなことはしないだろう***。
入ってきたところから右奥に出口があるので、俺は再びヘッドライトを大角度の投光照明モードで点灯させ、龕灯を持つと天井を警戒しているふりをしながら奥に進む。
10メートルほどで丁字路に。手書きの地図が大きくずれていなければ、右は探索済みなので帰りに確認することにして、左の路を選ぶ。
道なりに25メートル程歩くと、右手の壁に銀白色の霧状のものが見えてきた。
公社の説明通りなら第2層への入り口ということになる。
念のため、U字型になった路を更に30メートル程進んだら驚いた。
天井から崩れ落ちてきたと思しき土石で通路が完全に塞がれていた。
ダンジョンの通路って崩れるんだ……
通路を引き返し、第2層への入り口でしばし逡巡する。
通常の低脅威度ダンジョンであれば第2層は狼のはずだ。それとも1つずつずれているので第2層にはスライムが配されているのだろうか?
戦闘があるのなら相棒、それも俺の前で戦ってくれる人がいれば心強い。あの老人に頼めば手配してくれそうな気がする。
“異世界の文明度は前近代”というよくある設定であるのならば、高く売れそうな物もあるだろうし、1度だけ大きな取引をして現金化することを検討するのも悪くない。
先への好奇心と、緊張していたわりにはここまで問題なくこれたというバイアスで、第2層に向かうことを決める。もしかしたらチュートリアルは第1層だけかもしれないと再び警戒しながら銀白色の霧状のものに踏み込んだ。
ヘッドライトの輝度を弱に戻し、右手に木製バット、左手に龕灯を持ち室内を見回す。縦長の5メートル四方ぐらいの部屋には何もない。天井を警戒しながら次の部屋に踏み込むと、10メートルぐらい先から子供がこちらに走ってくる。
成程な。というのが第一印象。事前にネットで調べておいたが、これが第3層に配されるゴブリンか。何が出てくるかわからないと予め気を引き締めていたが…… ダンジョン公社の情報が全く役に立っていない。
神童寺に安置されている役行者に従う後鬼像と違って角はないが、全身がっしりした体躯、身長に比して異様に大きい手と太い指。
大阪と奈良の境。千数百年前の暗峠で災いなしたと伝承に言うが、それもゴブリンだったのだろうか。
視線が合った瞬間。剥き出しの敵意を向けられ一瞬立ち竦んだ。無我夢中で「[魔法の矢]」と裏返った声で3度叫ぶ。
1発目で目標がよろける。
2発目で仰向けに転がる。
3発目は通り抜けて地面に着弾したように見えた。
倒したことを確認すると、俺はゴブリン消滅後の固体を拾うこともなく銀白色の霧状のものへと飛び込み、第1層に逃走した。
* ジョージ=スミス=パットン=ジュニア。第二次世界大戦時の米陸軍将軍。ボルヘスを読んだかどうかは定かでないが、剽窃したような言動があった。
** J.L.ボルヘス 『ボルヘス詩集』思潮社 1998
出典はこの詩集だと思ったのですが見当たりません。内容からボルヘスの詩なのは間違いないと思うのですが、手持ちのボルヘスの本にはどこにも書いていません。
どなたか出典をご存知の方がいらしたら教えてもらえると嬉しいです。
***ちなみに筆者は二流三流どころではない素人作家です。




